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霞の中の龍野城 22

美琴が幸せな気持ちで目を覚ますと、満開の桜が飛び込んできた。

「気が付かれましたか」

横には、挨拶をしたばかりの男性が居た。

「すみません、私ったら」

見回すと、姫路城の一角のベンチの上だった。

「大丈夫ですよ。琴姫様の記憶が見えたのですか?」

「はい、とても幸せな記憶でした」

美琴が答えると、隣の男性は納得したように照れた。

「初めまして。清忠の記憶を持つ、渡辺忠義と言います」

「琴姫の記憶を持つ、吉倉美琴です」

二人が挨拶を交わすと、渡辺忠義さんは今後について聞いてきた。

「記憶には、まだ続きが有ります。このまま、姫路城で過ごされますか?」

「いえ、ホテルに戻って休みます」

なんとなく、記憶の続きが見れる気がした。

「分かりました。明日、龍野城にご案内する予定でいいですか?」

姫路城までやって来たのに、美琴は城も桜も見ることなく琴姫の記憶の世界に戻って行った。


この時の琴姫は、間違いなく『幸せ』の中にいた。

「琴姫様、こちらを預かって来ました」

侍女である八重が渡してくれたのは、清忠様からの手紙だ。

「八重、ありがとう」

八幡様の近くで、清忠と離れる事が出来ずにその場に留まっていた夜。なんと、八重が心配して琴姫を探しに来たのだ。

八重は、清忠様の事が好きなのではと疑っていた琴姫は心臓が飛び出そうな程、驚いた。

「八重、あの、これはね」

清忠様と触れ合ったまま、言い訳を考える琴姫。

次の瞬間、八重が満面の笑みで

「清忠様、良かったですね。お気持ちが通じたのですね」

と語った。

「ありがとう、八重。ですが、内緒にしたいので協力して下さい」

「勿論でございます。こんなに嬉しいことは有りません」

嫉妬する様子もなく、朗らかに笑う八重。

「本当に、良かったです」

八重からも祝福を受け、琴姫は照れながらも笑い返していた。


清忠からの手紙には、『今夜、八幡様』とだけ書かれていた。

たった五文字だが、琴姫にとっては宝の様な手紙だ。そっと、文箱の中にしまった。

「今夜は、この八重が琴姫様の御用を受けるお役目の日なのです」

兄上様の一件から、広秀と琴姫の休む部屋の横に誰かが常駐する事が決まった。

「八重が当番の時は、清忠様と会える夜に致しましょうね」

晴れやかに笑ったのだ。

「どうして、八重はここまでしてくれるのですか?」

龍野城の事を想うなら、琴姫の行動を制限すべきなのだ。

八重は、急に顔を曇らせうつむいてしまった。

「お耳汚しになりすすが、聞いていただけますか?」

琴姫は、頷く事で返答した。

「八重は、広貞様をお慕いしておりました。勿論、奥方様になりたいなど不相応な考えは御座いません。広貞様のお役に立つ事が出来たら、幸せだと思っていたのです」

八重は、膝を折って座り頭を深く下げた。

「琴姫様の侍女としてお仕えする事が決まった時、広貞様をお近くで拝見する機会が増えると喜んでしまいました」

感情が昂ったのか、八重は一気に話し出した。

「城主様になられた広貞様は、働き詰めでした。夜に寝る間も無いのは異常な事です。なのに、広貞様の優しさに頼っていた。あの時、広貞様に休んで頂くように提案できていたらと、悔やんでばかりです」

八重は、震える声で続けた。

「邪な気持ちが暴かれるのではと、怖くなり言えませんでした」

城主である兄上様。彼に懸想する事すら、罪なのだろうか。

「何を言われても、広貞様にお休み頂けるよう進言すれば良かったと後悔しました。広貞様は、琴姫様を大切にされていました。微力ながら、八重は琴姫様をお守りしたいのです」

更に深く、頭を垂れる八重。

八重の胸の内を聞かされた琴姫は、ただ一言述べた。

「兄上様を好きになってくれて、ありがとう」

八重の啜り泣く声が、耳から離れなかった。



夜になって八幡様を訪れると、清忠は先に到着していた。

「琴姫様」

暗くても、微笑んでくれてるのが伝わる。

琴姫は真っ直ぐに清忠の元まで歩いていき、彼の胸元にそっと自身の頭を落とした。

「どうされました」

清忠は、戸惑いながら琴姫を優しく抱きしめた。

「八重が、兄上様を慕っていたそうです」

「ああ」

清忠の返答で、彼が知っていたのだと分かった。

「ずっと、昔からです。八重は、男児に生まれたかったが口癖でした。そうすれば、お役に立てたのにと悔しがっていました」

「知りませんでした」

「隠していましたからね。私は、広貞様のお傍にいる時間が長かったので、女でも役に立つ事はあるだろうかと相談されました」

「私は、八重は清忠様を想っているのだと感じていました」

「有り得ませんよ。私は、広貞様の役に立たなかったと詰られました。琴姫様が、龍野城を守る為のを決意を聞いて、泣いていました。広貞様の大切な妹君が犠牲になると言ってね」

「そうだったのですか」

八重の気持ちを聞かされて、琴姫は申し訳なく思った。

「しばらくして、八重がやって来て言いました。人は、最後まで音を聞く力が残っているらしい。八幡様の前での二人の音を、広貞様も聞かれていたに違いない。安らかなお顔だったのだろうと」

兄上様の顔を見る事が叶わず、清忠に尋ねたそうだ。

確かに、兄上様は眠っているような顔をされていた。思い出して、再び涙が溢れ出す。


兄上様、少しの時間だけ清忠様と過ごすことをお許し下さい。

兄上様が愛した龍野城、必ず守ります。

時が来たら、必ず動きます。

だから。

琴姫は手を伸ばし、清忠を抱き締め返した。

冷え切った体が、ふわっと温まった気がした。

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