1.ブランコを漕ぐみたいな日々が
「ねぇ聞いた? ここら辺であった暴行事件の話」
「なんそれ?」
「知らん」
「ほら、近くのスーパー。あそこらへんの裏路地で大人が何人か倒れてたんだって。えぐくない?」
「ここら辺も治安が悪くなったねぇ。裕樹も気をつけなよ?」
「なんで俺が名指しなんだよ」
「だって僕と太陽はともかく、裕樹は運動音痴のくそざこなんだから」
「確かにー」
「んだテメェら!」
「わ、裕樹が怒った〜」
「あははははは! にげろー」
春風がそよぐ。制服を着た若者の群れがピンクに染められた道を進む。その群れに紛れて少し平均身長の高い僕達3人は笑っていた。
少し目じりがつり上がって厳しそうな印象を受ける男子生徒、速水裕樹が2人の男を追いかける……が、やはり身体能力の差が大きいのか捕まえられる気配がない。アホ毛がピ○クミンのように男子生徒、宮下太陽が朗らかな笑顔で手を叩いて煽り、僕はヒョイヒョイっと伸ばされた手を避けた。
「はしゃぎすぎ。中学生?」
そんな言葉が僕たちの後ろから投げられた。振り返って声の主に手を振って、そのすきにラリアットをもろに受けた。痛い。
「あ! おはよー、桜兎ちゃん」
アホ毛がぴょこぴょこと揺らしながら手を振る太陽に名前を呼ばれた女子生徒、葵桜兎。
スラッと、きっと女子の平均身長を軽々と超えているであろうシュッとしたスタイルに風にたゆたゆとなびく腰近くまで伸びたおさげ。朝が弱いのかそれともそれは元々のものか、普段の男子顔負けのクールな風貌をトロンと落として眠そうな目で男たちを見ていた。
「おはよ。今日も元気だね、みんな」
「よぉ、桜兎。ちょっと待っててくれ。こいつ絞め落とすから」
裕樹の挨拶に適当に会釈で返す桜兎。目の前で繰り広げられてる白昼堂々の暴力事件には興味が無い様子。それどころか、被害者で現在進行形で腕の中でもがいている僕を冷ややかな目付きで見下していた。
「助けてくれてもいんだよー」
「んー、名無……」
「ダメっぽいなこれ。……うりゃ!」
拝むように手を合わせる姿で増援が望めないと見込むや否や少し強引に裕樹の腕を と首の隙間に手をねじ込んでこじ開けて脱出、何とか桜兎の後ろに避難することに成功する。
「男なら戦いなよ」
「理性ある人間は戦いの場を選ぶものさ」
「なにそれ」
相変わらず桜兎は僕に対しては何かと冷たい。いまも、僕に近づかれるのが嫌なのか距離を取ろうと早足で進まれる。そういうのが1番傷つくんだよ……。
「そういえば桜兎ちゃん。朝練は?」
「体育館使えないとかで今日はない。太陽はないの?」
「えへへ、今日はバスケ部定休日だからね!」
部活ある組である太陽と桜兎が話す。どうやら、お互いに朝練はなかったらしい。定休日があったり、土日のどっちかは休みだったりとそれなりに楽さのあるバスケ部はともかく、全国出場常連で学校一丸となって応援に駆り出されるような桜兎の所属するバレーボール部が練習ナシなのは随分と珍しい。実際に、去年でも部活動が始まってから朝一緒に登校なんて片手で数える程の回数しか無かったのだ。
「大会見たぜ。凄い迫力だったよ。さすがエーススパイカー」
「応援来てくれてたんだよね。ありがとう」
「お疲れ様だね。あ、じゃあちょうどいいし今日はお祝いじゃない?」
僕の提案に、「好きにすれば」なんて流すように返す桜兎。顔に心情が出にくい彼女ではあるけど、嬉しいと瞬きが多くなったり、わざとらしく興味が無い振りをしたりする可愛いところがあるのは本人には内緒だ。アタックされちゃうからね。
「おい、もう放課後の予定かよ。まだ新しいクラスも知らねぇのに」
「そうじゃん! 早く行かなきゃ! ――んあ!」
そう思い出したように声を上げて駆け出そうとした太陽のアホ毛を裕樹が掴んだ。
「朝から走ろうとすんな」
「なんだよ。さっきまでノリノリで鬼ごっこしてたのに!」
「ならまず鬼ごっこ先に終わらせないとだな」
「うぎゃー」
そう、いつもの朝すぎてあんまり実感がわかないが今日は僕たちが長期休み明け初の登校日。つまり、これから新しいクラスの発表なのだ。
だから、今悲鳴に合わない嬉しそうな表情で捕まっている太陽もその結果が楽しみで走り出そうとしたのだろう。
「……元気」
「しょうがないよ、新学期なんだから。楽しくてしょうがないのさ」
「1番はしゃいでた人が何言ってんの?」
こりゃ手厳しい、なんてわざと首を振っていると、ポケットの中でスマートフォンが震えた。手に取って画面を見れば『ヒナナナナナナナ』と主張の強い名前が着信音に設定したお気に入りの曲と一緒に流れた。
タップして更にスピーカーを押して聞こえるように前に出す。
『ちょっとー! 遅くない!?』
聞こえてきたのはハキハキとよく通るどこか特徴的な女性の声。
「雛菜?」
「うん。――今向かってるよー」
『待ってみんないるの!?』
スピーカーにしたことでみんなの声が入り、声の主である江後雛菜がわざとかと思うくらいに大きく反応した。桜兎の声や太陽と裕樹の喧騒がマイクにのったのだろう。
『ちょっとー! 寂しいんだけど!! ――あ! ユキちゃんおはよ!!』
「どっちだよ……」
『裕樹うるさい!』
「だっる」なんて悪態をついた裕樹から隙をついて逃げ出した太陽がこっちへ駆け込んだ。
「ねね! 雛菜! クラスどうだった?」
『んー? 今言うのはなー』
よくぞ聞いてくれたとばかりにわざとらしく、彼女の満面の笑みが想像できるくらいに焦らすような返事。これだけでだいたい予想が着く。
「え? なになになに?」
「良かったな太陽。どうやら俺たちまた一緒らしいぜ」
『ねぇ、だるい裕樹』
「わかり易すぎんだよお前は」
そんなわかりやすい焦らしに空気を読むことなく言い当てた裕樹。雛菜が口をとがらせて拗ねる様子が容易に想像できた。
「だいたい、お前らバカを誰が世話すんだよ」
『「は?」』
雛菜と一緒に桜兎も反応した。
実は学年でトップクラスの裕樹は、それとは逆に下から数えた方が早い彼女らを去年は専属で面倒を見ていて先生らにも頼りにされていたり実力は本物。教えられている本人たちには反抗的な態度で接さりたりと苦労はしてるようだが、個人的には相性はいいように思える。
だから、確かになー、なんて決して声には出さないが心の中で納得する。
「まぁまぁ、また今年もよろしくってことで。ほら! 雛菜も待ってるし急ご」
「よし、行っくぞー!」
「ちょっと話があるんだけど、裕樹」
「よっしゃ、行くぞお前ら!」
『早く来てねー』
新学期という転換期。それなのにいつも通りの変わらない朝に暖かく空は清々しく笑って言うように見えた。
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キャラ多いからいつかまとめようと思います