霞の中の龍野城 16
「ちょっと、美琴。説明して、意味がわからないわ」
お母さんは、困惑顔で美琴の正面に立った。
「だよね、変な話なんだけど聞いてくれる?」
美琴は12歳の頃から続く不思議な体験を語った。途中で、『漫画の見すぎよ』と言われるか不安になったが、お母さんは真剣に聞いてくれた。
「それでね、琴姫のお兄ちゃんが、、、」
広貞の最後を語る時は、言葉に詰まった。
「もう知りたくなくて、嫌だって思ってからね、、、」
記憶が甦らない事も話した。
「変な話だし、このまま忘れようとも思ったんだけど、どうしても出来なくて。それなら、見に行ってみようと思ったの」
美琴の話を黙って聞いていたお母さんは、いきなりスマホを出した。
何か検索でもするのかと思えば、通話を始めた。
「あっ、わたし。今から行っていい?蔵に入るから用意しといて」
簡単なやり取りの後、スマホを鞄に片付けて車のキーを取り出した。
「美琴、おばあちゃんの家に行くよ」
「どうして?」
「おばあちゃんの家に蔵があったのは覚えてるかな?」
「もちろんだよ。入って見たいってお願いしても、絶対に入れて貰えなかったよね」
「あれね、美琴は生まれた時に入ってるんだよね。夢の手掛りがあると思うから、行ってみよう」
おばあちゃんの家は、車で30分程かかる。
お母さんは、蔵の中に何があるのか語ってくれた。
「おばあちゃんの家の蔵には、古い琴が置いてあるの。古すぎて糸は切れて、本体も割れかけてるのよ。琴だと言い伝えられているから分かるくらいのものなの」
「そんなに古い物があったの?」
と、答えながら琴姫の奏でていた琴が脳裏から離れない。血管がトクトクと脈を打ち始めた。
「もしかして、美琴の夢の中の琴と関係があるかもって思うのよ」
お母さんが美琴の思いを先に言葉にした。
「私も考えちゃった。蔵に入れなかったのは理由があるの?」
「家系に女の子が産まれたら、琴糸を揺らして欲しいとご先祖さまから受け継がれてたのよ」
「揺らす?奏でるのではなくて?」
「あら、そこを気にするのね。そうなの、奏でるのでなく、優しく揺らしてと伝わってるのよ。どうしてかしらね」
「今も琴糸か残っているのね」
何気なく質問した。
「それがね、美琴が生まれた時に触れたら切れたのよ」
「えっ、琴糸がないの?」
広貞が亡くなった夜、八幡様の前で切れた琴糸を思い出して、美琴は自分の頬を撫でた。
「もともと、古いからね。現在まで残っていたのが奇跡みたいなものじゃないかしら。美琴の時も、1本しか残ってなかったのよ」
「今は糸が無い状態なのね。蔵に入ったら駄目だったのは理由があるの?」
「特には無いのよ。でもね、琴を移動しようとしても重くて持ち上がらないの。おばあちゃんは、時が来れば帰るだろうって言ってたんだけど」
「どういう意味かしら」
「それを聞いてみようと思うの。美琴の夢に関係あるかもしれないでしょう」
「関係かあ、私の名前を美琴にしたのは、理由があるの?」
琴姫と美琴、偶然にしては名前が似すぎていて複雑な気持ちになるのだ。
「実家の方では『琴』の字は使われていたのよ。琴絵とか、琴香とかね」
「そうだったの?初めて聞いたよ」
「そうね、私も美琴が生まれて蔵に入った時に初めて聞いたの。でも、不思議と『美琴』って名前に違和感は無いのよ。夢の話を聞いた今でも、美琴は良い名前だと思うのよね」
それは、美琴も感じていた。琴姫と似ていても、嫌ではない。何故だろう?
「さあ、着いたよ。蔵に行こうか」
おばあちゃんの家は、田舎の集落にある。特に大きいという訳では無いが、何故か庭に蔵がある。
「よく来たね、美琴。少し家で休むかい?それとも、蔵に行く?」
おばあちゃんが穏やか出迎えてくれた。
「先に蔵に行ってみたい」
久しぶりに会う孫に、おばあちゃんは蔵の鍵を渡してくれた。
「開くかしら?」
お母さんが鍵穴を覗く。
「美琴が開けるなら上手くいくかもしれないね。ばぁばは、さっき試したけど駄目だったよ」
「どういう意味なの?」
鍵があるのに、開かない蔵?美琴なら開けれるって、そこまで力持ちではない。
「この蔵はね、開かないことがあるんだよ」
美琴が鍵を回すとガダンと重い音がして鍵が外れた。
「やっぱり、開いたね。さあ、入ろう」
開くかどうか分からない蔵。それだけでホラーじゃないかと、美琴は身構えた。
だが、蔵の中は埃っぽさもない。爽やかな優しい香りがする。
蔵の中央に、白い布がかけられた膨らみがあった。
美琴は、引き寄せられるように座り、端からゆっくりと白い布をめくって行った。
劣化により、木の色は濃さを増し割れ目が入り琴糸は一本も無かったが、
「琴姫」
間違いなく、夢で見た琴だった。




