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霞の中の龍野城 9

兄上が、織田信長公に会うために京に立つ日が近づいてきた。

秋の収穫も落ち着きを見せ、女達が綿入れの手伝いに戻って来てくれた。人手が集まると作業も一気に進み始めたが、琴姫を残して帰って行った女達は戻ってこない。見限られたのかと不安に思い始めていた。

黙々と作業を進めていると、廊下で騒ぎが起きたのか叫び声が聞こえてきた。

「どうして家の人が京に行かないといけないんだ。あの時、お屋敷にいた者たちの旦那ばかりが選ばれるのはおかしいだろ。琴姫様の差し金に違いないんだ」

騒ぎが近くなり、琴姫の耳にもはっきりと聞き取れるようになってきた。

「気持ちは分かるが、ここで騒ぐのは良くない」

推し留めようとする者も、本気で止めては居ないのだろう。ゆっくり、琴姫のいる場所に近づいている。騒ぎを撒き散らしながら来る所がたちが悪い。

「騒がしいですよ」

琴姫が出ていくと先頭で騒いでいた女が睨みつけてきた。

「酷いじゃないか、綿入れを作るのを手伝わなかったからって旦那を京に連れていくなんて」

琴姫が腹いせに女達の旦那を京に送り込むと思い込んでいる。

「私は仕組んでなどおりませんよ」

「そんな事、あるもんかい。あの時、部屋にいた者の旦那が全員だよ。有り得ないじゃないか」

思い込んだ女は怒気を収めようともしない。

「他の方はどうですか?」

琴姫が部屋の中で成り行きを見守る女達に声をかけると、数名が手を挙げた。

「私の旦那も行くことになってます」

そう、今回は前回行かなかった者から選ばれているのだ。

「みなさんの大半は、城主である兄上が城の守りを固める為に人員を割き、多額の費用を掻き集めて京に参じる事に疑念をお持ちなのでしょう」

琴姫はゆっくりと周囲を見回した。誰も否定をせずに琴姫の言葉が続くのを待っている。

「私も、同じでしたよ」

琴姫の言葉が意外だったのか、顔を上げ真意を確かめようと見返してきた。

「兄上は、休みもなく働いていましたから、前回同行した者に聞いて回りました。京は比べ物にならない程、大きかったと言われました」

何が大きかったのか。

全てだと言われた。

兵の数、武器の品揃え、金の保有率、食の保存率、全てが大きいと。

「みなさまにも、見て感じて頂きたいから京に赴いて頂くようです。もちろん、辞退して頂く事も可能です」

「じ、辞退したらどうなるんだい」

「いつもと同じ冬をお過ごしいただくことになります」

いつもと同じ冬。何も知らない冬。それが正しいか判じるのは女達ではなく家長である男達になるだろう。

そして、今回は清忠も同行することが決まっている。

琴姫は、黙って縫い物を再開した。文句を言っていた女達は、いつの間にか居なくなっていた。女達がどのような選択をしても関与するつもりはなかった。



夕刻、兄上に呼ばれた。本丸に向かいながら昼間の件で心配かけたと予想がついた。

「琴姫様」

暗い気持ちで歩いていると、清忠が迎えに来てくれた。

「昼間の件、聞かれましたか?兄上は何か言われていましたか?」

「御館様の耳には入っているようです。琴姫様を心配されていました」

二人で並んで廊下を歩く。

「余計な心配を掛けてしまいましたね。兄上に申し訳ないです」

「実は、京への出発が早まりました。広秀様と琴姫様に出立に向けてのお話もされるようです」

出立が早まったのは良い事なのか悪い事なのか。後者でなければ良いのに。不安な顔を見透かされたのか、清忠は安心させるように笑った。

「前回の京での出会いを懐かしく思うと手紙が届いたのです。御館様は織田信長様に気に入られたようです」

気に入られたとは、良い事の筈なのだが何か引っかかる。

「それは、どういう意味なのでしょう」

「どういう意味があると思いますか?」

と、問かけ直して清忠は目を伏せた。

「申し訳ございません。今のは試すような言い方でした」

広秀に教えていた時の言葉が出てしまったと続けた。

「広秀には、自分で考えさすようにされていましたね」

「それもありますが、このご時世では答えが必ず正しいとは限らない気がするのです」

そしてと、清忠は言いにくそうに自身の考えを教えてくれた。

「織田信長様が御館様を文字通り気に入ったから早く来いと考えるのも一つある事です」

「他に思惑があると考えるのですね」

「はい。織田信長様は天下布武の考えを公言されています」

天下布武、それは武力で天下を制すると公言する織田信長の考え方だ。

「あの方は、無茶だと思える考えを実行に移されている。この播磨の地をどうするか、あちらの視点で考えなければなりません」

「あちらの視点、ですか?」

「はい、私見ですが織田信長様は播磨の地を統治する者を選ぼうとお考えなのではと思うのです」

「攻め込んで来るのではないのですか」

敵が攻め込む危険があるから、夏に切堀や土塁で城の守りを強化したのでは無いのか。

「播磨の国が一人の城主により統治されていたなら、それはあったでしょう。しかし、播磨はいまだに多くの城主が覇権を争って睨み合っている。一つずつ配下に収めるより一つの城主を支持して覇権を取らせ裏で動かした方が効率的です」

「それは、播磨の覇権を握るのに織田信長様の力を利用すると言うことですか」

「利用されてくれる方なのか、見極める為に京に向かうつもりです」

播磨の覇権を握る事が出来るのなら、僥倖では無いか。良い事の筈なのに、清忠の揺れる瞳が琴姫に「安心」の二文字を与えてはくれなかった。

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