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霊能探偵 公衆トイレの呪縛

 この作品は、都市伝説や怪談の要素を取り入れたミステリー・ホラー作品です。人々が日常的に利用する公衆トイレという密閉された空間が、突如として恐怖の舞台となる――そんな現代社会の不安を反映させた物語となっています。

 主人公の霊能探偵・伊田裕美は、理性と霊力を駆使して真実を暴く存在です。彼女の活躍を通じて、事件の裏に潜む人間の闇、そして死者の無念を浮き彫りにしていきます。本作では、単なる怪奇現象の解明だけでなく、社会的な問題や人間の業についても考察を深めました。

 「呪いとは何か?」「なぜ人は祟るのか?」

 そんな疑問を抱きながら、最後までお楽しみいただければ幸いです。

 【登場人物】

 伊田裕美:霊能探偵、旅行ルポライター、ショートカットの黒髪を持ち、知的な印象を与える黒のスーツに身を包んでいた。端正な顔立ちと鋭い眼差しが特徴で、どこか探偵のような雰囲気を漂わせていた。

 伝兵衛:旅行雑誌編集長。

 村田蔵六:陰陽師で湯川寺とうせんじの住職、幽霊探偵の相談相手。

 高橋信子たかはし のぶこ:会社人で蛭間萬蔵の愛人。

 高橋信奈たかはし のぶな:信子の妹。

 蛭間萬蔵ひるま まんぞう:IT企業社長。

 片倉和夫かたくら かすお:信子の中学生時代の同級生。


 第1章:公衆トイレ殺人事件

 東京都文京区茗荷谷。駅前に設置された公衆トイレは、普段から利用者が多いが、どこか陰気な雰囲気が漂っていた。照明は薄暗く、壁にはかすかなカビの跡があり、入り口付近には落書きが残されている。都心にあるにもかかわらず、このトイレを使う人は少なく、特に夜間はほとんど誰も近寄らなかった。

 その日、午前六時。通勤ラッシュ前の静けさの中、駅へ急ぐ女性が足を止めた。早朝の冷え込む空気の中、彼女は腹部に違和感を覚え、目の前の公衆トイレに駆け込んだ。

 扉を開けた瞬間、異様な臭いが鼻をつく。

 「なに、これ……?」

 アンモニア臭に混じる、鉄のような生臭さ。薄暗い照明の下で、1つの個室の扉が半開きになっている。

 女性は躊躇しながらも、好奇心に駆られそっと扉を押した。

 そこにあったのは、血塗れの死体だった。

 「きゃあああああ!」

 悲鳴が響き渡る。倒れ込むように便座に寄りかかった女性の遺体。目は虚空を見つめ、唇は微かに開かれている。喉元には深く鋭い傷が走り、血が床に滴り落ちていた。

 数分後、通報を受けた警察が駆けつけ、現場を封鎖。第一発見者の女性は震えながら事情を説明し、次々と警官や鑑識が出入りする中、遺体の身元が判明した。

 高橋信子、三十九歳。都内在住の一般事務員。

 彼女はなぜ、公衆トイレで殺されたのか?

 駅前の人混みの中、事件は静かに幕を開けた——。


 第2章:疑惑と錯綜

 事件発生から数時間後、警視庁の捜査本部が設置された。捜査を担当するのは、文京区の警察署に所属するベテラン刑事・大塚と若手の巡査・佐々木だった。

 被害者は高橋信子、三十九歳。勤務先は都内の一般企業。彼女の仕事は海外の情報を整理する役割で、出勤は朝五時、業務終了は十五時だった。当日は家から会社に向かう途中だった。

 会議室で大塚が資料を広げると、佐々木が質問を投げかけた。

 「凶器は?」

 「現場には残されていない。鋭利な刃物による刺し傷だが、犯人が持ち去った可能性が高い」

 遺体の解剖結果では、頸部に一撃を受け即死していたことが判明。さらに、彼女が最近交際していた相手が複数いることも明らかになった。

 「高橋信子は、IT企業の社長・蛭間萬蔵と交際していたらしいな。しかし最近、別れ話を持ち出して揉めていたようだ」

 「さらに、彼女は中学時代の同級生・片倉和夫とも連絡を取っていたらしい。どうも、再会してから急速に親密になったようです」

 「つまり、愛人関係のもつれってことか……?」

 刑事たちは、蛭間と片倉に事情聴取を行った。蛭間は不機嫌そうに口を開いた。

 「別れ話は確かにしたが、彼女を殺す理由はない。そもそも、あの日は自宅にいたんだ」

 彼のスマホのGPS履歴や防犯カメラの映像も裏付けており、彼が犯行時刻に現場にいた可能性は低いと判断された。

 一方の片倉も、事件当日は犬の散歩をしていたと主張。防犯カメラには全身をダウンジャケットで包み、帽子とサングラスをかけた人物が映っていた。

 「防犯カメラの映像からは本人だと断定できませんが、周囲の目撃情報と照らし合わせても片倉の行動に矛盾はないようです」

 しかし、捜査が進むうちに新たな事実が判明する。

 「そのダウンジャケットの人物、実は蛭間の会社の秘書だった可能性が高い」

 刑事たちは愕然とする。片倉のアリバイは、秘書が身代わりとなることで成立していたのだ。

 「では、片倉が犯行を実行したのか……?」

 証拠が乏しく、捜査は膠着状態に陥った。報道も過熱し、街には不安が広がる。

 そして、事件発生から二週間後。捜査本部は一旦解散が決定された。

 だが、この事件はまだ終わっていなかった。

 その後、公衆トイレに異変が起こり始める——。


 第3章:怨霊の目覚め

 事件の捜査が打ち切られてしばらくした頃、駅前の公衆トイレにまつわる奇妙な噂が広がり始めた。

 「夜にあのトイレを使うと、何かに見られている気がする……」

 「個室の扉が勝手に開いた」

 「鏡に知らない女の顔が映る……」

 最初は都市伝説のように語られていたが、やがて現実の恐怖へと変わっていった。

 最初の犠牲者は、トイレ清掃員の男性だった。

 ある夜、清掃のためにトイレに入った彼は、翌朝、個室の中で倒れているのが発見された。死因は心臓発作とされたが、彼の顔は苦悶に歪み、指先には床を引っ掻いた跡が残っていた。まるで何かに怯え、助けを求めたかのようだった。

 「これは……呪いか?」

 清掃員の死を境に、霊の目撃談はますます増えていく。そして次に犠牲となったのは、自治体の職員だった。

 駅前の再開発計画のため、問題の公衆トイレを撤去する計画が持ち上がっていた。調査のため、役所の職員が夜間に現地を訪れたが、翌朝、彼の遺体が発見された。彼の首には見えない手で絞められたような痕があり、体は冷たく硬直していた。

 「これが……祟りなのか?」

 人々は恐れた。駅前の公衆トイレは誰も近寄らなくなり、昼間でさえ利用者は激減した。そして、異変はさらに広がっていく。

 犯人は誰なのか。蛭間萬蔵と片倉和夫が黒幕であることが明らかになると同時に、彼らの身にも異変が起こり始めた。

 片倉は夜になると、誰もいないはずの自宅で奇妙な気配を感じるようになった。

 「誰かが……見ている?」

 暗闇の中、かすかに女のすすり泣く声が聞こえた。そして、鏡を覗いた瞬間、信子の歪んだ顔が映り込む。

 「ぎゃああああ!」

 錯乱した片倉は、翌朝、自宅の寝室で遺体となって発見された。顔は恐怖に引き攣り、まるで何かに命を奪われたようだった。

 一方の蛭間も、同じ運命を辿る。

 彼のオフィスで、誰もいないはずの廊下に足音が響く。警備カメラには、白い影が映り込んでいた。そしてある夜、蛭間は社内のトイレで絶命した状態で発見された。彼の顔もまた、恐怖に歪んでいた。

 しかし、信子の復讐はそれだけでは終わらなかった。

 蛭間の秘書であり、片倉のアリバイ工作を手伝った男——彼のもとにも死の影が忍び寄った。

 「最近、ずっと視線を感じる……」

 そう呟いていた彼は、ある晩、自宅マンションで異常な現象に見舞われた。消したはずの電気が勝手に点灯し、バスルームの鏡には濡れた手の跡が浮かび上がる。

 「やめて……誰だ?」

 彼が怯えて振り向いた瞬間、バスルームの鏡に信子の姿が映る。

 「お前も共犯よ……」

 その囁きとともに、彼は喉を押さえ、息を詰まらせながら崩れ落ちた。

 翌朝、彼は浴室で発見された。水が張られたバスタブの中で硬直した遺体。顔は引き攣り、爪は浴槽を引っ掻いていた。

 こうして、関与した者たちは次々と命を落としていった。

 だが、信子の霊は、復讐を終えてもなお消えなかった。

 公衆トイレに残された怨念は、人々を恐怖に陥れ続ける——。


第4章:霊能探偵・伊田裕美、出動

 駅前の公衆トイレにまつわる怪異は、もはや都市伝説の域を超えていた。連続して発生する不可解な死亡事件、目撃される霊の存在、そして誰も近づかなくなった公衆トイレ。市民の間では恐怖が広がり、自治体も対応を迫られていた。

 そんな中、一人の女性が文京区役所を訪れた。

 「姉の霊を、鎮めてほしいんです」

 訪れたのは、高橋信奈。被害者・信子の妹であり、文京区の職員だった。

 「霊が暴れ続けるのは、姉が生前に抱えていた苦しみのせいかもしれません。姉は潰瘍性大腸炎を患っていました。トイレに行くこと自体が苦痛で、社会の冷たい目に晒され続けていたんです。だから……彼女は『トイレに関わる者』を呪っているのかもしれない……」

 信奈の訴えを受け、区役所は霊能探偵・伊田裕美に正式に依頼することを決定した。

 「呪いを解決するのも、私の仕事よ」

 依頼を受けた裕美は、編集長・伝兵衛と共に文京区役所を訪れる。そこで伝兵衛は「特別調査費用」として法外な額を請求し、裕美に叱責された。

 「金の亡者ね、伝兵衛。やるべきことをやるだけよ」

 伝兵衛がぼやく。「うちは旅行雑誌だからね。こんな仕事ばかり増えても困るよ」

 裕美は、霊の調査のために湯川寺の住職である村田蔵六のもとを訪れた。

 「信子の怨念は強い。普通の除霊では収まらんじゃろう」

 蔵六は厳しい表情で言った。

 「どうすればいいの?」

 「この世に強く未練を残した霊は、自らの苦しみを知ることでしか成仏できん。信子の呪いを断つには、彼女が何に囚われているのかを探る必要がある」

 裕美は信奈から信子の遺品を受け取り、その中にあった手帳を手に取った。そこには、彼女の苦しみと怒りが綴られていた。

 ——「私はいつまでこんな思いをしなければならないの?」

 ——「どうして、健康な人はこんなにも私を馬鹿にするの?」

 ——「私は、ずっと苦しんできたのに」

 裕美は決意する。

 「私が、あなたの苦しみを終わらせる」

 その夜、裕美は問題の公衆トイレへと向かった。

 トイレの扉を開けると、空気が異様に重い。まるでこの場所だけ時間が止まっているような感覚だった。

 「ここで、終わらせるわ」

 裕美は信子の遺品を便座の上に置き、静かに息を整える。

 すると——

 鏡の中に、白い顔が浮かび上がった。

 「信子……」

 幽霊がゆっくりと鏡の中から這い出してくる。湿った髪、血の涙を流す目。怨念に満ちたその姿は、まさに呪いそのものだった。

 「お前も……私を笑うの?」

 「違うわ、私は——」

 だが、霊は容赦なく襲いかかる。鏡の中から伸びる無数の手が裕美を掴み、トイレの水が激しくうねる。

 「たむならの勾玉!」

 裕美は護符である『たむならの勾玉』を掲げる。しかし、霊の怨念は強く、結界を破壊しようと圧力をかけてきた。

 「くっ……強い!」

 水道管が破裂し、霊が操る水が裕美を包み込む。息ができない。

 「ここで終わるわけには……いかない!」

 裕美は全身に刻まれた梵字の力を解放し、光を放つ。

 「——たむならの剣!」

 剣が幽霊の姿を貫いた。

 「……私は……」

 信子の霊が、一瞬だけ人間の姿に戻る。そして、唇を震わせながら、最後の言葉を絞り出した。

 「私は……苦しかった……」

 「人の苦労を笑うやつが悪い……私がどれだけ苦しんだか……」

 彼女は、涙を流しながら微笑んだ。

 「……私は、まだ……消えたくない……」

 信子の霊は必死にその場に留まろうとする。しかし、たむならの剣の光が彼女を切り裂き、怨念は掻き消されていく。

 最後に、彼女は震える声で呟いた。

 「……こんな世界、なくなればいいのに……」

 次の瞬間、信子の霊は静かに霧となり、完全に消えていった。

 怨念は断たれた。

 公衆トイレにかかっていた呪いは、完全に消え去った。


第5章:呪いの終焉

 事件が終結し、文京区の公衆トイレには再び静けさが戻っていた。

 裕美と信奈は、その場所を訪れ、ひっそりと花を手向ける。

 「姉さん……ようやく、安らかに眠れるのね」

 信奈は小さく呟き、そっと目を閉じる。冷たい風が吹き抜け、二人の頬を撫でていった。

 「信奈……あなたもこれで前に進めるわね」

 裕美の言葉に、信奈は静かに頷いた。

 その夜、裕美は湯川寺の湯殿へと向かった。

 湯気が立ちこめる浴場で、ゆっくりと衣服を脱ぎ、姿見に映る自分の体を見つめる。

 全身に刻まれた梵字の刺青。その模様が、かすかに光を帯びている。

 「……これが、私の戦いの証」

 彼女はゆっくりと湯の中に身を沈める。温かな水が肌を包み、緊張がほぐれていく。

 静かに胸と花園に手を触れながら、呟いた。

 「……この部分は人間なの」

 湯気の中、静かに目を閉じる。

 いつか、この戦いの日々が終わるとき——。

 この身の奥に秘めたものを、いつか人間の愛で包んでくれる誰かが現れるのだろうか。

 そう思いながら、裕美はそっと湯に身を委ねた。

 夜は静かに更けていく——。

 (完)


 最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 本作は、「呪い」というテーマを通じて、人間の怨念や社会の冷酷さを描きました。高橋信子の悲劇は、単なるホラーの要素ではなく、現実に潜む「見えない苦しみ」を象徴しています。

 また、霊能探偵・伊田裕美というキャラクターを通じて、超常現象に立ち向かう人間の強さや、過去と向き合う勇気を描きたかったという思いもあります。

 本作を楽しんでいただけたなら幸いです。そして、もしまた新たな事件が起これば、裕美はきっと立ち向かうでしょう――。

 次回作でお会いできるのを楽しみにしています。

 ありがとうございました。

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