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幽霊探偵・伊田裕美 彷徨う人形 都市伝説化した彷徨う女雛の謎を解く

私は、人形を集めることを趣味としています。特に日本人形や魔女人形に魅了され、その美しさと歴史に魅了され、惹かれ続けています。しかし、ふと考えることがあります。もし私がいなくなったら、この大切な人形たちはどうなってしまうのだろう、と。


この物語は、過去の因縁と未練が絡み合う、怪奇と哀愁に満ちた怪異譚である。東京の片隅にある古い人形店で、一対の雛人形が引き裂かれたことから始まる怪事件。幽霊探偵・伊田裕美が、陰陽師・村田蔵六とともに、その謎を追う。


果たして、人形に宿った怨念は救われるのか。それとも、新たな悲劇を生むのか。本作を通じて、人の心の奥に潜む執念と、霊たちの哀しみを少しでも感じ取っていただければ幸いである。

伊田裕美:幽霊探偵、旅行ルポライター

村田蔵六:陰陽師で伊田裕美の相談相手

西園寺米内麻呂:戦前なら華族


第一章 消えた魂


東京・浅草。江戸の面影を今なお残し、観光客で賑わうこの街には、時の流れから取り残されたような古い店も点在している。その片隅にひっそりと佇む「吉村人形堂」もまた、そんな風情を宿す小さな店のひとつだった。


店の奥には、職人の手で精巧に作られた木彫りの男雛と女雛が並んでいた。艶やかな衣装をまとい、静かに並ぶ二体は、まるで長い年月を共に過ごしてきた夫婦のようにも見えた。


ある日、店の戸を小さく開けて入ってきたのは、一人の男だった。彼の名前は西園寺米内麻呂。目を泳がせながら陳列棚を見回し、やがて男雛だけを指差した。目を泳がせながら陳列棚を見回し、やがて男雛だけを指差した。


「この男雛をください。」


「男雛だけでよろしいのですか?」


店主は少し驚きながらも問いかけた。しかし、男は小さく頷き、手早く代金を支払うと、そそくさと店を後にした。


「なぜ男雛だけ……?」


店主は首をかしげながらも、それ以上追求することはなかった。


しかし、その夜から奇妙な現象が起こり始めた。閉店後、店内に誰もいないはずなのに、人形棚のほうから微かなきしむ音が聞こえてくる。まるで何かが動いているような気配を感じ、店主はそっと振り返った。


そこにあったのは、わずかに揺れる女雛だった。


ふと目を凝らすと、女雛の顔にはわずかな変化が見られた。口元が微かに歪み、まるで悲しみの表情を浮かべているかのように見えた。そして、その瞬間、小さなすすり泣くような音が耳元に響いた。


「……泣いている?」


店主は思わず背筋をぞくりとさせた。しかし、気のせいだと思い直し、そっと戸を閉める。


だが、その夜以来、店の中では不思議な現象が続くことになるのだった。


第二章 夜を彷徨う女雛


そのころ、東京の街では奇妙な事件が立て続けに起こっていた。深夜、帰宅途中のサラリーマンが突然倒れ、翌朝発見されたときには意識不明の状態。まるで魂を抜き取られたかのように、目は虚ろで、呼びかけにも反応がない。医師たちは脳死に近い状態だと診断したが、原因は一切不明だった。


事件の目撃者の証言によると、静まり返った夜道に、最初は規則正しく響いていた足音が、次第に異様なリズムに変わったという。まるで何者かが足を引きずるように、湿った音とともに近づいてきた。


男が足を止め、周囲を見渡した瞬間、街灯の薄暗い光の中に「鏡越しに映る着物姿の女」が立っていた。女はまるで鏡の中の世界から抜け出したかのように、ぼんやりとした輪郭をしており、その顔は異様に白く、瞳の奥は深淵のように漆黒だった。しなやかな黒髪が風もないのに揺れ、豪奢な衣の裾が宙を舞うように動いていた。


男は息を呑んだ。次の瞬間、女が何かを囁くように口を動かした。しかし、その声は直接耳に届くのではなく、まるで頭の奥に直接響く、不気味な囁きだった。


「……帰して……戻して……」


その声を聞いた途端、男の全身に鳥肌が立った。だが、動けない。逃げようとする意思に反して、足がまるで地面に縫い付けられたように硬直していた。


女はゆっくりと男の顔にそっと手を伸ばした。その手は異様に冷たく、骨のように細かった。その冷たい手が男の顔に触れた瞬間、彼は全身の力を奪われ、膝から崩れ落ちた。


目撃者によると、男が倒れた直後、女の姿はまるで霧が晴れるように掻き消えてしまったという。後にはただ、冷たい夜風が吹き抜けるばかりだった。


「違う……違う……!」


静まり返った闇の中に、女の悲痛な叫びが響いた。それは、何かを必死に探し求める者の慟哭だった。そして、次の犠牲者が現れるのは、時間の問題だった……。


第三章 幽霊探偵・伊田裕美、調査開始


東京の街を騒がせている奇怪な事件に、幽霊探偵・伊田裕美は深い興味を抱いていた。目撃証言と被害者の状態を調べるうちに、事件の共通点が浮かび上がってきた。いずれも、意識不明になった男たちは何らかの形で「ある人形店」の近くを通っていたのだ。


「どうやら、ここが事件の発端らしいわね。」


裕美は陰陽師の村田蔵六を伴い、浅草にある古びた人形店「吉村人形堂」を訪れた。店主に話を聞くと、最近売れた人形について語られた。


「確かに……最近、一体の男雛だけが買われていったんですよ。買っていったのは西園寺米内麻呂という方でね。彼は以前にもこの店に訪れていて、祖父の代に持っていた男雛を探していたんです。その際に名乗っていました。」


その名を聞いた瞬間、蔵六の表情が険しくなった。彼の霊視によると、この事件の裏には強い怨念が絡んでいることがわかっていた。


「裕美、やはりただの人形ではないね。この女雛、人間の魂を求めている。」


蔵六の声にはいつになく緊張が滲んでいた。女雛は長年連れ添っていた男雛と引き離され、孤独と悲しみの中で怨霊と化してしまったのだ。そして、その怒りが男たちの魂を奪う形で現れていた。


裕美はさらに調査を進める。すると、西園寺米内麻呂がかつて華族の家柄を持ち、祖父の代に男雛と女雛を所有していたことが判明する。しかし、戦後の混乱とともに財産は失われ、男雛だけを手元に戻すことで祖父の遺志を継ごうとしたのだった。


「女雛だけが取り残され、悲しみに囚われたのね……。」


裕美の表情が曇る。彼女の仕事は、ただ事件を解決することではない。人と霊、双方の苦しみを解きほぐすことこそが、彼女の探偵としての信念だった。


「さて、どうやってこの怨念を鎮めるか……。」


幽霊探偵・伊田裕美の本格的な調査が、ここから始まる。


第四章 憎しみの果て


裕美と蔵六は米内麻呂に人形を戻すよう説得する。しかし彼は、祖父から「女が悪い」と言い聞かされて育ち、女雛を忌むべき存在として拒絶する。


「俺はただ、祖父の意思を継いだだけだ!」


彼の声は強ばっていたが、その瞳の奥には、言い知れぬ恐怖が宿っていた。米内麻呂にとって、女雛はただの人形ではなく、祖父の呪縛そのものだったのだ。


しかし、その夜——。


彼の部屋から悲鳴が響き渡った。


裕美と蔵六が駆けつけると、部屋は荒れ果て、壁には爪で削られたような無数の傷跡が刻まれていた。畳の上には引き裂かれた掛け軸、散乱する書類。そして、その中央で震える米内麻呂。


彼の視線の先に、ゆらりと揺れる影があった。


——朽ち果てた女雛。


ねじれた首が不自然な角度で曲がり、黒ずんだ口元がかすかに開閉していた。暗闇の中、ガラス玉のような瞳が不気味に光った。


「お前じゃない……お前じゃない……!」


か細く、しかし確かな怨嗟が空気を震わせる。女雛の姿がゆっくりと米内麻呂へと滲み寄るたび、部屋の温度が急激に下がっていった。


裕美はすぐに懐から壺を取り出し、蓋を開けた。瞬間、重苦しい霊気が室内に満ち、女雛の姿が完全に浮かび上がる。


「貴女が探していたのは、この人ではないのでしょう?」


裕美は静かにそう問いかけた。


女雛の瞳が揺れ、しばしの沈黙が訪れる。


やがて、裕美は慎重に懐へと手を伸ばし、もう一つの人形を取り出した。


それは、男雛だった。


「これで……一緒にいられますよね?」


女雛の姿がかすかに揺れ、漂う怨念が少しずつ霧散していく。まるで長い時を超えてようやく安堵を得たかのように、女雛は男雛のそばへと寄り添った。


次の瞬間——。


二つの人形は、何の力も持たない、ただの木彫りの雛人形へと戻っていた。


【エピローグ】


事件が終息し、意識不明だった男たちは次第に回復していった。彼らの記憶は曖昧で、何があったのかを語ることはできなかったが、その顔には奇妙な安堵の色が浮かんでいた。


そして、女雛と男雛の人形は、裕美のマンションの棚に静かに飾られることになった。和紙の下に置かれた二つの人形は、まるで互いに寄り添うように並んでいる。


裕美はそっと人形を撫で、微笑んだ。


「これでようやく、二人とも……離れ離れにならずに済むわね。」


その瞬間、部屋の空気がふっと軽くなった気がした。


優しく微笑む裕美の背後で、微かに春風のような囁きが聞こえた。


『ありがとう……。』

『彷徨う人形』をお読みいただき、ありがとうございました。本作は、幽霊探偵・伊田裕美が織り成す怪奇譚の一つとして、過去と現在、霊と人との交錯を描くことをテーマにしました。


物語の中で、人形はただの無機物ではなく、人の感情や想いを映す鏡のような存在として描かれています。長年寄り添いながらも引き裂かれた雛人形の哀しみは、現実の世界にも通じる何かがあるのではないでしょうか。


読後に少しでも余韻を感じていただけたならば、筆者としてこれほど嬉しいことはありません。今後も、幽霊探偵・伊田裕美のさらなる活躍にご期待ください。


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