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霞の中の龍野城10

冬が近くなると、月が澄んで見えてくる。

中秋の名月は遠に過ぎたが、満月はいつ見ても美しい。

「綺麗な月ですね」

本丸に向かう途中、清忠も同じ思いだったのが嬉しい。

「本当に、月は昔から美しくて好きです」

「この様な月夜に、琴姫様と笛を奏でたいです」

父上が存命の時は、請われるまま奏でることが出来た。

「いつか、また」

あの幸せだった頃のようにと、願いを込めて声に出した。

「はい。いつか月の光の下で奏でましょう」

清忠も同じ気持ちなのだろうか。

長いはずの廊下は、月灯りの元では短くなるらしい。

「兄上、失礼致します」

琴姫が声を掛けると、広貞はうたた寝をしていた。

「ああ、琴姫か。呼び出してすまないね」

すぐに目を覚まし、微笑んでくれるが疲れは隠せていなかった。

「この度は、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

琴姫が先に詫びの言葉を述べると、広貞は困った顔をした。

「いや、私が不甲斐ない。嫌な思いをさせたな」

「それは、違います。兄上のお役にたてず、申し訳なく思っています」

「そんなことは無い。それに、京には清忠も連れていく。琴姫を守る者が減ってしまうが勘弁して欲しい」

優しい兄に、琴姫の申し訳ない気持ちが更に膨らむ。

「前回の時は、清忠様が残って下さって心強く過ごせました。今度は兄上様の番です」

琴姫が微笑んで見せると、広貞は安心した顔をしたが、直ぐに思い直したようだ。

「琴姫は自分を知らな過ぎる。いいかい、琴姫は父上が姫と呼ぶだけの美しさがあるんだ。それは、京の女達にも負けないと感じている。、私たちが帰るまでは城から出ないように。広秀を近くに置くようにするんだよ」

大袈裟だなと感じたが、兄上の真剣な顔を見て琴姫は否と言うことを止めた。

「分かりました。言い付けはしっかりと守ります」

「ああ、頼む。それと、今回は出来るだけ多くの者に京の織田信長様という存在を見せようと思っている。実際に目にする事で皆の考えも変わってくるだろう。それまで、よろしく頼む」

「私の方は、冬の準備もできております。新年の用意は通常通り行いますのでお任せ下さい。兄上様の方こそ、お疲れが溜まっておられるのではないでしょうか」

琴姫の問いかけに、広貞は困ったように笑った。

「大丈夫と言いたいが、疲れているな。父上の偉大さが身に染みている」

「兄上様でなければ、この危機は乗り越えられません。私がもう少しお役に立てれば良かったのですが」

申し訳ないと頭を下げると、ポンと手を置かれた。

「頭を上げよ、辛い時ほど前を向け。父上の言葉だ。私の座右の銘にしている」

強い言葉に前を向くと、疲労の中に未来を見据える光があった。

「私は今、兄上様の偉大さを実感しています」

琴姫が素直な感情を述べると、広貞は目を見開いた後、声を出して笑った。

「これは、嬉しいことを言う。いや、久しぶりに笑った」

「兄上様、冗談ではなく本気ですよ」

琴姫が頬を膨らませると、広貞は

「分かっているよ、ありがとう」

と、微笑んだ。

この後、程なくして広貞は、城主として城を出立した。

馬に跨り号令をかける立派な姿を見送った琴姫だったが、この夜の広貞の顔がいつまでも脳裏から離れなかった。



新年を迎える準備は、いつも念入りに行われる。お金もたくさん必要になる時期なのだ。そんな中、琴姫は倹約に励んでいた。

京に向かうという事は、どれ程の資金が必要になるか改めて実感した。綿入れの着物を資金に変えた程度で道中の食費すら賄うことは不可能なのだ。

「本当に、私は無力だわ」

「同じ想いです」

背後から声がして慌てて振り向くと、広秀だった。

弱音を聞かれたのが弟で安心した。兄上様が頑張っているのに家臣に弱音を聞かせられない。

「兄上様より、手紙が届きました。無事に京に到着されたようです」

「まあ、それは良かった」

「それだけではありません」

広秀は、琴姫に奥の部屋へ行くようにいった。

「どうしました?」

「使者によると、京に到着するなり織田信長様に拝謁が叶ったようなのです」

「えっ、もうですか?」

前回は長く待たされたというのに。困惑していると広秀は兄上様の手紙を差し出した。

「これだけですか」

琴姫が驚いたのは、手紙の薄さだ。急いで広げると、簡潔に指示が記されていた。


『清忠との祝言を行う。準備しておくように』


「兄上様、誠にございますか」

呟きに応える者はいない。

一人、熱くなる頬を両手で挟んで冷やしてみたが効果は無かった。

「姉上」

広秀が不安げに覗き込むが、顔を上げることが出来なかった。

「良くない事があったのですか?」

「えっ、違うのよ。少し驚いてしまって」

清忠様との祝言を言葉にできず、手紙を差し出した。

「おめでとうございます、姉上。これは、急がねばなりませんね」

「そうね、どうしましょう。何から始めたらいいのか」

祝言の用意など、本来なら母親が取り持つもの。琴姫の母は幼い頃に亡くなっている。

「聞いて参ります」

「誰に」

と声を掛けるが、応えることなく広秀は去っていった。

一人になった琴姫は、抑えようと思っても口角が上がってくる事に気づき熱くなる頬を両手で挟んだ。

「清忠様」

妻になるのだと思うと、心の中まで温かくなって行った。

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