4.下手くそな歌だ、パーティーは終わりだ
「わざわざお見送りありがとうございます」
「気にしないで、方向一緒だから。こっちから帰ればついでにコンビニに寄れるしね」
「…………」
「…………」
落ちかけの夕暮れに向かって歩みを進める途切れ途切れに会話の続かない男女一組。
今すれ違っていく街の人々は僕たちをどんな風にみえているだろうか? 互いの距離感にのみ集中しすぎて関係がたどたどしく見える初々しい2人? それとも、距離感が適切であるが故にある種友情のようなものの芽生えた気心の触れた2人に見えただろうか? ……少なくとも、年相応の青春を謳歌中の高校生には見えていてくれるだろうか?
……ダメだな。今日は随分と他人の目に敏感になってしまう。これも全ては隣で歩く僕の肩よりも小さな彼女が原因か。
あの後、琴音への質問や逆に僕たちについての質問で大いに盛り上がりを見せた歓迎会は19時を越えて空が赤みを増してきたところで解散ムードに突入。雛菜が仕事もなく久しぶりの全員集合だったからまだ居たいとだだをこねていたが、それを聞きいられることなく会計、解散の流れとなった。まぁ、明日もあるしね。確かに別れ際は寂しいけどこれからこれから。
そして、帰りの連絡を入れ雛奈がふくれっ面で連れてかれるのを笑顔で見送り、僕と琴音だけ違う方向で2人きりの帰宅して、今に至る。
「…………」
プツッと切れた会話の中、僕はバレないように隣で歩く彼女を見た。
天真爛漫を体現したかのような雛菜とはまた違った品行方正さと華やかさの上久佐琴音。転校してきて孤独からのスタートでありながらその面持ちに緊張の色はなく、真面目な性格かと思えばある程度のユーモアと上品さを併せ持った今までにあったことの無いタイプ。やはりというかみんなと馴染むまでにも大して時間はかからなかった。この調子なら、明日の学校で直ぐに新しい友人もできるだろう。自分で宣言したり、僕らを羨ましがったりとどこか自己評価の低い面がみてとれたが僕目線そこまで重く捉えることなのかと困惑してしまうくらいだ
……不気味にも出会った時よりオオカミさんの話題は無い。
今日の会話でも自己紹介をしたあたりからイタズラに煽るようにオオカミさんと呼ぶこともなくなったし、僕との出会いもみんなには夜道で迷っていたところを偶然助けてもらったと正解とも不正解とも取れない曖昧な話に随分と気前よく話を合わせてくれた。それはまるで、僕があの時のことを隠したがっているのを分かっているかのように。あの時のことは、気を使って秘密のままにしてくれているのか、僕の気にしすぎだろうか。
ましてや自分から話題を振る訳にも行かないし、と結論の出ない悩みに頭を悩ませていると、隣を歩いていた彼女がいつの間にかいなくなっていることに気づいた。
振り返れば、少し後ろで足を止めていた。見つめているのは、もう今の夕暮れでは光も届いていない裏路地。まるで虚空を見つめる猫のように意図を察せないその行動にどう声をかけるか悩んでいると向こうが先に口を開く。
「一颯さん。もう少しお時間頂いてもよろしいでしょうか?」
「え?」
思いがけない提案に腑抜けた返事で返してしまう。
「時間は……まぁ、別に大丈夫だけど」
「ほんとですか!?」
緊張の帯びた表情から一変して花を咲かせるようにパァッと笑った。
「着いてきて欲しいです。こちらに」
先程から意図の読めない行動に不審に彼女を見つめている間にも彼女は先程まで見つめていた裏路地に入り込んでしまった。
慌ててあとを追えば彼女は迷いを知らぬ足取りで先の見えない悪路を進んでいく。
「その、こっちに用でもあるの?」
「そうですね……。着いてきてもらえるだけで大丈夫です」
要領のえない返答からまた会話は途切れる。
夜風が路地を切るように吹き始めて5分もしないくらいだろうか。彼女と僕の目の前に1足の下駄が捨てられているように置いてあった。
琴音はそれをまるでばっちいものを触るかのように指先だけで拾った。
「それは?」
「地元から持ってきたものです。無くしちゃってたんですが見つかってよかったです」
言い方から大事なものなのだとおもったが、そうは思えない扱いで放り込むようにサイドバックに下駄を入れて、琴音は改めて僕の方に振り返った。
「ありがとうございます。場所に検討は着いていたんですけどここら辺はどうも来なくて」
「確かに裏路地に1人ではいるのは怖いもんね。用はこれくらい?」
「いや、もうひとつ……。
あの夜の話をするなら、周りには誰もいない方が都合がいいと思いまして」
その笑顔はとてもみんなに見せていた上品なものとは程遠いものであった。
「この前は本当にありがとうございました。オオカミさん」
仮面を外したかのように雰囲気を変えた彼女は、まるで死にかけの獲物を弄ぶ猫のように不気味で恐ろしく見える。
「学校ではどうやらワケアリだったようなのであまり無闇に言いふらすことを避けたのですが正しかったでしょうか?」
「……ごめん。僕には何を言ってるのか――」
「――ふむ。まだ私に本性は見せて貰えませんか」
「……」
僕の言い訳を意にもかえさず、2つの大きな瞳が僕を刺すように逃がさず見つめてくる。
「まぁ、いいでしょう。何度も言っていますがオオカミさんは命の恩人なのです。あの夜は本当に危なかった。多勢に無勢だし何より私は非力な女の子。捕まっていれば一体どうなっていたのか」
あの夜を思い出しているのか、胸を抑える手と反対の手は微かに震えていた。だけど、まるで口上のように唄う彼女の仕草はどれもわざとっぽく、その震えすら胡散臭い。
「だから、あの時のオオカミさんは救世主でした。そうですね、もう少しロマンチックに言えば王子様でしょうか」
「……あぁ、それは良かったね」
「ええ。そして、また今日再開することが出来た。まさに運命の出会い。私はもうあなたしか居ないと気づいたのです」
1歩、また1歩と距離を詰めてとうとう僕と彼女は互いにあと一歩で鼻先がくっついてしまうほどまで来た時。
「私、困っています。どうかお力を貸して頂けないでしょうか?」
それはそれは嬉しそうな笑顔で彼女は僕に助けを求めてきた。
「もちろん。タダでとは言いません。あの時のオオカミさんは絶対に誰にも言いふらしたりはしません。何故今とは全く違う性格で溶け込むように学校生活を送っているのかを詮索するつもりも一切ありません。ただ、私のお手伝いをしてくれている限りは」
僕が1歩後ずさり、琴音は1歩前に詰める。
「……随分と必死なんだね」
「ええ、ですがそれはオオカミさんも一緒のはずです」
彼女は、握手を求めるように手を差し出した。
「そんなオオカミさんのめんどくさい所を私は大いに利用させてもらおうと思います」
やっとここから物語は動きだします。
カーストトップの陽キャなオオカミくんの秘密を握ってしまった転校生の不思議な彼女との大波乱。
ここから少しずつ彼らの面倒くささを書き示していこうと思いますのでどうか暖かい目で見守っていただけたら幸いです。
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