門番は勇者の物語を綴る
とある世界の世界の果てと呼ばれる場所にその島はあった。
大きさはこの世界で言うならば小さめ。
どことなくどんよりとした空気は気のせいではないだろう。
人間は住んでいないが代わりに魔物が多く住んでいて、世界の果てにもっとも近い北西の位置にある館にいるのは魔族だった。
その魔族の名はフェンリル。
白銀の髪と真紅の瞳を持つ見目麗しい男だった。
広い館に(これは人間の感覚で、本人らに言わせれば小さいらしい)執事と数人の召使い達と静かな日々を暮らしている。
そんな彼らの暮らしに騒がしさという名のスパイスが投げ込まれたのは、いつもと変わらないある日の事であった。
「魔王ーー!! 出てこーーーーーい!!!」
声が響いた。
おや、来客とは珍しい、と出てみればそこにいたのは年若い男女3人。
「テメーが魔王か!!」
「魔王……? いや、魔王様はいないのだが?」
「あ? 俺は魔王を出せって言ってんだ」
リーダーと思われる男のガラが悪い。
「魔王以外に用はねぇ。さっさと魔王を連れて来い」
「わたしはこの門を守る者、フェンリルと言う。名を聞かせてもらえないか?」
冷静な言葉にチッと舌打ちをして「レン・アイガ」と剣を携えた少年が名乗り、続いて魔法使いと思われる彼の右側に立つフード姿の少年が「カズヤ・ハシモトです」
左に立つのは修道服姿の少女。
「聖女のアヤカ・フクハラでーす。よろしくお願いしまーす」
「それで、魔王様にどのような御用で?」
「何回も言わせんな、俺等が用のあんのは魔王なんだよ!!!」
「ですから、魔王様にどのようなご要件で? と伺っているのですが?」
「魔王は男ですか女ですか?」
「? 女王ですが……」
「和也! いい加減にしろよ!!」
「いいじゃないか、性別は大切だぞ蓮。相手の性別でやる気に違いが出る」
「どっちのやる気だ!」
「魔王に勝ったらハーレムに入れる。もちろんお前もな」
「断る!!」
仲は悪いようだ。大丈夫なのか、このパーティー……。と言うか、女ではなく男をハーレムに誘うとは。
「魔王が俺達の世界に返す方法を知ってると聞いた! 大人しく教えてもらおうか!」
「は? 何の話だ?」
「こっちは魔王を倒せとか言われて召喚されたんだよ!」
聞けばこの3人、異世界からの来訪者で魔王を倒すように言われたそうだ。
「悪いが俺達はあの国の平和なんざの為に従うつもりはねぇ」
何が勇者様御一行だ! 何が剣聖様だざけんな!!! と苛立ちをそのままに何度も地面を踏みつける。
その横で「おにーさーん、この石何個かもらっていいですかー?」
声の方を見れば聖女だと名乗った少女がそのへんに落ちている石を手にしていた。 青みがかったグレー色だが、宝石のように陽の光を受けキラキラと輝く石だ。
「ただの石ですよ、どうするんです?」
「売るんですよ~。って、ただの石なんですかー?
でも、こんなに綺麗なんですから高く売れますよね〜」
こんなに大きいから何個か売っただけでお金持ちですね~とウッキウキの聖女の言葉に呆れた様子でため息をつく剣聖殿を横目に「売るどころか他国に持ち込んだ時点でテロリスト認定されて捕まってすぐに処刑ですよ」
「…………………………え?」
場所を変えて話が始まった。
これを提案したのはフェンリルではなく剣聖レン・アイガだった。思うことがあったのだろう、それを察したフェンリルは3人を一室に招いた。
「さて、君達は異世界から召喚されたと聞きましたが」
出されたお茶と焼き菓子に手を出したのは聖女だけだ。
「世界を滅ぼそうと企む魔族の長である魔王を倒せって言われた」
「世界を滅ぼす気はありませんが」
「わかってる、ここに来るまで魔物の姿は多く見たが魔族は見ていないからな」
「さすがに嘘くさいってなってね、とりあえず話し合えるなら話し合おうとなって」
「ここは魔界へ繋がる穴がありましてね、放っておくと高濃度の魔気があふれるんです。そこで魔力で抑え込んでいるんですよ」
わたしはその役目を仰せつかっております、と言葉を続けた。
「貴方がたはなんともないようですが、抑え込んでいますがそれでも高濃度に入る濃度なんです。本来ならこの魔気を受けると人間具合が悪くなり最悪死に至ります。海岸沿いまで離れても、体調は悪いでしょう。それだけの魔気を秘めた石を持っていけば、普通に街一つ滅びますよ。まあ、死に絶える事はないですが」
「この門がなくなったらどうなる?」
「世界の5分の1の半分は人間が住めなくなりますね。残りの半分は程度の差はあれど健康には不具合が生じるでしょう。もっとも魔気の影響で魔物は強化及び狂暴化されているので、一般人が生活するのはまず無理だと思います」
「ああ、だからこの国に入ったとたん魔物が襲ってきたのか。やたら頑丈な上に凶暴でめんどくさかった」
「でも、おかげで大きい魔石がいーーーーっぱい手に入りましたぁ」
「何度も言うが3人で分けるんだからな」
「ヤダヤダヤ〜ダ〜、これはあたしのです〜」
剣聖が呆れたのがわかる。
「まあ、倒した魔物は討伐報酬が貰えるし、解体して売った分のお金は僕達で分けさせて貰うよ?」
「え? 何言ってんの、3人で分けるに決まってんじゃん」
呆れに嫌悪感が重なったがそれに関してはスルッと無視し「ここを占領してデメリットしか思いつかないんだが?」
「ええ、メリットなどありませんね。ああ、我々魔族の半分は太陽の光りが苦手なのでこちらにもあまりメリットはないのですよ」
ゆえに、もとより世界をどうこうする気はないそうだ。
ここまで話をして、やっと剣聖は冷めたお茶に口を付ける。
お茶菓子はとうに聖女が独り占めしていた。
結局魔王も帰る方法は知らなかった。
魔王の知り合いと言う人物もムリと言い切った。
「次元の裂け目に落ちたなら帰してあげられるんだけど、呼ばれた場合繋がりが出来てしまうから帰すなら呼んだ人の仕事なのぅ。ただ、呼ぶ時以上の力が必要だから出来ない事の方が多いのぅ。だから、神々の間で異世界からの召喚は禁止されているのよぅ」との事だ。
ただ、守れていないのが現状である。
「…………ちょっと戻って話し合いしてくるわ」
長い沈黙の後、剣聖が力なく言った。
「いや、蓮、それは」
「魔王を倒したらハーレムくれるって? 確かに国王は約束してくれたが証文残したか? 彩花もだ、大金をくれる約束したけどいくらくれるって言ってた?」
黙り込んだ2人に「帰れるにしろ帰れないにしろしっかり話し合いをする」
静かに立ち上がり。
「邪魔したな」
歩き出した背中に魔法使いと聖女も慌てて付いていく。
「納得いくまできっちりさせてもらうぞ」
怒りを滲ませる剣聖にフェンリルはため息を落としつつ。
「また来てくださいね」と、声をかけたのだった。
「いやー、国を滅ぼしてやるなんて思う日が来るとは思わなかった」
出したお茶を飲みつつ剣聖が言った。
あれから半年、こうして門を守る魔族のフェンリルの元を訪れたのは彼1人。
怒りにブチギレた剣聖を恐れ本当の事を国王は明かしたが結局戻れないそうだ。
魔王を倒す事で自分達の力を誇示出来る、と意気込んでいたらしいが、この国王はそこから先を考えていなかった。
どうも王になって1年ちょっとの新王で、2年間の期限付き国王だった。勉強もしません政務ってなんですか美味しいんですか? なボンクラで、急逝した国王の弟の息子だそうだ。
前王の息子に決まっていたが18歳の誕生日が即位式と決まっているそうでそれまで仮初の王を置き周りがサポートする事にしたらしい。
そもそもこの世界の果てに手は出さない、はこの世界すべての国々の決まりなのだ。
「話し合いに戻ったのは良かったですね。これで我々と一戦交えました門を破壊しました、なんて事になっていたらその国は他国から総攻撃を食らって滅んでいましたよ」
だいたい、元々この世界にはハーレムなど存在せず、魔法使いの望む言葉の意味がわからず適当に許可した事と聖女の望みであるお金もまあ(平民の暮らし平均)2、3ヶ月分渡しとけばいいだろうと。
「なっがい話し合いの末和也は前国王の末娘と彩花は有名な商人の息子との結婚が決まった」
「おや、それはおめでたい」
「和也はともかく彩花の旦那一族が可哀想だ」
とにかくお金に汚いらしい。
「で、剣聖殿はこれからどうされるのです?」
「剣聖はやめてくれ。俺はハンターになろうと思ってる。この島の隣の国が魔気の影響を受けて魔物が狂暴化してるだろ、そいつらぶっ倒すわ」
そう言ってにっと笑う剣聖、いやレンに少し考える様子を見せ「いっそここに住んでみませんか?」
「は?」
「わたし、あなたの事が気に入っていましてね手元に置いておきたいんですよ」
と。
「魔界の空気魔界の食べ物を摂り続ければその身体はいずれ魔族に近いモノになります。一緒に世界の先を見ていきましょう」
「趣味が悪いな……でも、興味はある。この世界の事教えてくれるか?」
「魔界の事もお教えしてあげます」
行きたい所どこにでも連れていってあげますよ、と差し出された手に異世界の青年は遠慮なく掴んだ。
長く続くこの世界の歴史に初めて波紋が静かに広がった瞬間であった。
〈完〉
最後まで読んでくださりありがとうございます。
評価、感想等ありましたらお気軽にどうぞ。
二次創作ならまだしもオリジナルでBLになりそうになるものを書くとは思っておらず動揺しています。
でも、なぜでしょうか、聖女とくっつけたいとは思えなくて……結局こうなりました(汗)