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幽霊探偵 都会に現れた雪女

本作『幽霊探偵 都会に現れた雪女』は、古くから語り継がれる雪女伝説をモチーフにしつつ、現代の都市に潜む怪異と、それに立ち向かう幽霊探偵・伊田裕美の活躍を描いた作品です。

幽霊探偵シリーズとしては○作目にあたる本作では、「呪い」「復讐」「人間の業」といったテーマを軸に、ミステリーとホラーが交錯する物語を展開しました。

この物語の中で、登場人物たちはそれぞれの恐怖と向き合いながらも、真相を求めて歩みを進めます。果たして、怨念とは何なのか。そして、幽霊探偵・伊田裕美はこの事件をどのように解決するのか――。

ぜひ、最後まで読んでいただければ幸いです。

 【登場人物】

 伊田裕美:幽霊探偵、旅行ルポライター、ショートカットの黒髪を持ち、知的な印象を与える黒のスーツに身を包んでいた。端正な顔立ちと鋭い眼差しが特徴で、どこか探偵のような雰囲気を漂わせていた。

 伝兵衛:旅行雑誌編集長。

 村田蔵六:陰陽師で湯川寺とうせんじの住職、幽霊探偵の相談相手。

 吉田耕一よしだ こういち:遭難者

 山田茂太やまだ しげた:遭難者

 森林重文もりばやし しげふみ:遭難者

 戸田成美とだ しげみ:遭難者

 子安則子こやす のりこ:遭難者

 多聞談二たもん だんじ:青森の猟師

 小澤恭子おざわ きょうこ:自営業


 第1章:雪山の惨劇

 青森の山々は一面の銀世界に覆われていた。空気は冷たく澄み渡り、雪が降り積もる静寂の中、木々の枝が白く凍りついていた。風が時折、粉雪を巻き上げ、吹きすさぶ音が雪山にこだました。

 そんな雪深い山中に、数人の登山者たちがいた。彼らは慎重に足を進めていたが、そのとき――

 突如、銃声が響いた。

 鋭い破裂音が、雪に閉ざされた世界に不釣り合いなほど鮮明に鳴り響く。直後、大地が震え、雪が大きく崩れ始めた。

 「雪崩だ!」

 誰かが叫んだ。

 しかし、その声もすぐに轟音にかき消された。白い奔流が山の斜面を一気に飲み込み、登山者たちの姿は瞬く間に雪の中へと消えていった。

 ---

 それから3年が経った。

 ---


  第2章:東京に降る死の雪

 東京に雪が降る冬の日、あるマンションの一室で、ひとりの男が変わり果てた姿で発見された。

 吉田耕一――彼は自室の中で凍りついていた。まるで氷の彫像のように。その表情は恐怖に歪み、指先は壁に何かを掴もうとしたまま硬直している。

 警察が調査に乗り出したが、室内には何の痕跡もなかった。ただ、異常だったのは――

 「部屋の温度が、まるで冷凍庫の中みたいに低下していたんです。吐く息が白くなるほどに」

 「さらに、窓ガラスには……誰もいないはずの人影が映っていたという証言もあります」

 吉田は死の数週間前から怪奇現象に怯えていた。

 部屋の温度が急激に下がり、吐く息が白くなる。

 誰もいないのに、背後に気配を感じる。

 夜になると、どこからともなく三味線の音が聞こえてくる。

 「……三味線?」

 「ええ、しかし、その音は吉田本人以外には誰にも聞こえていなかったようです」

 警察は必死の捜査を続けたが、手がかりは皆無だった。遺体は、異様な状態で発見された。

 「まるで室内で氷が張ったように、吉田さんの体は霜に覆われ、挙句の果てにはガラスのように砕け散ったんです」

 ---

 茨城県でも、同じく雪の降る日に奇怪な事件が起きた。

 山田茂太やまだ しげた――

 彼は車の中で、冷たく凍りついた状態で発見された。

 雪の中での凍死……ならば、外気温が原因かとも思えたが、その日はそこまでの低温ではなかった。

 「まるで、何かに命を奪われたようだった」

 人々は、そう囁いた。

 しかし、誰にもその「何か」の正体はわからなかった――。


 第3章:囁く三味線の音

 東京の街に、静かに雪が降り始めた。吐く息が白くなり、街灯の光が舞い落ちる雪に反射してぼんやりと輝いている。

 子安則子こやす のりこは親友の戸田成美とだ しげみを心配していた。最近の成美は、何かに怯えているようだった。

 「則子……お願い、私を助けて……」

 数日前、成美は突然そう訴えた。しかし、理由を聞いてもはっきりとしたことは言わず、ただ震えていた。

 病院へ連れて行ったが、検査の結果は異常なし。精神科の医師にも診てもらったが、特に精神的な疾患も見つからなかった。

 それなのに、成美の様子は日に日におかしくなっていった。

 ---

 ある晩、則子は成美の部屋を訪れた。

 「大丈夫? 何か変なことがあったの?」

 成美は小さく頷くと、かすれた声で言った。

 「夜中に……聞こえるの。あの音が……」

 「音? どんな音?」

 成美は耳を塞ぎ、苦しそうにうずくまった。

 「三味線の音……あの音が聞こえると、頭の中が割れそうになるの……」

 則子には何も聞こえなかった。だが、成美の表情は尋常ではなかった。まるで何かに怯え、追い詰められているような顔をしていた。

 「大丈夫、私がついてるから」

 則子はそう言って成美の肩をさすったが、彼女の体は氷のように冷たかった。

 ---

 翌日。

 東京に本格的な雪が降った。

 則子は成美に電話をかけた。しかし、何度鳴らしても応答がない。

 胸騒ぎがした則子は、急いで成美のマンションへ向かった。

 鍵はかかっていなかった。扉を押し開けると、室内は異様なほど冷えていた。

 「成美?」

 応答はない。

 リビングを抜け、奥の浴室へ向かう。すると、浴室の扉が半開きになっていた。

 則子はそっと中を覗き込んだ。

 そして、そこで彼女は息を呑んだ。

 成美は湯船の中で、氷の彫像のように凍りついていた。

 肌は青白く、全身が氷に覆われている。まるで極寒の地で凍死したかのようだった。

 しかし、ここは東京のマンションの浴室だ。湯を張ったはずの浴槽は、完全に凍結していた。

 窓の外には、静かに雪が降り続いていた。


 第4章:幽霊探偵、動く

 日暮里の雑居ビルの一角に、その旅行雑誌社はあった。築年数の古い建物で、廊下には紙の匂いとわずかにインクの香りが混じる。編集部には、無造作に積み上げられた資料の山と、何冊もの旅行誌が並んでいた。

 「お前さん、また幽霊の話に首を突っ込むのか?」

 編集長の伝兵衛でんべえが呆れ顔で言った。初老の彼は葉巻をくゆらせながら、デスクの上の資料を無造作に指で弾いた。

 「仕事の依頼よ。断る理由はないわ」

 伊田裕美いだ ひろみは黒のスーツに身を包み、端正な顔立ちに冷静な表情を浮かべていた。彼女の鋭い眼差しには、どこか探偵じみた雰囲気があった。

 「だがな、お前さんが相手にしてるのは、普通の事件じゃない。幽霊絡みなんて、馬鹿げてると思わんか?」

 「そうかしら?」

 裕美は椅子に深く座り直し、視線を伝兵衛に向けた。

 「幽霊かどうかはわからないけれど、人が死んでいるのよ。そこに何かしらの原因があるはず。それを探るのが私の仕事」

 伝兵衛は深く息を吐き、肩をすくめた。

 「まあ、好きにしな。だが、命を粗末にするんじゃないぞ」

 裕美は微笑み、席を立った。

 ---

 依頼人の子安則子こやす のりこは、編集部のカフェスペースで裕美を待っていた。

 彼女は黒髪の長い美女だった。艶やかな髪は肩の下まで流れ、整った顔立ちには品のある落ち着きが漂っている。長いまつ毛に縁取られた瞳は、どこか憂いを帯びていた。

 「伊田さん……ですよね?」

 「ええ。お話を聞かせてください」

 則子は震える手でカップを握りしめ、かすれた声で言った。

 「友人の戸田成美とだ しげみが、亡くなりました……信じられないような、ひどい死に方をして」

 「詳しく教えてくれる?」

 則子は頷き、唇を噛みしめながら語り始めた。

 「成美は……最近、変だったんです。何かに怯えていて……特に三味線の音を聞くと、耳を塞いで震えていました。でも、私には何も聞こえなかったんです」

 「それで?」

 「それから……雪が降った日に、成美は浴室で凍死していました。お風呂のお湯は、完全に氷になっていたんです」

 則子の言葉に、裕美の目が細められた。

 「……なるほど」

 「警察も、病院も、誰もまともに取り合ってくれませんでした。でも、私は知っています。あれは、普通の事故じゃない。伊田さん、どうか調べてください」

 裕美は静かに考え込んだ。そして、ふっと微笑む。

 「わかったわ。引き受ける」

 そう言って、彼女は手帳を取り出し、メモを取り始めた。


 第5章:四番目の犠牲者

 4番目の死が発生した。

 この事件は、すでに都市伝説となりつつあった。SNSは炎上し、ネットニュースでは「東京に雪女現る」「凍死の連鎖」「三味線が死の予兆?」などと、センセーショナルな見出しが並んだ。

 『目撃情報求む』

 『怪奇現象を体験した人いませんか?』

 『三味線の音が聞こえたらヤバい』

 深夜のタイムラインには、不安と恐怖が渦巻いていた。人々はこぞって噂を広め、都市伝説は次第に実体を伴っていく。

 ---

 森林重文もりばやし しげふみは、大手食品会社の冷凍倉庫で働く社員だった。冷凍食品の管理を担当し、日々、巨大な冷蔵庫の中で温度を調整し、食材の搬入出をチェックするのが彼の仕事だった。

 彼はこれまでの犠牲者とは異なり、オカルトや怪談話を全く信じない男だった。

 しかし――

 「三味線の音が聞こえるんだ……」

 彼の様子がおかしくなったのは、事件の数日前からだった。

 最初はほんの小さな違和感だった。誰もいないはずの倉庫の奥から、微かに聞こえる三味線の音。

 「……気のせいか?」

 しかし、日が経つにつれ、その音は確実に近づいてきた。

 夜勤の最中、彼は何度も振り返った。

 誰もいない。

 だが、背後から何者かの気配を感じる。

 足音。

 冷たい風が、倉庫の中を吹き抜ける。

 そのたびに、首筋が粟立った。

 「なんなんだよ……」

 倉庫の中の温度は一定に保たれているはずだった。しかし、森林の周囲だけ、異常に寒かった。

 息が白い。

 震えが止まらない。

 ある晩、彼はついに決定的なものを見た。

 倉庫のガラス扉に、白い影が映っていた。

 長い髪の女。

 薄い着物をまとい、こちらを見つめている。

 「う、うわああっ!」

 彼は慌てて後退し、滑るように転倒した。

 その瞬間、三味線の音が鳴り響く。

 彼は凍りついた。

 寒さではない。

 恐怖だった。

 翌朝、森林は冷凍倉庫の中で凍死した状態で発見された。

 警察が現場に駆けつけたとき、彼の体は完全に氷に覆われていた。

 冷凍庫の温度設定には異常はなく、なぜそこまで凍結したのか、説明がつかなかった。

 そして、彼が死ぬ直前に送っていた最後のメッセージが、彼のスマホに残されていた。

 『三味線が……聞こえる』

 その一言を最後に、森林重文の命は終わった。


 第6章:3年前の真実

 子安則子こやす のりこは、ふと気がついた。

 ――死んだ4人は、全員自分の知り合いだった。

 偶然では済まされない。この異様な連鎖の意味を考えたとき、彼女の背筋に寒気が走った。

 しかし、彼女は小澤恭子おざわ きょうこという名前には聞き覚えがなかった。

 ---

 伊田裕美いだ ひろみは、1人で青森へと向かった。

 この連続凍死事件を解明するには、3年前に何が起こったのかを知る必要があった。東京を出発し、新幹線とローカル線を乗り継ぎ、彼女は雪深い山間の町へと足を踏み入れた。

 聞き込みを続けるうちに、裕美はある事件の記録にたどり着いた。

 ---

 3年前。

 猛吹雪の中、男女5名が雪山で遭難した。

 吉田耕一よしだ こういち山田茂太やまだ しげた森林重文もりばやし しげふみ戸田成美とだ しげみ、子安則子。

 彼らは地元の猟師、多聞談二たもん だんじによって助けられ、山小屋で一夜を過ごした。

 その夜、吉田耕一は多聞の猟銃を興味本位で手に取り、ふざけ半分で撃ってしまった。

 銃声がこだました瞬間――雪崩が起きた。

 ---

 同じ頃、ある女性がその雪崩に巻き込まれていた。

 小澤恭子おざわ きょうこ

 彼女は三味線の名手で、温泉宿で客のために演奏する仕事をしていた。だが、その日、彼女は母の危篤の報せを受け、急いで病院へ向かっていた。

 雪崩は彼女の車を飲み込み、崖下へと転落させた。

 冷たい雪の中、彼女は助けを待ち続けた。

 だが、誰も来なかった。

 ---

 同じ夜、恭子の母、馬子うまこも病院で息を引き取った。

 恭子が行方不明になったことで、遺族もなく、市役所は母・馬子の葬儀を執り行い、荼毘に付した。

 その後、恭子のことは忘れ去られた。

 しかし、3年後――

 恭子の車が発見された。

 車内には、凍った遺体。

 彼女は確かに、雪の中で死んでいた。

 だが、誰もその死に関心を示さなかった。

 ---

 裕美は静かにノートを閉じた。

 「これが……復讐なのね」

 死者の恨みは、時を超えて4人の命を奪った。

 そして、次に狙われるのは――


 第7章:怨霊との対決

 伊田裕美いだ ひろみは、急いで東京に戻った。

 連続凍死事件の因果を知った以上、子安則子こやす のりこを守らなければならない。則子こそが、復讐の連鎖の最後の標的である可能性が高い。裕美は車を走らせ、則子を連れ出した。

 向かう先は、湯川寺とうせんじ

 湯川寺の本堂には、陰陽師であり住職でもある村田蔵六むらた ぞうろくが待っていた。裕美が則子を連れてくると、蔵六は静かに頷き、すぐに準備に取りかかった。

 「このままでは、彼女も命を落とすことになる。だが、霊も無差別に殺しているわけではない……狙うのは、あくまであの事件に関わった者だけだ」

 本堂の床に、蔵六は円陣を描いた。そして、則子の身体に梵字を記し、結界を張る。

 「これでしばらくは霊の手が及ばぬはずじゃ」

 則子は不安げに身をすくめたが、裕美は彼女の肩を叩き、安心させた。

 東京に久々の雪が降る夜。

 裕美の車はすでに湯川寺の駐車場に停まっていた。しかし、車を降りようとした瞬間、異様な寒気が彼女を包んだ。

 「……なんで……邪魔をする……」

 耳元で囁く声。

 「あなたは……間違っている……」

 視界がぼやけ、意識が遠のきそうになる。

 そのとき、裕美の胸元から何かが落ちた。

 ころころ、と小さな玉が地面を転がる。

 それは、『たむならの勾玉』。

 裕美が幼い頃に母親からもらった、大切なお守りだった。

 突然、勾玉が強烈な光を放つ。

 ――ぱぁんっ!

 霊気を吹き飛ばすような衝撃。

 裕美はハッと目を覚ました。

 「くそっ……!」

 すぐさま車を飛び出し、雪の中を駆け出した。

 「蔵六!! 蔵六!!」

 湯川寺の門をくぐると、裕美は叫びながら走った。

 本堂の玄関が開き、村田蔵六が顔を出した。その瞬間、闇の中から巨大な影が裕美を追って襲いかかる。

 「間に合ったか……!」

 蔵六は奥へと引き返し、『たむならの剣』を取り出し、裕美へと投げ渡した。

 「それを使え!」

 裕美は剣を握りしめ、振り返る。

 「ああああああ!!!」

 突如、あたり一面に吹雪が巻き起こった。

 雪の嵐。

 霊は凍てつく風を放ち、裕美を包み込もうとする。だが、彼女は剣を振るい、突き進んだ。

 刃が霊を切り裂く。

 「終わった……?」

 そう思った瞬間、霊は2つに分裂した。

 「なに……!?」

 霊の正体は、小澤恭子おざわ きょうこ馬子うまこの合体霊だった。

 「……そうか。母娘の怨念……!」

 裕美は歯を食いしばる。

 さらに激しい戦いが繰り広げられる。

 恭子の霊が鋭い氷の刃を放つ。

 裕美は剣を振り、氷を叩き割る。

 そして、渾身の一撃で恭子の霊を斬り裂いた。

 「ああああああ!!!」

 霊の断末魔が響く。

 残された馬子の霊は、蔵六の呪文によって消滅した。

 すべては、終わった。

 雪は止み、静寂が訪れた。

 裕美は息を切らしながら剣を握りしめ、夜空を見上げた。

 ――この戦いが、本当に終わったのかどうかは、まだ誰にもわからない。


 第8章:エピローグ

 静かな湯けむりが立ち上る。

 湯川寺近くの温泉宿。その露天風呂に、伊田裕美いだ ひろみ子安則子こやす のりこの二人は肩まで湯に浸かっていた。温かい湯が全身に染みわたり、戦いの緊張が解けていく。

 「終わったのね……」

 則子は、湯に浸った腕をゆっくりと見つめた。そこに書かれていた梵字は、湯に溶けるように薄れ、完全に消えていった。

 「これで本当に、呪いから解放されたんだわ」

 裕美は静かに微笑み、肩の力を抜いた。

 「でも、終わったからこそ、きちんと弔わないと」

 「え?」

 「小澤母子の魂を……」

 戦いに勝ったとはいえ、復讐に囚われていた霊たちをただ消し去っただけではない。彼女たちの無念を鎮めなければ、またどこかで新たな怨念を生んでしまう。

 裕美と則子は温泉を後にし、村田蔵六むらた ぞうろくと共に、正式に小澤母子を供養することにした。

 数日後。

 湯川寺の本堂にて、蔵六が読経を捧げる。

 恭子と馬子の遺影を前に、香が焚かれ、静かな時間が流れる。

 「これで、もう大丈夫でしょう……」

 則子は小さく頷き、手を合わせた。

 「恭子さんも、お母さんも、もう苦しまなくていい……そう思いたいです」

 裕美は静かにそれを見守っていた。

 供養を終えた夜、裕美は一人で東京へ戻った。

 自室に戻り、荷物を片付けた後、窓の外を眺める。

 今夜は、久しぶりに静かな夜だった。

 彼女はカップに紅茶を注ぎ、一息ついた。

 今回の事件は、ただの怪異ではなかった。

 人の業、忘れ去られた悲しみ、そして復讐――それらが絡み合い、怨念となった。

 「……また、こんな事件が起こらないといいけど」

 そう呟くと、裕美はカップを持ったまま、そっと目を閉じた。

 外では、雪がしんしんと降り積もっている。

 部屋の静寂に包まれながら、裕美はゆっくりと自分の指先を撫でた。

 それは、安堵の余韻か、あるいは……。

 ふっと、小さな吐息がこぼれた。

 その晩、裕美は自宅のお風呂で、ぬるめのお湯に浸かりながら、静かに目を閉じる。ほのかな湯気が肌を撫で、ゆったりとした安堵が心を満たしていく。指先が無意識に動き、波紋のように甘い感覚がじんわりと広がった。

 雪のように静かな夜が、彼女を優しく包み込んでいた。

 (完)

ここまで本作をお読みいただき、ありがとうございます。

『幽霊探偵 都会に現れた雪女』では、雪女伝説を下敷きにしながらも、現代的な視点を加え、ミステリー要素を強めた作品となりました。幽霊探偵シリーズとしても、新たな挑戦を含めた内容となっています。

作中で描いた「三味線の音」「凍りつく死」などの現象は、日本の怪談に見られる“音の怪異”や“雪の呪い”の要素を参考にしました。また、登場人物たちの行動や選択が、単なるホラーではなく、ミステリーとしての要素を含んでいることを意識して執筆しました。

読者の皆様が、この物語の結末に何を感じたのか、ぜひご感想をいただけると嬉しく思います。

また、次回作でお会いしましょう。

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