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幽霊探偵 日本の郷土資料館に西洋貴族お妃の霊

 この物語の原案は、寝ながら考えました。ふとした瞬間に物語の断片が浮かび、頭の中で組み立てられていくうちに、次第にまとまってきました。そして、ストーリーが完成したとき、私は目を覚まし、そのまま執筆を始めました。


 私は大学時代、「ハイカラ」と呼ばれることがよくありました。なぜなら、こういう西洋の話が大好きだったからです。特に、古い時代のヨーロッパの文化や歴史には強い興味があり、気がつけば、その影響を受けた物語を多く書いてきました。本作もまた、そんな私の趣味が色濃く反映された作品のひとつです。


 本作を、読者の皆様に楽しんでいただければ幸いです。

 登場人物


 伊田裕美:幽霊探偵、旅行ルポライター、ショートカットの黒髪を持ち、知的な印象を与える黒のスーツに身を包んでいた。端正な顔立ちと鋭い眼差しが特徴で、どこか探偵のような雰囲気を漂わせていた。

 伝兵衛:旅行雑誌編集長

 村田蔵六:陰陽師で寺の住職、幽霊探偵の相談相手

 野田譲二のだ じょうじ先祖はイギリスの貴族チャップマン家


 第1章:メアリの棺

 それは、ひときわ豪華な棺だった。

 イギリスの貴族・チャップマン家に生まれ、市民革命の時代に無実の罪で処刑された妃メアリ。その遺体が納められたその棺は、煌びやかな装飾が施され、今もなお異国の気配を纏っていた。

 茨城県の郷土資料館の一角に、棺は静かに展示されている。かつて海を越えて日本に渡ったその遺物は、歴史の一端として多くの人々の目に触れてきた。そして、その棺をこの地にもたらしたのが、県会議員の野田譲二だった。

 野田の家系は、メアリの遠い血筋を引くとされている。彼は誇りをもって先祖の遺物を郷土資料館に寄贈した。そして、棺の上にはひとつの古い銅鏡が置かれていた。年代を感じさせるその鏡は、煤けて鈍く光っていたが、不思議と手を触れようとすると拒まれているような錯覚を覚える。

 この銅鏡は、メアリの魂を封じ込めるために使われたものだった。

 処刑後、彼女の遺体を葬る際に、何者かがこの鏡を彼女の棺に置き、霊を封じたと伝えられている。鏡には古い呪術の文字が刻まれており、その役割を知る者はもうほとんどいない。しかし、それがただの飾りではないことは、見る者が直感的に感じ取れるほどの異様な雰囲気を放っていた。

 ある晩、資料館に賊が入った。

 金目のものを探していたのだろう。展示品を荒らし、持ち運べるものはすべて盗んでいった。銅製の燭台や飾り壺、貴族の象徴たる銀製品──それらは無残に持ち去られた。

 そして、賊のひとりがふと棺の上の銅鏡に手を伸ばした。

 「なんだ、これ……?」

 煤けた銅鏡に映る自分の顔が、妙にゆがんで見えた。気味が悪くなり、鏡を持ち上げる。

 だが、突如として背筋に冷たいものが走った。

 「うわっ!」

 思わず手を離し、銅鏡はゴトリと床に落ちた。重たい金属音が響き、賊たちはぎょっとした。鏡面には何の傷もついていない。ただ、落ちた衝撃で煤がわずかに剥がれ、そこに何か模様のようなものが浮かび上がった。

 賊たちは気味の悪さを感じ、急いでその場を後にした。

 しかし、彼らは気づいていなかった。

 この銅鏡こそが、メアリの霊を封じ込める封印であり、それが動かされたことで、封じられたものが目覚めつつあることを──。

 翌朝。

 野田譲二は、警察の呼び出しを受け、慌ただしく資料館へと駆けつけた。被害は甚大だった。だが、彼の頭を悩ませたのは、盗品リストの作成だった。

 「これは大変なことになった……」

 棺の中の品々は無事だったが、貴重な展示物の数々が姿を消している。警察に提出するため、リストの作成に追われた。

 しかし、野田はまだ気づいていなかった。

 棺の上にあった銅鏡が、跡形もなく消えていることに。

 そして、その夜──。

 茨城の夜に、深い霧が立ち込めた。

 まるで、何かが目覚めるかのように……。


 第2章:目覚めした亡霊たち

 その夜、郷土資料館の周辺に濃い霧が立ち込めた。

 湿った空気が重く漂い、視界を遮る霧の中で、異変は静かに始まった。まるで何かが解き放たれたかのように。

 ──鏡がなくなった。

 その瞬間、メアリの霊は棺の中から解き放たれた。

 そして、彼女の無念に呼応するように、かつて無惨に命を奪われた者たちの霊もまた、次々と蘇っていった。

 「人間に復讐しろ……」

 どこからともなく聞こえる声。

 冷たい風が吹き抜け、資料館の中に異変が生じた。

 最初に姿を現したのは、首を斬られたままの貴族の霊だった。

 その後に続いたのは、民衆の怒りの渦に巻き込まれ、石を投げつけられて命を落とした侍女。

 彼らは現世への未練を抱えたまま、ひたすらに恨みを募らせていた。

 夜が更けるにつれ、霧はさらに濃くなり、悪霊たちが町を彷徨い始める。

 ──犠牲者が出た。

 まず最初に襲われたのは、郷土資料館の警備員だった。

 見回りの途中、背後に何者かの気配を感じて振り返った瞬間、黒い影が彼を包み込んだ。

 「……っ!」

 悲鳴を上げる間もなく、彼の体は冷気に包まれ、瞳が虚ろになった。

 次の日の朝、彼は資料館の前で白い顔をしたまま、事切れていた。

 次の犠牲者は近所の農民だった。

 夜更けに田畑を見回っていた彼は、濃霧の向こうに人影を見た。

 「誰だ……?」

 近づくと、それは衣服がボロボロの女だった。

 だが、よく見ると、その肌は青白く、眼には光が宿っていない。

 農民は、何かに囚われるように足が動かせなくなった。

 その瞬間、女がすっと手を伸ばす。

 次の日、田んぼの中で彼の遺体が見つかった。

 これを受け、茨城県では夜間の外出を控えるよう通達が出された。

 だが、人々は知らなかった。

 これは、まだ始まりに過ぎないことを──。

 そんな中、野田譲二は一縷の希望を求め、SNSを通じてある人物を知る。

 「幽霊探偵……?」

 東京にいるというその探偵に、野田は藁にもすがる思いで連絡を取る。


 第3章:茨城からの調査依頼

 東京・日暮里。

 古くからの下町情緒が残るこの街の一角に、旅行雑誌の編集社「トラベル・クロニクル」はあった。入り組んだ細い路地の向こうに、近代的なオフィスビルがそびえ立つ。そのコントラストは、時代の移り変わりを感じさせるものだった。

 編集部の一室では、幽霊探偵こと伊田裕美が、パソコンを開きながら原稿の校正作業をしていた。ショートカットの黒髪が揺れ、スーツ姿の彼女の端正な横顔には、鋭い知性が光っている。

 「裕美、ちょっといいか?」

 編集長の伝兵衛が、少し渋い顔で彼女を呼んだ。手にはスマートフォンが握られている。

 「なんです?」

 「これ、見てみろ」

 画面には、郷土資料館で起きた事件についてのSNSの投稿が映っていた。夜な夜な奇妙な霧が立ち込め、住民が次々と不審死しているという話。投稿主は、茨城県の県会議員・野田譲二。

 「幽霊探偵の力を借りたい、か……」

 裕美は少し考えたあと、ふっと微笑んだ。

 「面白そうですね。行きましょう」

 即答する彼女に、伝兵衛は眉をひそめた。

 「また幽霊案件か。お前はジャーナリストなんだから、もっとまともな取材をだな……」

 「温泉取材とセットなら、いいですよね?」

 裕美がにっこり笑うと、伝兵衛は諦めたように肩をすくめた。

 「はぁ……しょうがねぇな。幽霊が出ようが出まいが、温泉のリポートはしっかり書けよ?」

 こうして、裕美と野田の接触が決まった。

 ---

 その夜。

 裕美と野田は、郷土資料館の前に立っていた。

 街の外れにある資料館は、夜ともなると不気味なほど静まり返っていた。風が吹き抜けると、木々がざわめき、遠くでフクロウの声が響く。

 裕美は資料館の中を見渡しながら、野田に尋ねた。

 「盗まれたもののリストは確認しましたか?」

 「ええ。ただ、不審な点があって……展示品のいくつかが荒らされていたんですが、何が消えたのか正確には分からないものもあるんです」

 その時、急に冷たい風が吹き抜けた。

 「っ!」

 野田が息をのむ。周囲が不気味な霧に包まれ始めていた。

 次の瞬間、足元から奇妙な音が響く。

 「ギギ……ギギギ……」

 資料館の展示物のひとつ、縄文時代の土偶が、カタカタと震え始めた。

 「まさか……!」

 裕美が構えたその時、土偶が突然跳ね上がり、二人に襲いかかってきた。

 「逃げるぞ!」

 野田が裕美の腕を引いて走り出す。

 しかし、追いかけてくるのは土偶だけではなかった。

 資料館の奥から、長いドレスをまとった青白い女がゆっくりと姿を現した。

 「メアリ……!」

 幽霊が、目の前にいた。


  第4章:悪霊の目覚め

 白い肌、虚ろな目、闇に揺れる長いドレス。メアリの霊が、ゆっくりと裕美のほうへ歩み寄ってくる。

 その足元には、ひび割れた土偶や古い展示物が散らばり、まるでこの場に封じられていた怨念が解き放たれたかのようだった。空気が重く、湿った霧がまとわりつく。

 「野田さん、走って!」

 裕美は低く叫び、野田の腕を引いた。

 二人は踵を返し、薄暗い資料館の中を駆け抜ける。背後では、メアリがゆっくりと手を伸ばしていた。追いかけるように、展示品のひとつだった埴輪が不気味に揺れ動き、まるで意志を持つかのように二人を追ってくる。

 「くそっ、どこへ逃げれば……!」

 野田が息を切らしながら叫ぶ。

 「とにかく、外へ!」

 しかし、いつの間にか資料館の入り口は霧に覆われ、見えなくなっていた。

 「こっちよ!」

 裕美は館内の奥へと走る。

 そこに、豪華な装飾が施された棺があった。

 「はぁ、はぁ……メアリの棺……」

 野田が肩で息をしながら、呆然と棺を見つめる。

 だが、その棺の上にあるべきものが、何か足りない。

 「……待って……」

 裕美は言葉を失った。

 突然、背後から冷たい手が伸びる。

 「っ……!!」

 裕美の首に、氷のように冷たい指が絡みつく。

 メアリだった。

 「ぐ……!」

 必死に手をほどこうとするが、霊の力は強い。視界がぼやけ、意識が遠のいていく。

 そのとき——

 裕美の手が、偶然何か硬いものに触れた。

 反射的に、それを掴んで振り回す。

 「……えいっ!」

 彼女の手から、重たい物体が宙を舞う。

 それは、煤けた鏡だった。

 鏡はメアリの霊をすり抜け、背後の棺の上へと落ちた。

 「……あっ……!」

 メアリの霊が、突然動きを止める。

 彼女はゆっくりと振り返り、棺の上の鏡を見つめた。

 突如として、身体が激しく揺らぎ始める。

 「……あああ……!!」

 メアリは苦しみの声を上げ、両手で頭を抱える。

 次第に霧が薄れ、悪霊たちの気配も消えていく。

 静寂。

 裕美は荒い息を整えながら、棺の上の鏡を見つめた。

 「この鏡が、お妃の霊を封じ込めていたのね……誰かがそれをどかしたから、蘇った……」

 野田は腰を抜かしたまま、青ざめた顔で棺を見つめていた。

 夜の闇が、ようやく静けさを取り戻していた。


 第5章:エピローグ

 湯煙が立ち込める静かな温泉地。

 裕美は、近くの温泉宿に滞在し、ようやく骨休めの時間を迎えていた。星空の下、露天風呂の湯面に月の光が揺れている。

 脱衣所で衣服を脱ぎ、バスタオルを纏いながら湯殿へと向かう。肌に感じる夜の冷気に一瞬身を震わせたが、すぐに左足からそっと湯に浸かる。

 「ああ……生きてるって感じ……」

 体を包み込む温泉の温もりに、全身の緊張が解けていく。

 夜空を見上げながら、静かに湯に身を委ねる。

 「今回は村田蔵六もいなかったから、どうなるかと思ったけど……無事に終わってよかったわ」

 ほっとした表情でつぶやく。事件を終えた安堵感と、温泉の心地よさが混じり合い、思わず目を閉じる。

 一方、野田は資料館の事後処理に追われていた。

 彼は資料館と自宅のあちこちに、張り紙を貼った。

 ──「棺の鏡を取ってはいけない」──

 野田は鏡の存在の重要さを思い知った。そして、過去の因縁を日本に持ち込んでしまったことを、密かに悔やんだ。

 しかし、メアリは彼にとって遠い先祖である。彼女の無念を思うと、見捨てることもできなかった。

 「ここで、供養しよう……」

 野田は静かに呟き、棺の前に手を合わせた。

 冷たい夜風が吹き抜ける。

 しかし、もうあの不気味な霧は、どこにもなかった。

 「幽霊探偵・伊田裕美」シリーズの一編として、この物語をお届けできたことを嬉しく思います。


 今回の物語では、過去と現在が交錯する西洋の怨霊譚を描きました。歴史に埋もれた因縁が現代に蘇るというテーマは、私自身とても惹かれるものです。幽霊探偵・伊田裕美の推理と冒険が、この謎めいた事件を解決へと導く様子を楽しんでいただけたなら、それに勝る喜びはありません。


 また、本作では「封印」というテーマを取り入れました。封印を解くことで目覚めるもの、再び封じることで終息するもの。人は時に、知らず知らずのうちに危険なものに触れてしまうことがあります。その先にあるものが、希望なのか、それとも恐怖なのか——それを決めるのは、私たち自身なのかもしれません。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 次回の「幽霊探偵・伊田裕美」の活躍にも、どうぞご期待ください。

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