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僕らの青はめんどくさい  作者: たくあん
不思議少女とオオカミくん
1/6

0.ロムコムな展開に焦がれてるんだ

 一人暮らしの第三歩くらいだろうか。

 あらかたの段ボールはもう開き終えた。

 電化製品は問題なく使えている。

 外出時に服を選ぶ余裕は生活の慣れと共に増えていった。

 だからこそ、そろそろコンビニ弁当で腹を満たすのをやめたいと考えるのは普通な事だったと思う。

 ただ予想外なのはカレーを作るのにカレー粉を買い忘れたということ。赤ワインだったり名前の難しい香辛料だったりをいろいろと調べては買い込んだというのに……。

 だがここであきらめてしまうものかと奮起し財布を手に取った。外は暗いが夕日が落ちたばかりで店の明かりは夜空の星よりも多い。

 個人的に考えた一人暮らしの第三歩目。いまだ慣れぬ新天地の夜道を歩く。

 田舎から持ってきた下駄が人通りの少ない通りに良く響く。昼寝をしていたために夕飯を作るのにこんな時間になってしまったのにまさかのアクシデント。やっと春が顔を出し始めたくらいでまだ肌寒く唇は震えていると言うのに足取りは軽い。今日は散策がてら少し遠回りしてもいいかもしれない。

 こぎみよくカランコロンと足音を奏でながら、初めての夜に心を躍らせながら、私は静寂の夜に溶けていく――。







――そう静寂な夜、そのはずだったというのに。


「クソッ! どこ行きやがったあの女ぁ! 出てきやがれぇ!」


 下品でやかましい怒声が夜の中でも特に暗い裏路地に響いた。

 慢心、というのだろうか。まさかこんなところまで、とある意味感心した私は心を落ち着かせるために静かに息を整える。


「……お気に入りだったのに。」


 猫の首輪についている鈴のようにうるさい下駄はすでに脱ぎ捨てていて、足は浅く切った傷から出た血で濡れている。


「まったく、こんなところまで追ってきて。そんなにプライドというものが大事なんですか?」


 そんなにあなたのガラスのハートが傷ついてしまったことが嫌だったのかと笑う。

 何とか笑ってみる。


「あはは、女一人に男があんなに大勢。もはやここまで来たらプライドと言葉にする方が恥ずかしくないですか?」


 乾いた笑いが暗闇に消える。

 走って逃げて、身を隠して随分と時間がたった。暗闇と自分の輪郭の境界があやふやになったころ。息を殺したかいがあってか静寂を塗りつぶしていった無数の足音はもうない。さっきのはぐれサルだって言えば大人しく出てくると思ったのか碌に探しもせずに遠くへと行ってしまった。


「……」


 耳を澄ませて、深く息を吸ってから大きな通りへと出た。

空気は冷たく体中の熱を一気に冷ましていく。


「……まだ、何も買ってないのに」


 一つも目的も達成できてないというのに新たに出た課題に体が重くなるのを自覚する。

 焦る気持ちが心を小さくしていくのが分かった。


「いやがったぞ!」


 だから近づいていた男にもギリギリまで気づけなかった。振り返るまでもなくアイツらがいるのだと分かって走り出す。

道は1本でどこに繋がってるかは分からない。後ろに追ってくる足音もだんだんと増えていき、それでも追いつかれないようにと細道をくぐっては入り込み、かいくぐっては逃げ回る。舗装の行き届いてないコンクリートを蹴る感覚が段々と無くなっていく。脳から足を回すように指示しても思うように言うことを聞かなくなってきた。

 ハイエナに追われる獲物はこんな気持ちか。

 大通りに出なければこの状況は変わらないということは分かってはいるが、直線の足の速さで成人男性の集団に勝てる見込みなど微塵もない。

「キャッ」

 もはや息が上がりすぎてぼやけた視界では何が当たったのかも分からなかった。ただ、コンクリートとキスしたことで時分が転んだということがわかっただけ。とんでもなく硬かった。電柱にでも当たったのだろうか?


「やっと追いついたぜ。このアマ!」


 万事休す。なんて、そんな言葉初めて使ったななんて心の中でボヤきながら現実逃避に目をつぶる。

 ただ聞こえてきたのはひとつの打撃音。誰かが何かをけった音だった。私じゃない何かを。


「そんな大勢で女のケツ追っかけて。恥ずかしくねぇのかよお前ら」


「い、いきなり何すんだてめぇ!」


 私と追っ手の間に立つフードを被った男。

 さっき私が電柱だと勘違いした物体は人だったのだと遅れながら気づいた。


「お前状況わかってんのかよ! てめーーー」


「うるせぇよ」


 私を追っていたグループの1人が男に叫ぶがそれを言い終える前にフードの男は殴りかかった。

 生々しい打撃音に思わず目をつぶってしまう。

 勇敢にも間に立ち塞がってくれた男には悪いが多勢に無勢、結果なんて目に見えている。だから、目をつぶって現実逃避をしているのではなく、早くこの場から離れなくては行けない。だから、まず目を開けないと……。



「おい。……おい、終わったぞ」



「へ?」


 そんな葛藤をしていた間に声をかけられる。いつの間にかさっきの喧騒は嘘のように消え去っていた。顔を上げて当たりを見れば死屍累々(さすがに実際に死んでるいるということは無いと思うが)。

 思わず間抜けな声が出てしまった。


「痴話喧嘩だかなんだか知らねぇが後始末くらいは自分でしろよ」


 男はまるで落し物を届けてあげた程度のちっぽけな事のように話し、その場を去ろうとする。


「す」


 去っていく男の背中を見て見て自然と()の口は動いた。


「すごい! この街にはオオカミさんがいるんですね!」


「は?」


 私の言葉が予想外だったのは呆気を取られたようにこっちを振り向く。


「助けてくれてありがとうございます!」


「近寄んな。早く失せろ」


 嬉々として寄って行った私を面倒くさそうにあしらう。


「そう仰らずに! あなたは命の恩人です」


 拒絶されてもめげずに近づく。

 そしたら、夜風のイタズラなのか、フードが少しめくれた。偶然と顔が見えたのだ。

 高い鼻にキリリとシャープでクールな目元。そして驚いたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()高校生くらい? もしかしたら同い年かもしれない。勝手に社会人であろうなと想像していたのだが。


「みたか?」


「はい?」


「俺の顔見たか? って聞いたんだ。いや、もういい」


 そう言い終わったフードの男はそのまま裏道の向こうへと消えていった。

 追いかけてみよう! そう思って、1歩前に進もーー。


「ついてきたら殺すぞ」


 ーーそう牽制されてしまった。しょうがない、と足を止めて去っていくフードの男を見つめた。

 時刻は既に10時を超えて補導時間と言われるものに突入している。あの人は一体この裏路地の向こうになんの用があるのだろうか? 

 全身黒の服が闇に溶けていくのを見つめながら私の第3歩目は幕を閉じた。

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