伯爵家の嫁取り
俺の名前はレクス・グラハム。
グラハム伯爵家の三男坊にしてグラハム家の当主だ。
本来、三男坊である俺がグラハム家を継承する予定はなかったのだが、兄ふたりが相次いで戦死したことにより、俺にお鉢が回ってきたというわけだ。
冒険者をしていた俺が伯爵家の当主になるのは変な気分だが、これも伯爵家に生まれてしまったものの宿命、とグラハム家の当主になって三ヶ月、俺は過不足なく当主としての役目を遂行してきたが、ひとつだけ問題がある、と執事のハンスが警告をしてきた。
「なんだ。この三ヶ月で領地運営のコストを20パーセントも下げ、逆に利益を15パーセントも創出した俺になにか問題でもあるのか」
そのように不平を述べると老執事であるハンスは眉間にしわを寄せた。
「レクス様の為政者としての能力に不満などありません。しかし、グラハム家の当主としては落第点がございます」
「ほお、俺のどこに問題があるのだ」
「それは今だ跡継ぎの誕生がないことにございます。お父上は病死、兄上ふたりは戦死、レクス様には弟君はおられません。つまり、レクス様の身になにかあればグラハム家は断絶するということです」
「なんだ、そんなことか。安心しろ。俺は臆病者だからな。戦場に赴いても前線に突撃したりしない。兄上のように戦死はせんよ」
「武門の誉れが高いグラハム家の当主がなにをおっしゃっているのです!」
「ならば俺も戦場で死んだほうがいいのかな」
「いや、それも困ります。戦場で戦死をするのならばせめて跡継ぎを残してからにしてください」
「なんだ。そういうことか。つまりハンスは俺に妻を娶れと言っているのだな」
「左様でございます」
「そうか、俺も二十歳を超えているしな。そろそろ嫁を貰ってもいい頃合いかも知れないな」
「おお、自覚はあったのですな。それではさっそく、社交界でデビューした令嬢を見繕いましょう」
「ちょっとまて、俺はただの令嬢を嫁にする気はない」
「それはどういう意味です」
「グラハム伯爵家は門閥貴族ではなく、新興貴族だからな。我が家に嫁いでくれるのは下級貴族だけだろう」
「そうですが」
「それでは詰まらない。持参金も少ないだろうしな」
「しかし、侯爵以上の令嬢ともなると逆にこちらが莫大な手付金を用意しないといけません。もっかのところ我が家にそのような財政の余裕はありません」
「ならば訳あり令嬢を嫁にすればいい」
「訳あり令嬢?」
「そうだ。なんでも聞いたところによると先日、王立学院に通う公爵令嬢が修道院送りになったそうな」
「その事件ならば知っております。その公爵令嬢は王子の婚約者である聖女をいじめ抜いて不興を買ったとか」
「そうだ。この国で最も厳しい修道院に入れられて半年、その性格も大分穏やかになっているんじゃないかな」
「な、レクス様、もしかしてその公爵令嬢を嫁にしようとしているのですか」
驚きの声を上げる執事ハンスに冷静な言葉を送る。
「その通りだ。修道院送りになった娘を引き取ると言えば公爵家のものも恩義に感じてくれよう。持参金もたんまりくれるだろうし」
「しかし、そのものは未来の王妃をいじめ抜いた悪女ですぞ」
「その悪女を淑女にするのも面白いではないか」
「しかもその娘は傷物です。一度、婚約を破棄されているとか」
「傷物上等じゃないか。訳あり特価品だな」
「結婚は遊びではございません」
「遊びを本気でやってこそ面白いんじゃないか。最初から貞淑でおしとやかな淑女を娶ってもなんも面白くない。訳ありのヒステリックな悪女を淑女にしてこそ面白みがあるってものさ」
「むむう、ハンスは反対でございます」
「そうか。それじゃあ、賭けをしようか」
「賭け? でございますか?」
「そうだ。その娘をもしも半年以内に淑女に出来なければその娘と離縁し、ハンスが探してきた嫁と結婚しよう」
「半年で悪女を淑女にするというのですか」
「ああ、そうだ。できなければおまえの望む娘と結婚し、望むだけ子作りをしよう」
「……分かりました。今まで女性を寄せ付けなかったレクス様がそのようにおっしゃるのです。それ相応の覚悟があると見ました」
(……ま、覚悟なんてたいそうなものじゃなく、単純に好奇心なんだけどな。噂の悪女とやらを矯正できるか挑戦したいだけなんだが)
「そこまでのお覚悟があるのならばハンスはもうなにも言いますまい。エレナード公爵家に掛け合って修道院に幽閉中の令嬢と婚約話を持ちかけてみます」
「助かるよ。あ、持参金はできるだけつり上げろよ」
「御意」
そのように話を纏めると仕事が早いのがグラハム家の執事であった。彼は一週間後にはエレナード家と接触を果たし、二週間後には縁談の話を纏めていた。しかも持参金もできる限り用意させた。
一ヶ月後、修道院に幽閉されていた公爵令嬢がこの家の門を叩く。
彼女の名はカレン。カレン・エレナード公爵令嬢だ。
彼女は俺に顔を見せるなり言った。
「あなたのような家格の低い家に嫁ぐ日がくるなんて夢にも思っていなかったわ」
いきなりのこれである。さすがは悪女と名高い令嬢だ。
ただ俺は彼女がツンデレであると知っていた。
いろいろと事前調査をしていたのだ。彼女はただの意地っ張りで自分の感情を言葉にするのが苦手なのだ。
なので上記台詞も意訳すると、
「お互い生まれ育った環境も違うけど大丈夫かしら……」
となる。
というわけで彼女に対する返答は、
「修道院からの長旅、大変だったろう。そしてグラハム伯爵夫人になるには色々と葛藤があるだろう。慣れぬ環境にいきなりやってきたのだ。今日はゆるりと休まれよ」
となる。
俺が好色の色ボケ貴族ならば初日から寝所を共にすることを願っただろうが、生憎と俺は紳士なのでそういうことはしない。
彼女との正式な結婚は彼女が18歳になったときと定めてあるのでそのときまで待つつもりであった。
ちなみに彼女は17歳なので正式に結婚するまであと一年近くのときが必要である。
ま、俺はその辺は淡泊なので焦ってはいなかった。
それよりも半年以内に彼女を淑女に教育し、ハンスに彼女との婚姻を認めて貰わなければいけないのだ。
こうして俺は都で悪役令嬢のレッテルを貼られた少女と婚約した。
金髪碧眼の美少女が婚約者となり、一つ屋根の下に暮らすことになったのだが、はてさていったい、どうやって彼女を淑女にすべきか俺はあらゆる選択肢を頭の中に巡らせた。
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