2.いくつになってもGunjo!
やっと物語が動き出します
青春という言葉の語源は、中国の五行思想っていうものが発祥だと言われてている。
簡単に言うと、人間の生活には「木・火・土・金・水」で当てはめられた5つので元素が必要不可欠であり、一定の法則を持ち、互いに干渉しながら、循環しているというものである。
その中でも、「木」のグループに位置する「青色」と「春」。それぞれ「青色」未熟さ「春」は成長を表していて、合わせて「青春」というのは人間の成長期の象徴として生まれた言葉らしい。
つまり、「青春」ってのは、大人の1歩手前に位置する高校生には必要不可欠なものであり、それを謳歌するというのはあるべきはずの権利であり義務なのである。恋人とみんなに隠れて時間を共有するのも、友とテスト前日に足掻くのも、誰かに正当な理由もなく意地悪してしまうことだって「青春」だ。痛み無くして得るものは無い、なら未熟な僕たちが高校という舞台で全力を持って「青春」をするべきなのだ。
いや、しなくてはならないのだ。
そして、その青春のために仲間は欠かせない。だから、新学期の初日である今日の今の現状に僕はとっても満足していた。
「あたしの今年の目標はね! 青い口紅の似合う女になりたい!」
物思いにふけていたら、クラスの喧騒に負けない声量で江後雛菜の宣誓が聞こえてきた。
席をたち、姿勢の良さや堂々した表情から彼女の育ちの良さが伺える。華の高校生を地で行く垢抜けた可愛らしい顔立ちや一体どれだけの時間がかかったのか計り知れない程のヘアセットには明らかにクラスメイトの有象無象に飲まれることのない別格のオーラが。それこそ街で歩けば誰もが振り向く美少女であり、夜空の星々の中で最も輝く1番星であり、宝石店で誰もが一番最初に手に取るであろうダイヤモンドであり、要は文字通りレベルが違うというのを痛いほどわかる。活発な彼女がよく揺らす自慢の御髪から漂う金木犀に似た香水の匂いがまるで蝶を連想させる。その一連の動作で堕ちた男子生徒は数しれない。
青い口紅? 言っていることはよく分からない。
急な発言に僕達はお互い目線でいくつかの言葉の無いやり取りを交わして、結局結論の出ないまま雛菜を見やった。
「私は青い口紅の似合う女になりたい!」
「……理由は?」
「よくぞ聞いてくれましたゆっきー」
「ゆっきーやめろ」
ゆっきーこと、裕樹の一言を待ってましたと言わんばかりに雛菜は胸を張った。
「私この前の仕事でね。えーっと、リップの宣伝? の仕事! そこでねめちゃくちゃかっこいいお姉さんにあったの!」
彼女の言うリップの仕事とはモデル活動の一環なのだろう。雛菜は齢17の女子高生であると同時にティーンむけ雑誌のモデルとして活動しているプチ有名人でもある。まぁ、この見た目なら納得か。
この人この人、と差し出されたスマホを覗けばきりりとした目元がクールさを際立たせている美形の麗人が青のリップを使用している動画だった。
「……」
艶やかな唇に思わず目が行ってしまう。なんというか、女性のメイク動画ではあるのだがどこか官能的で……、微妙な空気が僕たちを覆った。
「どう?」
「……どうって?」
「めっちゃカッコイイねこの人!」
「でしょー! さすが太陽! よく分かってる!」
雛菜は太陽から満足のいく返答を貰えたようで犬をあやす様にわしゃわしゃと頭を撫でた。ピンクが滲んだ空気が嘘だったように晴れた。
「やっぱガキにはガキだな」
「全部とは言わないけど概ね同意するよ」
安堵の息の代わりにこぼれた裕樹の小さな言葉に小さく頷く。
「ん? なんか言った?」
「「なんでもない」」
「……変態共」
「「なんでもないんだけど!?」」
桜兎の冷たい視線と致命的な誤解を晴らすために話続けようとした時、後ろから声がかかった。
「い、一颯くん」
振り返れば、特徴的なリンゴみたいなキャラのヘアピンに明るい髪色の女性生徒が。僕はその彼女に見覚えがあった。
「お! あかりちゃん! 一緒のクラスだったんだ。よろしくね」
「うん! これからよろしくね。あ、この前はありがとうね。す、凄い助かったよ」
「役に立てたなら良かった」
いつだったか、彼女が無くし物をした時に一緒に探してあげたことを思い出した。
わざわざそれを言いに声をかけてくれたのだろう。もの柔らかなその笑顔が彼女の品の良さをよく表していた。僕の他にも雛菜や桜兎、初対面だった太陽や裕樹とも挨拶を終えて、彼女は何か言いたいのか言葉を探すように視線を泳がせていた。
「どうしたの?」
「え!? あ、あ〜それでさ。その時のお礼を今度――「あかり〜、まだ〜」あ……ごめん、行くね」
「うん! じゃね」
ちょうど対格の窓側で集まっていた男女の集団からあかりを呼ぶ声がとんできた。何か言いたい雰囲気ではあったがそれを言い終える前に彼女はこの場を去っていった。
向かっていった集団を軽く見てサッカー部で構成された集まりだということに気づく。ざっと8人くらいでうち3人は女子マネージャーだった。あかりもそこに入っている。
今年のクラスはサッカー部が多いなぁなんて眺めてると、数人の男子からとても親睦を深めようとは感じられない鋭利な視線が向けられていることに気づいた。
ん?……あー、なるほどね。
そんな上等な挨拶に僕はニッコリと笑顔で返した。そっちのお姫様を奪い去るつもりなんてサラサラないよ。そんな笑顔。伝わったかな?
「まーたいつの間に慈善活動してたのかよ、一颯」
「んー? まぁ、偶然困ってるの見かけちゃってね」
呆れたように首を振る裕樹は「分かっちゃいない」と言葉を続ける。
「だいたいお前は色んなやつに優しすぎるんだよ。そんなんだといつか――モガッ」
「ゆっきー話長〜」
裕樹の話が本格的に始まる前に鼻をつまんで遮った。
「何すんだ」って朝の一幕がもう一度始まると思ったその時――。
「はーい、席ついてね君たちー」
――教室の扉を開けた先生が自由時間の終わりを告げた。席を離れて談笑していた各々が自分の席へと戻っていく。
「んじゃーねー」
「やばい俺席わかんない」
「太陽こっちだよ」
「ちっ……」
例に漏れず僕達もその流れで解散となった。
場所は中途半端に窓よりからひとつ隣りのの1番後ろの席で回りには去年からの知り合いは居ない。かと言ってぼっちも嫌なので先生が新学期のオリエンテーション中に軽く挨拶をしてネットワークを少しずつ広げていく。前の席の吹部の男子生徒に右隣の席のバスケ部の女子生徒。反対の席は空いていて誰も居なかった。せっかくの1番後ろの角席、言わば主人公席と言うやつなのに誰もいないとは少々寂しい。
「はい、皆さん。新学期で周りには新しい友達もいて楽しいと思うけどいくつか連絡あるから静かに聞いてね」
さっきの仲間たちは結構バラバラでそれでも1番近かった裕樹をちらっと見る。机には青色の問題集で朝から頭を大いに働かせてる様子。前も言ったが、裕樹は学校でも一二を争う成績の持ち主でその実力はああいった影の努力が織り成している隠れ秀才タイプ。勉強してない時はしっかり楽しんでそれ以外では真剣にペンを握って。そういったメリハリの付け方は僕たちの中にもなかなかな見られないところなので見習わなければいけないところだと思う。いま勉強するのが正しいかは置いといてね。まぁ、効率主義の気があるところは今に始まったことじゃない。
「まずは、今日一日のスケジュールと軽い行事説明ですね。あ、その前に……」
『だいたいお前は色んなやつに優しすぎるんだよ。そんなんだといつか――』
そんなんだといつか? 遮っておいてその後の言葉をワガママにも気になってしまう。
真面目くんな裕樹の事だ。あんまり誰彼構わず良い顔してると、薄っぺらな友情しか残んないぞとか、そんなことを言いたかったのかもしれない。良い奴で居続けるといつかみんなにとっての都合の良い奴になっちゃう的な。まぁ、それはしょうがないかなぁとあえて目を背ける。僕は高瀬一颯、誰に対しても優しくて誰よりも笑顔で陽気な高校生でなくてはならないんだから。
「皆さんには転校生を紹介したいと思います」
先生の発言とそれに対するみんなの歓声によって思考の渦から呼び戻された僕は改めて先生の言葉を聞き入れた。転校生? いきなりの青春イベントに胸が高鳴る。もしかしなくても隣の空いた席が件の転校生の席で間違いない。意識しなくても勝手に教室の扉に目がいってしまう。
「それじゃあ、はいって来て」
「はい!」
キーの高さが扉の向こうの転校生は女の子なのだと直ぐにわかった。それもハキハキとしていて扉の向こうで手を挙げてるんじゃないかってぐらいの天真爛漫な明るい声。扉が勢いよく開く。
「こんにちは」
礼儀良くお辞儀をしてから、教卓に上がった女の子は、まるで制服を着たお人形だった。
「転校生の上久佐琴音です」
リンッて音が聞こえてきた気がした。
まるでラムネ瓶に沈むビー玉を連想できるクリっとした瞳に、黒の中でも映える漆黒の髪をたなびかせて彼女は微笑む。きっと和の正装で壇上に現れたらそれはそれは似合うであろう大和撫子な彼女は自分を上久佐琴音と名乗った。
……どこかで会ったような気がする?
「はい、上久佐さんは今月に東京に引っ越してきたばっかということでね、初めての土地で分からないこともあると思うのでみなさん仲良くしてあげてね」
「はい。皆さんよろしくお願いします」
上久佐さんの挨拶をきっかけにクラスから歓迎の拍手が巻き起こる。もちろん僕も拍手をしている。だが、少し邪魔な思考がテンポを遅くする。
「じゃあ上久佐さんの席はそこだね。窓側の一番後ろで」
「はい」
転校生という一大イベントに多分クラスの大半が仲良くしてくれるだろうカワイイ系美少女の登場。何もこれからを不安になるよ嘘なんて一切ないし、あったところでそれすらも1種のアクセントで今までとスタンスは変わらない。だけど……。
「こんにちは。はい、こんにちは」
席までの道のりで積極的に挨拶を交わしていく彼女がだんだんと近づいてくる。そして僕の目の前へ。
「こんにち……ん?」
彼女の足が止まる。そして、僕の思考も止まった。
お互いがお互いの顔をよく見て、まるであの時の夜を思い出すように背景が一瞬暗くなった気がした。
僕が目を背けるよりもその前。上久佐琴音と名乗った転校生は僕の手を取って笑った。
「オオカミさん! まさかこんなところで会えるなんて!」
「……冗談だろ」
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