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生まれ代わりの炎

 この物語は、記憶に刻まれた過去の因縁と、輪廻の業に囚われた魂の物語です。生まれ変わりというテーマを通じて、過去の罪や未練が現代にどのような影響を与えるのかを描いている。

 主人公の伊田裕美は、超常現象を調査するジャーナリストであり、彼女が出会うのは、前世の記憶を持つ女性、中村玲奈。彼女の語る前世の記憶が、一つの未解決事件へとつながっていく。真実を暴くことは、過去を救うことになるのか。それとも、新たな悲劇を生むのか。

 炎に包まれた過去が、再び燃え上がるとき、彼女たちは何を選択するのか。この物語を通じて、読者の皆さまが「過去とは何か」「許しとは何か」について思いを馳せていただければ幸いである。

 伊田裕美:幽霊探偵、旅行ルポライター、ショートカットの黒髪を持ち、知的な印象を与える黒のスーツに身を包んでいた。端正な顔立ちと鋭い眼差しが特徴で、どこか探偵のような雰囲気を漂わせていた。


 第1章

 静寂の夜、伊田裕美のスマートフォンが震えた。

「……助けてほしいんです」

 電話の向こうから聞こえてきたのは、怯えたような女性の声だった。その声には、ただならぬ切迫感があった。裕美は一瞬ためらったものの、約束通り都内の喫茶店へと向かうことにした。

 店内に入ると、奥の席に一人の女性が座っていた。20代後半、黒髪のショートボブに端正な顔立ちをしている。しかし、その瞳には不安の色が濃く宿っていた。

「はじめまして。伊田裕美さんですよね?」

 緊張した面持ちで彼女は言った。

「ええ。あなたが……中村玲奈さん?」

 彼女は小さく頷いた。

「お会いできて光栄です。でも……本当は、こんなことを話すべきじゃないのかもしれません」

 玲奈は、かすかに唇を噛みながら視線を落とした。裕美は黙って彼女の言葉を待った。

「私……前世で、火事で死んでいます」

 予想もしなかった言葉に、裕美は思わず眉をひそめた。

「どういうこと?」

「ずっと夢を見ていたんです。燃え盛る炎の中で……誰かが私を呼ぶ声。何かを訴える声。でも、それが夢じゃないって気づいたのは、つい最近のことでした」

 玲奈は震える声で続けた。

「亡霊たちの声が聞こえるようになったんです。最初は、ただの幻聴かと思いました。でも……だんだん、それが現実と重なるようになってきて」

 彼女の指はコーヒーカップの縁をなぞるように動き、その動作が異常に不安定であることが、裕美にはわかった。彼女は何かに怯えていた。

「あなたが霊感が強いことは分かった。でも、それだけなら、わざわざ私に助けを求める必要はないでしょう?」

 玲奈は唇を噛みしめた。そして、次の瞬間、彼女の口から驚くべき言葉が飛び出した。

「私を殺した人間を見つけてほしいんです」

 裕美は息をのんだ。

「前世の記憶」が本当ならば、それは数十年前に発生した山林火災に関係していることになる。

「その火事は事故じゃなかった。誰かが……仕組んだものだったんです」


 第2章

 裕美は調査を開始した。彼女の経験からすれば、こういう話には往々にして何らかの真実が含まれている。

 玲奈の話を裏付けるため、当時の新聞記事や公的記録を丹念に調べた。その結果、1つの事件が浮かび上がった。

 数十年前、大規模な山林火災が発生し、数名の住民が死亡。その中に、玲奈が「自分の前世」だと語る少女の名前もあった。

 裕美は当時の新聞記事を読み返しながら、奇妙な点に気がついた。

「……この火事、本当に偶然なのか?」

 火災の発生地点、燃え方、そして焼失した土地の範囲。すべてが不自然だった。さらに調査を進めると、驚くべき事実が判明した。

「火事が起きた直後、当時の自治体幹部が、この土地を開発計画に組み込んでいた……?」

 裕美は新聞を読み進めながら、小さく息をのんだ。

「もし、開発のために意図的に火をつけたとしたら……」

 この事件は単なる事故ではなく、計画的な犯罪だった可能性が高まった。

 しかし、もしこれが事実ならば、黒幕は未だにのうのうと生きているはずだった。


 第3章

「黒幕は、もう特定できるの?」

 裕美の問いに、玲奈は深く頷いた。

「今は、大手企業の役員になっています。だけど……あの人は、当時の罪を隠し続けている」

 彼女の声には怒りと悲しみが入り混じっていた。裕美はテーブルの上に置かれた資料を見つめながら、静かに言った。

「ならば、証拠を集めるしかないな」

 調査を続けるうちに、玲奈の様子が変わり始めた。彼女は何かに怯えているようでありながら、時折、まったく別の存在になったかのように、低い声で呟くようになった。

「……燃やす……すべてを燃やす……」

 その言葉を聞いた瞬間、裕美は寒気を覚えた。玲奈の目の奥には、激しい怒りが宿っていた。まるで、過去の火災で焼かれた魂が、彼女の中に入り込んでいるかのようだった。

 そして、その時だった。

 部屋の空気が突然重くなり、まるで霊の気配が凝縮したかのように、温度が一気に下がった。暗闇の中から、黒い影が揺らめくように現れる。

「見つけた……」

 玲奈の肩が震え、彼女の唇がかすかに動いた。だが、その声はすでに彼女自身のものではなかった。

「こいつらを……焼き尽くす……!」

 目の前に現れた怨霊は、玲奈の過去の姿そのものだった。数十年前の火災で焼かれた魂が、今、復讐を果たそうとしている。


 第4章

 炎の幻影があたりを包み込む。揺らめく火の中に、苦しげな顔を浮かべる無数の霊たち。その怨嗟の声が、耳をつんざくように響いた。

 玲奈の体がふらつく。意識の奥に、焼け焦げた記憶が流れ込んでくる。視界の端には、炎に包まれながら泣き叫ぶ人々の姿が映る。彼女の呼吸が荒くなり、足元が揺らぐ。

 裕美は玲奈の肩をぐっと抱きしめた。

「玲奈! しっかりしなさい!」

 玲奈の瞳が揺れる。だが、彼女の中に渦巻く恐怖と絶望が、それを上回ろうとしていた。

「でも……でも、私の中に、この光景が焼き付いているの……! やっぱり……私、あの時、死んで……」

「違うわ!」裕美はきっぱりと否定する。「あなたは生きている。それが何よりの証拠でしょう?」

 玲奈の息が詰まる。裕美の言葉が、かすかに彼女の中の理性を揺り動かした。

 だが、怨霊の気配は、玲奈を完全に取り込もうとしていた。怒りと憎しみの波が、彼女を呑み込むように押し寄せる。

「この世界ごと……焼き尽くせ……!」

 怨霊の叫びとともに、幻影の炎が玲奈を包み込んだ。熱気が肌を焦がす錯覚を生む。しかし――

 その瞬間、玲奈の目に映る景色が揺らいだ。

 過去に囚われていた記憶が、何か違和感を帯びていく。

(……これは、本当に私の記憶?)

 炎の中で泣き叫ぶ少女。その姿が、ぼんやりと別の何かに変わっていく。

 ――これは、違う。私は、この記憶の中の少女じゃない。

 玲奈の中に、ゆっくりと確信が芽生え始める。

 その瞬間、炎の勢いが弱まった。

 怨霊が、わずかにたじろいだのがわかる。

 裕美はその隙を逃さなかった。

「玲奈、あなたはあなたよ! 自分を見失わない限り、やつらの思い通りにはならない!」

 玲奈は大きく息を吸い、そして――

「……私は……私よ!」

 その叫びとともに、炎が弾け飛ぶように消えていった。

 辺りに広がっていた怨霊の気配が、一瞬にして霧散する。

 玲奈の体がぐらりと揺れ、裕美は彼女をしっかりと抱きとめた。

 静寂。

 先ほどまで響いていた怨嗟の声も、もうどこにもなかった。

「……終わったの?」玲奈が震える声で尋ねた。

 裕美は彼女の背を軽く叩きながら、ゆっくりとうなずいた。

「ええ、もう大丈夫よ。怨霊の執念は消えたわ」

 玲奈の瞳が、安堵とともにわずかに潤む。

「よかった……。でも、私……」

「何も心配しなくていいの。あなたはあの火事で死んだわけじゃないわ。過去に引きずられることなんて、もうないのよ」

 玲奈は小さく息をつき、裕美に寄りかかるようにして目を閉じた。

 怨霊の怒りは、完全に消えた。火事で死んだ者たちの無念は、この世から解き放たれたのだ。

 もう、燃え盛る炎の幻影はどこにもなかった。


 第5章

 ついに、黒幕を追い詰めた。

「すべて、あなたの仕業だったんだな」

 裕美が突きつけた証拠に、企業役員の男は顔を引きつらせた。唇が震え、目を泳がせる。否定しようとするものの、その動揺がすでにすべてを物語っていた。

「……違う!私は何も——」

「嘘をつくな!」

 玲奈の叫びが響く。その瞬間、空気が凍りついた。

 次の瞬間、霊の怒りが爆発した。

「この世界ごと燃やしてしまえ!」

 まるで時間が巻き戻されたかのように、周囲が炎に包まれていく。燃え上がる赤い業火、揺らめく黒い影。その中心にいるのは、怨霊と化した玲奈の過去の姿だった。

「玲奈、逃げるぞ!」

 裕美は玲奈の手を取ろうとした。だが、玲奈はその手を振り払った。

「……裕美さん。ごめんなさい」

 玲奈は涙を浮かべながら微笑んだ。

「私がここにいる限り、この憎しみは終わらない。だから——終わらせる」

「やめて!」

 裕美の叫びが虚しく響く。しかし、玲奈の意志は固かった。彼女は静かに炎の中へと歩を進める。

「さようなら、裕美さん」

 その言葉とともに、玲奈の体は火の粉に包まれ、徐々に消えていった。まるで、この世からすべての因縁が断ち切られるように。

 怨霊もまた、彼女と共に消滅した。


 第6章

 事件の真相は公表され、黒幕は罪に問われた。

 ニュースは大々的に報じられ、かつての権力者は法の裁きを受けることとなった。しかし、それで全てが終わったわけではない。

 裕美の心には、玲奈の存在が深く刻まれたままだった。

「生まれ変わりなんて、本当はいらなかった」

 それが玲奈の最後の言葉だった。

 彼女は次の人生に進むことなく、完全に消えてしまった——。

 その夜、裕美は静かに空を見上げた。

 澄み渡る夜空の中、どこかで玲奈の魂が安らかに眠っていることを願いながら——。


 エピローグ:静寂のひととき

 ゆっくりと湯に身を沈めると、熱がじんわりと体に染み込んでいく。温泉の湯気がふわりと立ち昇り、薄く霞んだ視界の向こうには、のどかな山の風景が広がっていた。

 「ふぅ……ようやく、一息つけるわね」

 伊田裕美は肩まで湯に浸かりながら、静かに息をついた。先ほどまでの戦いの緊張が解けていくのを感じる。体が温まるとともに、心も少しずつほぐれていった。

 怨霊との激闘、玲奈を救うための必死の説得、燃え盛る幻影の炎――すべてが終わり、今はただ、穏やかな湯に身を委ねている。

 「まあ、たまにはこういうのも悪くないわね」

 温泉の湯に手を沈め、軽く指先を動かす。お湯が波紋を描いて広がっていくのをぼんやりと眺めながら、裕美はふっと小さく笑った。

 (それにしても、玲奈もずいぶん成長したわね)

 彼女は過去に囚われかけながらも、それを乗り越えた。自分が誰なのかを見失わず、怨霊の支配から脱したのだ。

 ――もう、大丈夫。

 そう確信すると、裕美の肩から、最後の緊張がふっと抜けていく。

 温泉の湯に体を預け、ぽつりとつぶやいた。

 「……しばらくは、のんびりしてもいいかしらね」

 頭の中では、次の仕事のことがよぎる。けれど、今は考えないことにした。

 ふと、気がつくと、裕美の指は秘密の花園に伸びていた。

 「いけない!ふふ……」

 風がふわりと吹いて、湯気を揺らす。静かな夜の温泉。星が瞬く空の下で、裕美はただ、心地よい湯に身を委ねるのだった。

― 完 ―

 本作を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 本作は、過去と現在が交錯するミステリーとして構想しましたが、同時に、人間の抱える業や、魂の輪廻に対する問いかけも含めています。登場人物たちの選択は、果たして正しかったのかどうか。それは読者の皆様の解釈に委ねたいと思います。

 物語の中で玲奈は、自らの過去に対峙しながらも、最終的に「生まれ変わりなんて本当はいらなかった」と言い残して消えていきました。この言葉が意味するものとは何なのか。転生が希望なのか、それとも呪いなのか?

 この物語が、読者の皆様に何かしらの余韻や考察のきっかけとなれば幸いです。これからも、皆さまの心に残る作品を届けられるよう精進してまいります。

 また次の物語でお会いしましょう。

 ありがとうございました。

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