絶対記憶
こうして婚約者と同居することになった俺、女性が一つ屋根の下にいるというのはなかなかに結構なことで、今まで無彩色だった屋敷が急に花が咲いたような雰囲気を醸し出した。
――というか実際に花を買ってきて花瓶に挿したからなんだけど。
淑女を目指す悪役令嬢ことカレン・エレナード公爵令嬢は花が好きらしく、お付きのメイドに花を買いに行かせていた。
まったく、男所帯だったグラハム家では考えもつかないような金の使い方だ。
勇壮な騎士であった兄は花など食べられぬとその金で肉を買うように指示するだろうが、花も実もある騎士を自称する俺としては花を飾るというのも悪くないような気がしていた。
というか初日から金の使い方で喧嘩などしていられない。
俺は一日でも早く彼女を淑女にすべく行動しなければいけないのだ。花を愛でるというのは淑女に近づく道でもあるような気がした。
そのようにカレンを褒め称えると彼女は「褒めてもなんにもでませんからね」と頬を赤らめさせた。
「ならばマイナス点も指摘しようか。次から花を買うときは薔薇も買ってくれ」
「レクスは薔薇が好きなの?」
「いいや、どちらかというと嫌いだ。子供の頃棘で怪我をした」
「じゃあ、どうして」
「我が家の家紋は薔薇十字なんだ。だから薔薇は縁起がいい」
「そう、グラハム家の家紋は薔薇に十字なのね」
「エレナード公爵家はどうなんだ?」
「我が家の家紋は双頭の鷲よ。強そうでしょう」
「たしかに」
「我がエレナード家はその武力によって王国成立に協力したの。王国開闢以来の名門なんだから」
「一方、我がグラハム家は一度断絶した家門だ。それを俺の曾曾じいさんが金で買った」
「まあ、お金で買えないものはないのね」
「そうだな。俺の曾曾じいさんは商人だったんだ。その劣等感を払拭するためか、我が家の当主やその一門は血の気が多いのが多い。半数のものが戦場で死んだというのが自慢らしい」
「あなたのお兄様も戦場で亡くなったのよね」
「そうだ。長兄は騎士団の団長を務めるくらいの武力の人であったが、それが祟って前線で名誉の戦死をされた。次兄は一介の騎士だったが味方を逃すためにしんがりを務めて亡くなった」
「武門の家柄ね」
「ただ、俺は兄上たちのように勇ましくないからな。元々、人間を殺すのが苦手だから冒険者になったくらいだし」
「たしかに冒険者ならば戦うのは魔物だけでいいものね」
「ああ、時折、盗賊の類いとも戦ったが、基本、魔物を狩るだけでいいのが冒険者のいいところだ」
「天職だったのね。呼び戻されて難儀したでしょう」
「ああ、まさか爵位を継ぐとは思ってなかったからな。礼儀作法など身につけていなかった」
「だからあなたは無礼なのね」
「公爵令嬢からみたら俺は山猿かもな」
――でも、と続ける。
「こう見えても教養はあるんだ。この家の書庫を見てくれ」
そのように言うと広大な面積を誇る図書室に案内する。
「すごい、こんな立派な書庫があるなんて!?」
「武門の家柄だが、俺のじいちゃんは文官肌でな。各地から本を収集するのが趣味だった。ちなみに俺はじいちゃん似」
「本をたしなむのね」
「ああ、この書庫にあるものの半数は読んだ」
「半数!? 冗談でしょう?? 五万冊くらいはあるわよ」
「本当さ。しかも読んだものは全部内容を記憶している」
「嘘よ。だまされないわよ」
「じゃあ、適当な本を手に取ってページを指定してみろ」
「わかった」
カレンはそのように言うと一番目立つ場所に置いてある本を手に取る。
「これは読んだことあるの?」
「ル・ガナリア戦記だな。三周したぞ」
「ならばこの本の42ページ目にはなにが書かれている?」
「主人公が父の敵を倒すことを決意するシーンだな。仲間たちと血の契りを交わして大神オーディアスに誓いをかわす描写がある。台詞は『大神オーディアスよ、我が天命を見届けたまえ!』だったはず」
「す、すごい。一言一句違わず合っているわ」
「四周目に取りかかりたいくらいの名作だからな」
「それにしても異常よ、台詞を記憶するなんて」
「違う違う。俺はページを記憶しているんだ」
「ページを記憶?」
「ページを一枚一枚、絵画のように記憶しているんだよ。そして記憶したあとにあとから読むんだ」
「し、信じられないわ。そんなことができるの?」
「できるんだな、それが。だから冒険者だった頃も退屈はしなかった。目をつむれば家で記憶した本がすべて読めるんだから」
「ば、化け物ね。絶対記憶力だわ」
「お、いいね。その言葉。今後はその言葉を使わせて貰おう」
「そんなに本が好きならば王国司書かそれこそ作家にでもなればよかったのに」
「俺のじいちゃんが長生きだったらその道もあったんだけどな。一応、グラハム家は武門の家柄だから騎士か冒険者か傭兵の三択だった」
「それで冒険者を選んだのね」
「そういうこと。ま、それなりに楽しかったぞ。ある日、腹が減ってオークの死体を見つけたときの話をしてやろうか」
「わー、聞きたくない。聞きたくない」
耳を塞ぐカレン。その手の話が苦手と踏んだ俺は容赦なくそのときの描写をする。
「オークの味は豚説は本当だったんだが、解体するときがグロくてな。まるでにんげ――」
「きゃー! わー! きーこーえーなーいー!」
カレンはそのようにわめき立てると図書室から立ち去っていった。
「まあ、亜人を食う話は女が喜ぶものじゃないか」
そのように反省をするが、グラハム家の忠実な執事は空気が読めないことこの上なく、今日の夕食のメニューはポークソテーだった。
繊細なカレン嬢はおかずには手をつけず、パンだけ食べる羽目になったとだけ明記しておこうか。
ちなみに俺は彼女の分を含め、美味しく頂きましたとさ。
それとオークの肉はちょっと油っぽかったとだけ追記しておこうか。
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