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霞の中の龍野城 6

「清忠様」

琴姫は部屋を出て行く背後から呼びかけた。

「気がかりな事があるのですか?」

「考えすぎかもしれませんが」

清忠が言うには、織田信長は御館様が手紙に書いてきたような人物では無い。播磨の統一に動いており何をするのか検討がつかないのだと。

「人を送り調べて参ります」

琴姫には、待つことしか出来なかった。


結論から、兄の広貞は数日後に無事に帰ってきた。

「兄上、お帰りなさいませ」

急いで駆けつけた琴姫は、兄を前に立ち止まった。

「ああ、ただ今戻ったよ」

兄の顔は疲労の色が濃く頬も痩せてみえる。着物も汚れが目立ち立っているのも辛そうだ。

「急いでお休み頂ける用意を致します。お食事と湯浴みの用意も」

「ああ、頼むよ。あと、同行していた者たちも疲れてて三の丸で休むように言ってる。家族に城まで会いに来るよう伝える手筈を頼めるか」

兄上から城の采配を頼まれるとは。

「はい、直ちに取り掛かります」

広貞は、再び頼むと言いおいて本丸に消えていった。

琴姫は忙しなく動いた。

湯の用意、飲み物を並べ、米の炊き出し、休める場所の確保。指示を出し、琴姫自らも動いた。

「姉上、お手伝いします」

広秀もやって来て三の丸は慌ただしさと久しぶりの安堵の雰囲気に包まれた。城で働く者たちも、戻った者に声を掛け世話をやいている。無事を祈る事しか出来なかった分、お節介なくらいの関わり方に琴姫は久しぶりに心が落ち着きを取り戻すのを感じた。

「ああ、御館様」

声に振り返ると、着替えただけの兄上が立っていた。寛いでいた者たちが一斉に起き上がる。

「そのままで良い。過酷な日程を耐えてくれて礼を言う。今しばらく休んでいてもらいたい。帰る時に幾らか土産を持ち帰れるように用意を急いでいる」

つまり、特別に手当が出るということだ。

疲れた顔に喜びの色が混ざったようだ。広貞は、それだけ言うと去っていった。琴姫は、忙しく動き回り兄の様子を思い出したのは夜も更けてからだった。

昼の間は忙しく、寒さもさほど感じなかったが夜になると手足がかじかんできた。ほとんどの者が寝静まり遠くに獣が鳴く声が聞こえていた。そんな中、兄上の部屋からほのかな灯りが見えたのだ。

部屋の中から人の動く気配がした。

「兄上、琴です。失礼してもいいでしょうか」

声を掛けたが返事がない。少し戸を開き中の様子を見ることにした。そこには、一心不乱に調べ物をする兄上の姿があった。

「まだお休みになられないのですか?」

「ああ、どうした?」

振り向いた兄上は疲労の色が濃く、仄暗い灯に照らされた顔はもののけが取り憑いたように見えた。

「まだお休みになられないのですか?」

琴姫は同じ問い掛けをした。

「眠れなくてね、少し起きて眠気が来るのを待っている所なんだ」

そう言われると、返す言葉がない。

「早くお休みくださいね」

兄上の傍を離れたのだった。


数日が経ったが、広貞は難しい顔で部屋に籠ったり遅くまで城を開ける事が多く休む姿をみることは叶わなかった。

「清忠様、兄上はどうされたのでしょう。とてもお疲れのようで心配です」

琴姫が呼び止めると、清忠は傍に来て小声で告げた。

「何度もお願いしているのですが、お休みになられないのです」

清忠も兄上の現状を案じているようだ。

京に行くために多額の金を集めた。借りた物もあり、返済に苦労しているらしい。また、兵力の差を目の当たりなして対策を講じていると。

「琴姫様からも、御館様にお声掛け下さい」

そして、去って行く清忠も忙しそうだった。

広貞の身を心配しつつも、なかなか言い出す事ができない。お休み下さいと声を掛けるのがはばかられる程、動き続けていた。

父上は疲れると琴を奏でるように言ってくれた。

「今、琴を奏でたら」

優しい兄上は、怒らないだろう。だが、癒しになる事はない。琴に積もった埃を払い、静かに外に出た。


本丸から北に向かうと外に通じる石畳みがあるり、緩やかに下った先に八幡宮がある。琴姫はこの神聖な場所で祈ることが増えた。

兄上が笑顔になりますように。

兄上がゆっくり休めますように。

兄上が安心して過ごせる世になりますように。

どうしても、不安が拭えない。祈るために目を閉じると、父上の最後の顔が浮かんでくる。琴姫にとっては優しい父上だったが、時に厳しく叱責する姿を見てきた。夜襲をかけ、命を奪ってきたのは事実だ。だが、兄上はまだ違う。誰かに恨まれ毒殺など、考えたくない。


民のため、この地の安寧のため、父上が託した龍野城のため、懸命に動く兄上をどうか御守り下さい。

琴姫の祈りは、日を追う事に長くなって行った。

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