恐怖の巨像ニサ魔人
私の知り合いが「兄さん、姐さん」とよく言います。
怒ると怖いのは姐さんのほうだと心の中で思っていました。
しかし、今回は「兄さん」の魔神として「ニサ魔神」と名付けました。
この物語は、恐怖と謎が交錯する世界を描いています。
幽霊探偵・伊田裕美が巻き込まれる不思議な事件。
その背後には、一体何があるのか……。
さあ、物語の幕開けです。
伊田裕美:幽霊探偵で旅行ルポライター
伝兵衛:旅行雑誌の編集長
田茂崎:研究所助手
【石川宮殿よりミイラ発見】
それは、十年に一度と言われる寒波が日本を襲った冬のことだった。
日本各地が大雪に見舞われ、積雪の重みで山々の地盤が緩んでいた。
そして、茨城県の石川宮殿でも異変が起こった。
豪雪の後に降った雨が雪を溶かし、やがて土砂崩れが発生。
その影響で石川宮殿の盛り土が削り取られ、地中深くに埋もれていた棺の一部が姿を現した。
この発見に驚いた地元の考古学者たちは、すぐさま調査チームを結成し、棺を発掘。
大学の研究室へと運び込んだ。
慎重に封印を解き、棺の蓋を開けると、そこには金の王冠とネックレスを身にまとった女性のミイラが安置されていた。
「まるで、生きているようだ……」
その姿は、今にも目を開けそうなほど穏やかで、神々しい。
だが、助手の田茂崎がふと目を離し、再び視線を戻した瞬間──
ミイラの表情は一変していた。
静かで美しかった顔が、歯をむき出しにした恐怖の形相へと変貌していたのだ。
「うわっ!」
思わず後ずさる田茂崎。
しかし、再度目を凝らすと、ミイラの表情は元の穏やかな顔に戻っていた。
「……疲れてるのか?」
彼は動揺しつつも、気のせいだと自分に言い聞かせた。
その日はそこで研究を終え、研究室の鍵をかけた──。
【謎の失踪】
伊藤教授は自宅へと帰り着いた。
長い一日を終え、湯船に浸かりながら疲れを癒す。
今夜は久しぶりに早めに眠れるはずだった。
しかし、帰宅の途中から、何か違和感があった。
背後に誰かの視線を感じる。
足音のしない気配。
(……気のせいか?)
教授は軽く肩をすくめ、そのまま帰宅した。
だが、家の窓にふと目をやると、そこに──
闇に溶け込むような男の影が、じっとこちらを覗いていた。
「誰だ!?」
慌てて窓を開けるが、外には誰もいない。
静寂に包まれた夜の街並みが広がるだけだった。
(疲れてるんだ……気のせいに違いない)
教授は自分に言い聞かせ、ベッドへと潜り込んだ。
──その瞬間。
部屋の中に突如、巨大な火輪が現れた。
「う、うわぁっ……!!」
炎が渦を巻き、教授の身体を一瞬にして包み込む。
息が詰まるほどの熱さ。
意識が燃え尽きるかのような感覚。
苦しむ教授はもがいたが、
次の瞬間、彼の姿は闇の中へと掻き消えてしまった──。
【度重なる失踪者】
研究室の教授は出勤しなかった。
いつもなら朝早くから研究室にいるはずの彼が、今日は現れない。
不審に思った助手たちは、教授の自宅に電話をかけた。
すると、教授の家族が信じられない言葉を口にした。
「教授は寝室で休んでいたはずなのに、突然姿を消してしまったんです。」
何の前触れもなく、忽然と消えた教授。
鍵のかかった部屋の中で、一体何が起こったのか。
しかし、調査を止めるわけにはいかなかった。
今日はミイラをCTスキャンにかける予定だった。
田野倉准教授と田茂崎助手は、教授が不在のままミイラを大学病院へと運び込んだ。
― 大学病院 ―
大蔵医師にとって、ミイラをスキャンするのは初めての経験だった。
それでも彼は、その歴史的な意義を深く理解し、慎重に作業に取り掛かった。
「この保存状態は驚異的だ……」
CTスキャンの結果を確認するため、彼は画面を覗き込んだ。
だが、その映像には、あるはずのない影が映り込んでいた。
「これは……?」
背筋が凍るような不気味な違和感。
その晩、田野倉准教授もまた、同じように姿を消した。
翌日、大蔵医師もまた、忽然と姿を消した。
連続する不可解な失踪。
これはただの偶然なのか、それとも──。
【幽霊探偵に依頼】
田茂崎助手は、ついに自分の番が回ってきたのではないかと恐怖に怯えていた。
立て続けに研究者たちが姿を消し、次は自分の身に何が起こるか分からない。
そこで、最近話題の幽霊探偵・伊田裕美を頼ることにした。
田茂崎は状況を説明し、裕美は快く依頼を引き受けた。
しかし、問題はどうやって自分の身を守るかだった。
悩んだ末、田茂崎はひとつの結論にたどり着いた。
──このミイラを石川宮殿に戻すしかない。
彼は誰にも告げず、単独でミイラを石川宮殿へと運んだ。
だが、宮殿に到着した瞬間、異変が起こった。
突如、闇の中から威圧的な声が響いた。
「愚か者よ……」
石川宮殿の番人と名乗る男が姿を現した。
彼の目は暗闇の中でも異様な光を放ち、厳かに言い放った。
「聖なる宮殿を荒らす不埒者よ。女王の怒りを知るがいい……」
その瞬間、赤々と燃え盛る火輪が出現した。
「うわああっ!」
火輪は瞬く間に田茂崎の身体を包み込み、
もがけばもがくほど、炎の輪はさらに強く絡みついた。
彼は絶叫を上げたが、それもすぐにかき消え──
田茂崎は、あっという間に姿を消してしまった。
そして、またひとり、宮殿の闇へと飲み込まれていった……。
【ミイラの正体】
石川宮殿は、地方豪族の墓と宮殿を兼ねていると伝えられていた。
茨城県には、かつて日本を支配する天皇家に匹敵するほどの権力を持った女王が存在した──。
その証拠が、この石川宮殿に眠るミイラだった。
石川宮殿は、石川古墳と一体化したような独特の構造を持ち、
長い間、地元の歴史研究者たちの間で議論されてきた。
幽霊探偵・伊田裕美は、この謎を解明するために調査を開始した。
彼女は民俗学者や大学教授を訪ね、失われた歴史の断片をつなぎ合わせようと試みた。
しかし──
出てくるのは伝承ばかりで、
決定的な証拠や手がかりは、どこにも見当たらなかった。
古文書に記された神秘的な言葉。
語り継がれる女王の伝説。
だが、それらは真実を語るにはあまりにも曖昧だった。
「本当に、このミイラは石川女王なのか……?」
裕美は深い思索に沈んだ。
謎は、いまだ闇の中に包まれていた。
【虚像ニサ魔人現る】
裕美は宮殿の中へと足を踏み入れた。
静寂に包まれた空間に、一歩、また一歩と進む。
その瞬間、背後から鋭い声が響いた。
「貴様は誰だ?」
振り返ると、そこには番人が立っていた。
「私はここの番人。女王・石川多夢姫をお守りする者だ。不埒な者どもが宮殿を荒らし、罰を受けたのだ。」
「待って、私は違う!」
「問答無用!」
番人が杖を振ると、そこからジェット噴射のように炎が放たれる。
「見よ、地獄の火を!」
裕美は猛然と走り出し、炎の渦から逃げる。
すると、その瞬間──
地面が大きく割れ、轟音とともに巨大な影が姿を現した。
それは、埴輪の顔を持つ剣士の虚像。
全長三十メートルの巨体が、ドシン! ドシン! と大地を揺るがせながら歩き始める。
鋭い剣を振り下ろすたび、大木が音もなく切り倒されていく。
「こんなのに勝てるわけがない……!」
裕美は巨像と番人の間に挟まれる形となった。
「くっ……!」
瞬時に決断し、裕美は番人に体当たり。
その衝撃で番人の手から炎を放つ杖が飛んだ。
裕美は杖を掴むと、一目散にミイラが安置されている棺へと走った。
「文化財を燃やしていいものか……」
迷いがよぎるが、番人と巨像がすぐ背後に迫る。
「許して……!」
彼女は杖を振り、炎をミイラに向かって放った。
──次の瞬間。
乾燥したミイラは、たちまち炎に包まれ、燃え尽きた。
すると同時に、番人の姿は霧のように消え去り、
巨像は轟音とともに崩れ落ちた。
大地が震え、宮殿の一部が崩れ始める。
「やばい……!」
瓦礫が落ちる中、裕美は急いでその場を離れる。
静寂が戻ったとき、宮殿の崩れた穴から人影が現れた。
伊藤教授、田野倉准教授、大蔵医師、田茂崎助手。
四人とも無事だった。
「みんな……!」
抱き合い、安堵の涙を浮かべる彼ら。
「一体何が起こったんだ……?」
誰もが混乱していた。
「もういい。帰ろう。」
裕美は息を整え、額の汗を拭った。
幽霊探偵史上、最大の事件だった。
そして、それはまだ終わりではないのかもしれない──。
【エピローグ】
数日後。
裕美は編集長の伝兵衛にコーヒーを淹れながら、自分の椅子に腰掛けた。
「原稿の締切を守れよ。」
伝兵衛は眉をひそめ、デスクの上で腕を組んだ。
「はい、はい。」
裕美は肩をすくめながら苦笑する。
今回の事件は、これまでのどの依頼よりも恐ろしいものだった。
思い返すと、今でも背筋が寒くなる。
「こんな事件、もう二度とごめんだな……。」
そうつぶやきながらも、裕美の胸には小さな期待があった。
まだ解決していない謎が、どこかで彼女を待っている。
未知の謎は、まだ数多く残されている。
幽霊探偵・伊田裕美の次なる事件は、すでに静かに幕を開けようとしていた──。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ニサ魔神という名前の由来は、私の知り合いの言葉から来ています。
「兄さん、姐さん」という日常的な会話の中に、不思議なインスピレーションを感じました。
今回の物語では、兄さんの魔神──ニサ魔神の恐怖と謎を描きました。
幽霊探偵・伊田裕美の冒険はまだまだ続きます。
次回の事件も、ぜひお楽しみに。
感謝を込めて。




