掃除
悪役令嬢淑女化計画が始まって数日。
彼女はなかなかのツンデレでなかなかツンを隠せないことを除けば順調であった。
そもそも彼女は公爵家の娘なので礼儀作法に至っては俺が注意することはほとんどない。むしろ、俺のほうがテーブルマナーを指摘されるくらいであった。
彼女の問題はその苛烈な性格だ。
王子の婚約者をいじめ抜き断罪され、婚約も破棄されたその性格をなんとかしなければいけないのだ。
というわけで今日はカレンと掃除をする。
そのように明言すると彼女は目をぱちくりとさせた。
「レクス、わたくしは公爵家の令嬢なのだけど」
「知っているよ」
「掃除は端女や下女がする仕事だわ」
「それはエレナード公爵家のしきたりだろう。グラハム伯爵家では当主はもちろん、その婚約者も掃除をする決まりなのだ」
「いやよ。わたくしはそんなことしません」
「掃除をしなければ罰として夕食は抜きだ。働かざるもの食うべからず。グラハム家の家訓だ」
「いやな家訓ね。誰が取り決めたの?」
「グラハム家でも英名と名高いレクスという男が決めたそうだよ」
そのように言い放つとカレンと共に掃除を始めた。
「さて、今日は思う存分掃き掃除をするぞ」
「この広大な屋敷を?」
「ここにやってきたとき豚小屋のように狭いと言っていたではないか」
「そんな記憶はありません」
そのように溜息を漏らすとカレンは渋々掃き掃除を始めた。
「なかなか上手いじゃないか」
「端女がやっているのを見よう見まねでやってるだけよ」
「なかなかに掃除のセンスがあるぞ」
「そうかしら」
持ち上げるとカレンの気分は上がる。
「掃除もやってみるとなかなかに楽しいものね」
「公爵家ではともかく、修道院では掃除をさせられていただろう」
「強制的にね。自主的にやるのとでは雲泥の差よ」
「なるほどね」
「それと修道院はお掃除中は他人とおしゃべり禁止なの。話をしながら掃除するのは楽しいわ」
「なるべく面白い話をしてやりたいが、そうだ、オークの話をしたっけ?」
「わー、きーきーたーくーなーいー!」
先日と同じようなやりとりをするとカレンは別の話を振ってきた。
「あなた、冒険者をやっていたそうだけど、強いの?」
「ゴールド級冒険者だった」
「ゴールド級?」
「冒険者には五つの階級があるんだ。アイアン級、ブロンズ級、シルバー級、ゴールド級、プラチナ級」
「上から二番目なのね。すごいわ」
「ああ、ドラゴンを討伐したこともあるんだぜ」
「冒険者としても優秀だったのね。なんで貴族の当主になったの?」
「兄が相次いで戦死したからだ。俺がグラハム家を継がなければ断絶するはめになっていた。まあ、前も言った通りグラハム伯爵家は新興貴族、断絶したところで問題はないんだが」
「じゃあ、なんで相続したのよ」
「執事のハンスが泣いて頼み込んできたからだよ。ハンスにはおしめも替えて貰ったし、剣術も習った恩があるんだ」
それに、と続ける。
「貴族の生活は性に合わないが、このグラハム領自体は好きなんだ。自然にあふれたこの土地がな」
「たしかに森や山があるわ」
「それらは最高の財産だ。その景観もだが、森は材木になって財政を潤してくれる。山は鉱山となって財政を豊かにしてくれるんだ」
「あなたはお金にシビアよね」
「ああ、兄が放漫経営をしていたからな。相続してからその借金の額を見てたまげた」
「それをわたくしの持参金で返したくせに」
「ちょっと借りただけさ。君と正式に結婚するころには領地経営の収入から持参金を捻出する。それで君の嫁入り道具を揃えよう」
「……優しいのね。あなた」
「最低限の礼儀だよ。俺の妻となるものには苦労を掛けたくない」
「……妻」
という言葉を聞いたカレンは顔を真っ赤にさせる。
「わ、わたくしはまだあなたと結婚すると決めたわけじゃなくてよ」
「ああ、分かっている。半年間のかりそめの婚約だ。それまでに好きになって貰うよ。あと、俺好みの女にする」
「あなた好みって?」
「君からツンデレのツンを抜いたような感じかな」
「あなたがよく口にするツンデレだけど。いったい、どんな意味があるの? 聞いたことがないのだけど」
「ツンデレを言葉にして定義するのは意外と難しいな。簡単に説明すると素直じゃない娘かな」
「素直じゃない娘?」
「思っていることとは逆の言葉をつい口走ってしまう娘だ。本当は俺のことが好きなのにそうじゃないと連呼するとか」
「わ、わたくしは本当にあなたのことが好きじゃないわ」
「でも、嫌いではないのだろう」
「そ、それはそうだけど、好きと嫌いの間には大きな隔たりがあるのよ」
「その隔たりを埋めるように努力するよ。あ、そこのちりとり取って」
軽く言い放つとカレンは顔を染め上げながらちりとりを渡す。どうやら彼女は恋愛経験が乏しいようだ。それは俺も同じなので気にせずちりとりを受け取るとそこにゴミを放り込んだ。
初めてのふたりの掃除はなかなかに様になっていたが、掃除のプロである執事のハンスに言わせれば遅いらしい。今の三倍の速度でやって初めて一人前の使用人なのだそうな。掃除の道は果てしなく険しいが、カレンとは有意義な話が出来たと思うのでよしとする。
さて、こうして俺はカレンとの仲を深めていったが、彼女は俺好みの淑女になってくれるだろうか。それはまだ未知数であった。
俺の淑女計画はまだまだ続く――かな?
好評だと次回作や続編を書くモチベーションになります。
下記より★レビューを頂けると嬉しいです。