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霞の中の龍野城 1

奥の部屋に先導されながら、琴姫の心は沈んでいた。足を踏み出すごとに心に暗い重りを抱えるような感覚だった。

この決断をしたのは琴姫だ。

琴姫を先導していた女は、音もなく襖を開けると無言で中に押しやった。

「こちらへ」

部屋にいた男に手を引かれた。嫌だと叫ぶ心を閉ざして琴姫は重い一歩を踏み出そうとした、その時だった。

「秀吉、覚悟!」

去ったはずの女が乱入してきた。

手に持つのは刃。

それは、琴姫を通り越して男の元へ向かう。

太刀筋がみえる。琴姫なら女を制圧できる。ここで手首を捻りと動こうとしたが、琴姫の手は男に握られていた。

その後の行動は、考えていた訳では無い。琴姫は刃と男の間に、その身を差し出した。

「どうして、貴女は好きな人がいたじゃない。どうしてよ」

女は刃と琴姫を見て泣いていた。

違うのよ、秀吉が死んでも後には荒木村重、織田信長と化物のような人物が潜んでいるの。ちっぽけな女に出来ることは無かった。

今迄は。

己に刺さる刃を見つめ、琴姫は戦い方を決めた。

力無い女の、これが戦い方なのだ。

琴姫は、ありったけの力を掻き集めて目を見開いた。






時は戦国末期の1568年9月26日、尾張の織田信長が京に上洛を果たした。さらに、天下統一を掲げ播磨(兵庫県南西部)に兵を送った。

いまだに、播磨すら統一できない城主たちは混迷を極めた。


ここ、龍野城において、織田信長が足利義昭を伴い京に入ったと報が入ったのは冷たくなった風に雪が混ざり始めた頃だった。

城の周囲が騒がしくなると、騒動が山を駆け上がるようにやってくる。悪い知らせは内容を聞かなくても分かるようになった。

琴姫は、名前と同じ琴を奏でる手を止めた。

バダバタと忙しない足音が、父の居る本丸に駆けつけていく。足音は、やがて家臣たちの怒鳴り声に変わるだろう。

「尾張の織田が京に上洛だと」

「ここ播磨に攻め入って来ると」

「御館様、直ぐに兵の準備を致しましょう」

「兵を集めてなんとする。織田軍と戦うというのか」

尾張から京の都まで進軍できる力を持つ織田信長に勝てるはずがない。声に出さないが誰もが分かっていた。

「静まれ」

琴姫の父、龍野城主である赤松政秀が言を紡ぐと家臣は一斉に耳を傾けた。

「一刻も早く播磨の地を統一する必要がある。これより我らは姫路を打つ」

「うおおおお」

家臣たちが雄叫びを上げ、戦の準備に取り掛かった。

夜も更けて、山頂の龍野城に静けさが戻る頃に琴姫は父を訪れた。

「琴、今宵も頼めるか」

「はい。清忠も呼びますか?」

「既に控えておる」

父の声に応えて隣の間から兄の乳兄弟である清忠が笛を持って現れた。

琴姫の侍女が琴を置くと、目で合図を送る。

清忠が笛を構えた。琴姫の指が琴糸に触れる。

清忠の笛の音が高く鳴り、琴姫の琴の音が寄り添うように奏でられる。

天に夜明けを告げる鳥のように澄み切った音が、深い闇に沈む龍野城下に降り注いでいった。



「琴姫」

現代を生きる実琴が、初めて琴姫の記憶を思い出したのは12歳で小学校の掃除の時間のときだった。先生から

「その雑草も抜いて」

と言われたのがきっかけだった。

「先生、スミレだよ。雑草じゃないよ」

実琴が言うと

「そんな場所に映えてたら雑草じゃない。先生がするよ」

先生に悪気はなかったのだ。だが、伸ばされた手に実琴はしがみついた。

「ダメ」

なぜ、そんな事をしたのか分からない。

スミレが実琴に触れた途端、記憶が蘇ってきた。

それから、毎年スミレの花が咲く春になると実琴にその一年分だけの記憶が蘇るようになったのだ。

秋の歴史2024 分水嶺の企画を見て投稿してみました。

初投稿です。

なんだか、ひとりでドキドキしてます。

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