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霞の中の龍野城 5

「どうして泣かないの。この子に悲しい感情は無いの」

美琴は琴姫の記憶を思い出して一人で怒っていた。当初は琴姫の生まれ変わりかとドキドキした。

ところが、史実に兄の広貞や弟の広秀は存在していても、琴姫や清忠など調べても見つからない。おまけに写真で見る龍野城は記憶にある城と似ても似つかない。名前が似ているだけの別人だと思う。琴姫の感情が薄過ぎるからだ。母が病気で動けなくなった時、父が毒殺された時、わたしなら泣き叫ぶ。想像しただけで胸が苦しいのに、琴姫は冷静に見ている。父母の顔を思い出して悲しむのも束の間なのだ。

「こんな薄情な姫がわたしのはが無い!」

もう、こんな記憶は見たくもない。美琴は毎年繰り返される記憶に辟易していた。



兄の広貞が京都に到着したと知らせが届いたのは雪が降り積もった1月も半ばだった。

織田信長公に直ぐに会うことは叶わず、待機しているとの事だった。

「兄上は寒いおもいはされていないでしょうか」

御館様からですと渡された手紙は驚くほど冷たかった。

「京は冷えるそうですからね」

自分の手紙を大事そうに両手で持った清忠も心配そうに外を眺めた。

「この空の向こうに兄上が居るのですね」

広秀は、暗くどんより曇った空を見つめていた。静かに手紙を開くと丁寧な兄の字で体調を気使う文面が綴られていた。

「こちらの心配より、兄上の方が大変でしょうに」

琴姫からぽろりと不満がこぼれる。

「兄上の不在時に何事も無いよう、気を引き締めなければなりませんね」

手紙を読み終えた広秀が硬い声で続いた。

「何か書いてありましたか?」

「何も、こちらを気にする文面ばかりです」手紙を運んだ者は、織田信長公と面会の日取りすら決まっていないと言っていた。

「兄上は苦労されていても教えてすらくれません。頼っていただけるよう精進しなければと感じました」

聡い弟だ。広秀は、兄上が本当に困っていることを相談するのは清忠だと知っているのだろう。

「誰か、清忠を呼んで欲しい」

別室に控える口実で、一人で手紙に目を通しているはずだ。

「失礼致します」

しばらくして、清忠はやって来た。

「兄上は困っておられませんでしたか?」

「はい、何か問題が起こるとすれば織田信長公に挨拶申し上げた後になるだろうと。今はつつがなくお過ごしのようでした」

「そうですか、今頃は挨拶はお済みでしょうか」

「恐らく。直ぐに次の知らせが届くのではないかと。それに備え城内の強化を申しつかりました」

兄上の懸念はどこにあるのだろう。雪の中、誰かが攻めてくるとお考えなのだろうか?

「広秀様、琴姫様の身を心配されていました。毒物や夜襲にも気を付けるようにとの事でした」

「兄上も大変な時なのに、私達の心配ばかりです」

広秀の考えは、そのまま琴姫の思いでもあった。父上が城主でいた頃は、その言葉を疑うことなく言われた事をしていた。その父が突然いなくなり、一番戸惑ったのは兄上のはずだ。若くして城主となり、直面した問題は大きく選択した行動によっては一族が滅ぶ可能性もある。

織田信長公の逆鱗に触れたら、命は無い。城にいる琴姫ですら知る事実だ。

もし、兄上がその場で斬られでもしたら。琴姫は頭を振って考えるのをやめた。

「無事のお戻りを祈りましょう」

琴姫にできるのは、神に祈る事だけだった。



冬の寒さが底冷えを迎えたが雪の量は減り始めた頃、再び知らせが届いた。

「御館様、無事に挨拶を済まされましたが・・・」

手紙を携えて来た者は、震えるながら手紙を差し出した。

「手紙を届けるように言われ御屋敷を出て直ぐに拘束されたのです」

頭を床につけ平伏す。

「拘束されたとは、どういう事です」

「それが」

と、語り始めたのはこうだった。

彼は兄上から無事に終わったので安心して欲しいとの伝言と手紙を持って先に御屋敷を出た。見送る者が居なくなった途端、何者かに拘束され連行されたのだ。その先にいたのが

「羽柴秀吉と名乗るものでした。そこで、御屋敷様から託された手紙を奪われました」

その場で手紙の見聞が始まったという。数人で回し読みをしたかと思えばどこかに消え、再び現れた時には

「御館様の所に戻らず城に帰れと刀を突きつけられました」

その後、御館様がどうなったのか分からないとい震えるばかりだ。

羽柴秀吉という人物が兄上の手紙を確認したのは分かるが、この震え方は普通では無い。

清忠が膝を着いて彼と視線を合わせた。

「分かりました。手紙を確認しましょう。御館様が書かれたのは、これで全てですか?無くなったものはありますか?」

「これが全てです。間違いありません」

「怪我をしていますね。誰か手当てを」

清忠の言葉を広秀が受け継いだ。

「この者に手当てと休息を頼む。兄上の動向を掴むために出立できる者はいますか」

「はい、直ぐにでも向かわせましょう。その前に、手紙の確認を致します」

広げた手紙の内容は、驚くほど楽天的なものだった。

織田信長公にお会いした。噂から雄々しい方を想像していたが、とても美しい方だった。頂いた言葉も労いのものだった。など、褒め称えるばかりの内容だった。

「何も問題が無いように思います」

琴姫も広秀と同じ意見だ。

「そうですね、兄上のお帰りを待ちましょう」

この手紙を見て怒る者はいないだろう。むしろ、喜ぶのではないかと思う。

なのに、清忠の表情が優れないことが気掛かりだった。


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