やる気の技術 エピローグ
合宿全日程が終了し、会話が弾む生徒と保護者を見送った後、世良、佐々木、絵里奈は近くのカフェで軽い打ち合わせをした。
「出来すぎですね」
世良が言った。
目的:
①陸上部としての充実・情熱の再燃
②陸上を通じて学習や社会生活ににも必要な忍耐力、協調性、成功体験を
得られることを保護者の方々に伝え、合宿活動の今後の継続の了承を得る
目標:①ピッチの強化(タイムトライアル:190 ジョギング:185)
→合宿最終日に全員自己ベスト更新
②合宿の目的と目標、達成手段を保護者に説明する機会を設ける
「忍耐力だけ少しイメージが違いますが、目標に向かって練習を続けたのは間違いないので、合格ラインでしょう。部員で相談して自主練もしたので、協調性もOKかと」
「ですね。正直驚きました」
佐々木が追従した。
「そうですか?」
絵里奈が言う。
「5人中5人が自己ベスト更新、その内二人は52秒、48秒更新で16分台。先生はこのぐらい行くと思ってました?私は正直5人中1人がベスト更新するのが最低限。3人合格したら合格ラインかと思いました」
と世良。
「でも目標は全員達成でしょ?」
絵里奈は不思議そうな顔をする。
「ええ。でもたった3日で一人でも目標達成すれば、かなりの成功体験ですから、目的は達成出来るかと。そうやって目標設定は少し高めにしてます。目標はあくまで、目的を達成する為の指標ですから」
「そうだったんですね」
「はい。やる前から『最低一人達成すればいい』なんて言ってしまうと、士気が落ちるので黙ってまってましたが」
「ありがとうございます。本当に記録だけだなく、彼らがまだ成長できるという手ごたえを掴んだのが、一番嬉しいです」
「そうですね。年内に全員16分台行くでしょう。まだ若いですからこれをきっかけに急成長して15分台が出てもおかしくないです」
佐々木が言う。社交辞令ではなく、競技者として陸上競技をやってきた経験上の素直な感想だ。
「でも、世良さんの設計がそうなら、なんでここまで結果が出たのでしょう?」
「先生のおかげですよ」
「えっ?」
絵里奈は、手に取ったコーヒーカップを口に運ぶ途中で手を止めて、世良を見た。
「トレーナーとしてペーペーの頃、私の師匠によく言われてたことがありましてね。『目的があって、目標があって、手段が具体的で、それに挑む心理状態が出来れば結果は出る。その条件を整えるのがトレーナーの仕事だ』って」
「実際、その通りでしたよね」
「いえ」
世良は軽くグラスの水を飲んでから言った。
「私は、心理状態は、ネガティブでさえなきゃいいと思ってました。手段をあれこれ考えるほうが好きなものでね。よく叱られましたよ。『お前はマニアックすぎる。手段だけに走るな。手段よりも大事なものがある』って」
「手段よりも大事なものって?」
「それこそ心理状態です。つまり・・・」
「ワクワク」
「そう。分かったつもりにはなっていたんですけどね。分かってなかったんでしょう。今回『ワクワクとは何か』と考えて、設計に織り込んだら、予想外の成果が出ました」
世良は、全員の最終日のタイムを見ながら話した。
そして、絵里奈を見て続けた。
「『良いことが起きる手ごたえ、実感がワクワク』ですね。今回、はっきり言語化できました。先生のおかげです。私も勉強になりましたよ。トレーナーとしてレベルが上がった気がします」
「ということは・・・」
絵里奈が含み笑いを浮かべながら世良を見た。
「はい。ワクワクします」
――やる気の技術 了――
お読みいただきありがとうございます。
この後も連作短編の形で続きますので、よろしければご覧ください。
◼️内容について蛇足
フォアフット全盛の昨今は、ピッチ走法は流行らなくなりました。厚底シューズとの相性もあまりよくないですしね。。
でも、中級者のパフォーマンス向上に有効な手段であることは、変わらないと思っております。
流行りで言うならスプリントドリルなのですが、経験上あれはアキレス腱が出来るまで距離が踏めないので、短期間で成果が出せる人が限られており、現実的ではないと見送りました。




