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霞の中の龍野城 18

「スマホは持った?充電器も忘れないでね。ああ、どうして私は行けないのよ」

兵庫県に向かう当日、お母さんは駅まで送ると言い出した。

天井に向かって、

「送るだけならいいでしょう!」

と叫ぶ姿は、申し訳ないが面白かった。

「スマホも充電器もあるよ。JR姫路駅で下車。姫路城を観光。姫路駅近くのホテルで一泊して、JR姫新線に乗って本竜野駅で下車。徒歩で20分くらいで龍野城に到着。その日のうちに帰宅。予定もバッチリだよ」

スラスラ述べる美琴にも、お母さんの渋い顔が変わることは無い。

「気をつけて行っておいで」

そう言うのは、おばあちゃん。わざわざ見送りに来てくれたのだ。

「ありがとう、行ってくるね」

こうして、美琴は兵庫県に向かう電車に乗った。


心配するお母さんには言えなかった事がある。

おばあちゃんの家から帰って、改めて龍野城について検索したのだ。その時、SNSに投稿された、清忠と名乗る人を見つけた。

その人物は、今の揖保川や鶏籠山、更に龍野城近くのスミレをアップしていた。

コメントはひとつもなかったが、『清忠の記憶を持つ人』だと直感が告げた。

「ネットで知り合った人と会うなんて、言えないよね」

そう、ネットでのやり取りで姫路城前で会うことにしたのだ。

龍野城ではなく、姫路城にしたのも訳がある。

龍野城に関する記述は驚くほど少ない。

曖昧な物も多く、想像で歴史が語られていた。それに比べて姫路城の現存する資料は多岐にわたる。

姫路城を播磨の中心にする為に、他の城を解体し資材として利用している。その一つが龍野城らしいのだ。

「世界遺産、姫路城か」

スマホの画面には、堂々とした城が映し出された。

透き通るような青空に負けない、白壁と瓦の美しい城。

城を支える木材は、龍野城から運んだものだとしたら、

「記憶が戻ってなくても、切なくなるわ」

美琴は、スマホの電源を切った。

窓の外を眺めるうちに、いつの間にか眠ってしまった。

「終点。姫路、姫路です」

電車のアナウンスに飛び起き、駅の改札を抜けると、一直線に延びた道路の先に姫路城が建っていた。

城まで、かなり距離がある筈なのに、その姿を肉眼で捉えることが出来る。

龍野城は山の中に作られていた。

里から城を確認できるが、全容が見える訳ではない。

「お城まで、迷う事なく行けるわね」

龍野城は、侵入者を阻む様に手が加えられていた。

「どうぞ、来てくださいって感じね」

姫路城は、格の違いを見せつけるようだ。

春の日差しはキツくはないが、城に近づくにつれて、花見をする人の熱気が凄い。

「この姫路城で初めて会う人と待ち合わせるなんで無謀だったかしら」

堀を渡り、城門を抜けた。

青空をバックに鎮座する姫路城。

白壁に満開の桜。

広大な土地に緑の芝生。

美しさに圧倒される。

城を見上げる美琴の視界に、走って来る影が写った。

『清忠だ』

真っ直ぐやってくる人物の姿は、記憶の清忠とは似ていない。

でも、間違いない。

彼が呟いた。

「琴姫様」

思わず伸ばしかけた美琴の手が、彼に触れる直前だった。

クラリッと目の前が暗くなる。

何度か体験した、琴姫の記憶が蘇る合図だ。

『ダメ、初めて会う人に挨拶くらいさせてよ』

抗議するも、

『清忠、清忠』

彼を求める、琴姫の気持ちが止まらない。

「大丈夫ですか」

倒れそうになる美琴を、彼が支えてくれた。

「記憶が、」

それ以上は、言葉にならない。

目に見えるのは姫路城ではなく、龍野城に切り替わろうとしていた。

人々の喧騒ではなく、揖保川の水が流れる音が聞こえてくる。

「座れる場所に移動します。足を動かす事に集中して下さい」

言われた通りに、足を動かす。


「姉上、これで良かったのでしょうか」

広秀の声が鮮明になっていった。

あと少しで、意識は完全にあちらに行ってしまうだろう。

「着きました。座って下さい」

「ありがとう」

このやり取りを合図に、美琴は目を閉じた。


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