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霞の中の龍野城 11

織田信長様への二度目の挨拶を済ませた広貞達は、間もなく戻ってきた。

久しぶりに龍野城の中は活気づき、人の往来が激しくなる。

琴姫の周囲にも女達が集まっていた。

「やれる事は済ました。大丈夫だよね」

「そうだね、他に思い出すことは無いからね」

そう語り、祝言の準備を確認するのは城に出入りする女達。冬の前に琴姫に苦言を述べた者もいる。彼女たちは琴姫の母の祝言を見たからと助言をくれ、既に家に籠った高齢の女達に聞き込みに行ってくれた。

若い女達は、帰ってくる者達の食事や湯の準備に大忙しだ。

「こちらにも膳の用意をして」

琴姫は、祝言の話に耳を傾けつつ食の配膳に口を挟んでいた。

祝言の話は上手く言葉が出てこなくなって、年上の女達に微笑まれてしまうから苦手なのだ。

城の入り口から、一際大きな歓声が上がった。

「到着されたわ」

出迎えは広秀が担っているが、琴姫も早く顔が見たい。自然に足が外に向かい出す。走るように廊下を渡ると、人々の熱気が伝わってきた。人々の中心に兄上様の姿が見える。すぐ隣には清忠も、見えんのだが何故か直視が出来なかった。

走ってきたので着物を整え、ついでに呼吸も整えて手を振る。

「兄上様、おかえりなさいませ」

琴姫の声に広貞の前にいた人達が道を開く。その先に、清忠が見えた。こちらを、じっと見つめている。急にざわめきが無くなり琴姫の言葉を待っているように感じてまう。

「清忠様も、あの、おかえりなさいませ」

「ありがとうございます。只今、戻りました」

この方の妻になるのが現実とは思えず、琴姫は俯いてしまった。

「琴姫、手紙で頼んでいた事は進んでいるか?」

兄上様に問われ、顔を上げないわけはいかない。

「はい、皆様に教えて頂き。あの、進んでおります」

自分の顔が赤く変わっている事が、見なくても分かる。

「そうか、良くやってくれたな」

笑いを含んだ声に、琴姫の恥ずかしさはグンと上がった。

「はい、良かったです」

少し的外れな答えを残し、琴姫は再び廊下を見つめてしまった。

「さあ、行こうか」

兄上様の御館様としての号令で、皆は奥の間に進む。旅の疲れを落とすのは、食事からだ。

ゆっくり進み始めた集団の先頭は、兄上様。

その隣を清忠様。斜め後ろを、琴姫が行く。

真っ直ぐ歩いていた広貞が、不意に傾き始めた。ふらふらと壁際に近寄っていく。

「御館様」

すかさず、支えたのは清忠。

「ああ、すまない。歩きながら眠っていたようだ」

「お疲れが溜まっておられるのです。直ぐに休まれますか」

「いや、皆を労ってからにしよう」

後ろから見ていた琴姫は、とてつもない不安に襲われた。が、歩き始めた兄上様の背中を追い掛け、必死に不安を打ち消したのだ。


宴になると酒も入り、皆が楽しそうにさわいでいる。

琴姫は、労いの言葉をかける広貞の姿を思い出していた。疲れが溜まっていることを感じさせない、堂々とした言葉で語っていた兄上様は、どこか父上様に似ていた。

「場所を変えよう」

琴姫が食べ終えた時、広貞が切り出した。自分の膳は殆ど手をつけていない。

「分かりました」

食べるよりも休みたいのだろう。早く話を聞いて床に入って頂こう。そんな考えから、急ぎ立ち上がる。

清忠が兄上様の腕を支え、さりげなく立ち上がるのを手伝う様子を見て琴姫の心が痛んだ。

「広秀もおいで」

兄上様かわ弟に優しく声を掛ける。久しぶりに兄弟三人が顔を合わせて話せることになった。


連れていかれたのは、かつて父上様が使用していた部屋だった。今は兄上様の物になっている場所は、まだ父上様の香が残っているように感じた。

『兄上様をお守りください』

心の中で祈りを捧げ、部屋に入った。

「さて、どこから話そうか」

兄上様は、どさりと音を立てて座り気を安らげて話し出した。

「まず、京は洗練されていた。屋敷も全てが違っていた。住む人々の心構えまで違って見えた」

こればかりは、行って実感しないと分からないだろうと兄上様は語った。

「織田信長殿の軍力も桁外れだった。刀も槍も馬も、火縄銃まで備えが万全だった。この播磨国の城主が手を取り合っても勝てるかどうか不明だろう」

播磨国が一つになる事すら現実的では無い。つまり、勝てる見込は皆無。

「悔しい事に、織田信長殿は播磨国を相手にもされていない。あの方の視線はその先、毛利家の安芸国に向けられていた。播磨国は邪魔をするなと言われたよ」

「それは、討伐に行くので黙って通らせろと

考えてよろしいですか」

広秀が青白い顔で質問した。

「ああ」

肯定する広貞の声も重い。

「武力では相手にもされない」

「そうだ」

広秀が膝の上に載せた両手を握りしめる。

「そこまで軽んぞられているとは」

悔しがる弟に、兄は優しく声を掛けた。

「この問題に気がつけるのは流石だぞ、広秀」

「ですが」

くい下がる広秀を、やんわりと笑って黙らせた。

「織田信長殿より、播磨国を通過する際に物資を提供するように言われている。私はこの申し出を受けた」

ひゅっと、息を呑む音がした。

「何故ですか?」

「織田信長殿が天下をとる手助けをしたあかつきには家臣に加えて頂けることになった」

「兄上様、何故そのような。我ら赤松家は、そのような家柄では無いはずです」

「広秀様、お静まり下さい」

声を荒らげる広秀に清忠が動いた。

「分かっているよ、広秀。我ら赤松一族は、かつては播磨国のみならず、美作国、備前国の守護を務めたこともある。だが、家柄に拘っているようでは生き残れない」

『生き残る』この言葉を発する時、兄上様の顔が苦痛に歪んだように見えた。

女として育った琴姫は、政に関しては黙って聞いていることしか出来なかった。

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