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霞の中の龍野城 4

広貞が城を出立したが、直ぐに問題が起こることは無かった。

変わったことと言えば、普段は二の丸で生活をする広秀と琴姫が本丸にいる事。広秀が播磨の情勢について学んでいる事だった。

清忠から聞く龍野や播磨の情勢は思わしくなく、安心出来る要素が見つからない。

今回の上洛も播磨での意見は大きく別れたようだ。

「西の宇喜多が睨みを聞かせております。織田信長に従うなと。播磨で上洛した城主は我が龍野と三木、御着のようです」

「兄上の選択は間違えだったのでしょうか」

「いえ、織田信長の力を冷静に判断すると間違えではありません。正直申し上げて武力では大人と赤子程違うのです」


「大きな武力を前に人質を迫ってきた話をしましょう。織田信長が上洛を果たし家臣である荒木村重が播磨の地に来ました」

「人質を強く求めたと聞いています」

「そうです。我らにも話はありました。ただ」

清忠は言葉を濁した。

「父上が身罷られた直後でした」

「そうです。播磨において龍野が持つ力は強い。ここで人質を取って一気に弱体化させるより若き城主に睨みを効かせる方が得策と踏んだのでしょう。ただし、力をつけ過ぎ無いように金を要求されたのです」

清忠の説明は感情に左右されず情勢を語るので分かりやすかった。更に、

「お疲れでしょう。少し外に出ましょう」

気分を変えるように外に連れ出してくれることもある。

「我らの城が素晴らしい技術で造られた事は既にご存知と思います。今日はここ本丸から眼下を見て下さい」

城の下には豊かに広がる大地。土地を耕し実る稲。人々の家から食事の支度をしているのでだろう、僅かに湯気が立ち上るのが見える。

「ご存知の通り、城が建つのは鶏籠山けいろうざんです。鶏を捕まえる籠のような綺麗な形の山。背後の的場山が敵からの侵入を困難にしています。そして広がるのが」

「我らの領地ですね」

広秀が小さな体で背伸びをして見ている。

「そうです。広秀様、この地を見てどう思われますか」

「美しいと思います」

率直な意見に、清忠は嬉しそうに続けた。

「どこが、そう感じますか」

「ええっと、川です。包み込むような流れが好きです」

「いいですね。揖保川は生活になくてはならない川です。作物を育てる大地にも、我らの生活にも必要な川です。他にも有りますが分かりますか」

清忠の教えは続いている。

「他にですか?なんでしょう」

「琴姫様は、分かりますか」

急に話を振られたが、琴姫は父から聞いて知っていた。

「敵の侵入を困難にしています」

「その通りです」

褒められると、やはり嬉しい。

「なるほど、そう考えると川が一層素晴らしく見えますね」

そして、弟の素直に学ぶ姿勢が誇らしかった。

「里に降りてみたいです」

父上が存命の頃は里にも行っていた。でも、今は事情が異なる。

「広秀様、申し訳ありません。今は、」

弟は弁明する清忠に最後まで言わせなかった。

「承知しています。父は、疎まれていたのでしょうか?」

広秀の声が震えている。顔を見られたくないのか俯いていた。

琴姫は、口を開けたまま最後まで苦しんだ父の土気色の顔を見ている。広秀には見せられなかったのだが、何かを感じたのだろう。

「家臣として本当の事は言えないでしょう。でも、真実が知りたい時はどうしたらいいのでしょうか」

「真実ですか。確かに広秀様にお伝えしていない事はあります。でも、真実は人の見方により変わるもの。私は御館様は疎まれていたのではなく、恐れられていたのだと思っております」

清忠の表情から、幼い広秀にも誠実に応えようとしているのが伝わってくる。琴姫は、その横顔を好ましく感じた。

「恐れられていたとは、悪い意味では無いのでしょうか」

広秀は泣きたいような悔しさに耐えるような顔で清忠を見上げた。

城主として懸命に治めていた父が、誰かに殺したい程憎まれていた事実は広秀だけでなく琴姫の事も苦しめていた。だから、この後に続く清忠の言葉は琴姫の心に深く刻み込まれた。

「御館様は、常に播磨の地の安寧を願っておられました。龍野を中心に強固な地盤を作ることに心血を注がれていた。それを、快く思わない者がいたのは事実です。疎んでいたのではなく、強い御館様に正面から挑めない弱者の仕業と考えています」

「父上は常に安寧である事を願っていたのでしょうか」

広秀の問に清忠は微笑んだ。

「はい、間違いなく。そして、私は御館様が願われた理由を知っています」

この後に続く言葉は琴姫は生涯忘れる事は無かった。

「広貞様、琴姫様、広秀様の為です。良き時代を受け継がせたいと望まれていました。

その為に尽くしたいと言われていました」

厳しい父だった。怒られる事の方が多かった。そのはずなのに、今は『琴の音を聞かせてくれないか』少し疲れた顔で微笑む姿しか思い出せなかった。

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