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泳げるまでの壁 色々な壁

 渡辺が電話を切ってから、ものの1分で汐野は会議室に来た。

 入るなり世良を見てニヤリとして言う。

「室長、お招きいただきありがとうございます!」

「みんな、それを言うんだよな。。。普通に世良と呼んでください」

 世良は苦笑いをした。異動後はじめて話す人には、これが定番のやりとりになっている。


「そうしたら、説明を続けたいと思います。お子さんの体育・・・水泳とか鉄棒とかに悩む親御さんに『子供の教え方』の指導をする商品を作れないかという話です。まず、その素案を説明するので、皆様にはご意見をいただきたく」

 世良は汐野が加わったことで、改めて概略を説明した。

「分かりました!室長!」

 汐野が笑顔でハキハキと答えた。彼女は普段、打ち合わせと言えばクレーム対応ばかりなので、こういう会議に呼ばれるのが楽しいのだそうだ。


「まずは、見極めです。ここからは水泳に特化してお話しますが、お子様の泳げない原因を見極めなければいけない。カウンセリングは当然しますが、それだけだと商品レベルの指導は難しいかと思います」

「親御さんもプロじゃないからね。カウンセリングで正しく原因が伝えられるなら、自分で指導できるだろうし」

 世良の説明に、古田が合いの手を入れる。

「そう。だから、動画を使いたいのだけど・・・さすがにお子さんの動画を取って来てというのは、キビしいですよね?」

 世良が全員を見渡しながら言った。

「うん。相当デリケートな個人情報だからね。それを必須には出来ない」

 と渡辺。

「任意でも難しいですね。強制ではないことや、その動画を不正に扱わないことを誓約するマニュアルにしたとしても、そのマニュアルが必ず守られるとは限らなので」

 と汐野。

「耳が痛いですね・・・やっぱり、クレームになるような案件はそういうのが多いですか?」

 世良が聞く。

「はい。マニュアルを守ってたら防げたケースは多いです。だから、マニュアルを整備する一方で、それも完全には守られないと想定して置く必要があるかと」

 先ほどまでの笑顔とは打って変わって、汐野は自分の専門になるとキリっと話す。

「なんか、すみません。。。」 

 トレーナーの4人が一斉に汐野に頭を下げた。


「ちょっと、思ったんですけど・・・」

 青田が控えめに手を上げた。それを見て世良が続きを促す。

「そもそもプールで動画なんか撮ったら捕まりません?」

「あっ、そうか!」

 と所沢。

「確かに・・・ということで、色々踏まえると、撮ってもらうことは想定せず、何かを見せて貰えたらラッキーぐらいに思っておきます。代わりに典型的な駄目な例をいくつか事前に動画に撮っておき、それを見せて、お子様に当てはまるのはどれか聞いてみたらどうかと」

 世良が説明を続けた。

「さっきの話で言うと、息継ぎの度にお尻が沈むような例ですね」

 と青田。

「横からだけじゃなくて、上から見た動画も欲しいな」

 古田が言う。


「ストリームラインって、横からだけじゃないでしょ。子供はまだ筋力が弱いからさ、足が閉じれないのも、結構あるあるだよ。最初は足を揃えてバタ足しても、だんだん波や水の抵抗に負けて開いていくんだ」

 古田がホワイトボードの前に出て、足が開くパターンの絵を描いた。

「このパターンだと、ついでにゴムチューブや、足に挟むようなトレーニングボール売れますね。内転筋鍛える為に」

 所沢が食いついた。

「鋭いね。そう、弱点が分かったら、その指導方法も動画にして説明する。で、その中でちゃっかり商品使ってたら販売にもつながるワケだ。バタ足が股関節じゃなくて膝を曲げちゃうのも、なかなか進まない原因としてよくあるけど、それに対してもチューブトレーニングは有効だよね」

 世良が後に続いた。


「一ついいですか?」

 と汐野が手を上げた。

「その場合、必ず商品を使わないトレーニング方法も入れて欲しいですね。商品ありきだと『指導と言いつつ結局商品を買わされた。最初に言われた金額以上の出費をさせられた』ってお叱りをいただくので」

「確かに。。。やばい、商品ありきのネタばかり考えてた」

 世良が苦笑いする。

「他に何かあるの?」

 と古田。

「水泳の一番最初の壁って、水に顔を着けられないことでしょ。これは、たぶんプールよりも家のお風呂で練習した方がいい。その際に、ゴーグル買ってあげると、少し面白くなるじゃん」

「はいはい。顔を水に着けるのに慣れたら、今度はゴーグルして10数えるまでお風呂に潜りなって感じね」

「そうそう。潜れたら今度は潜りながら鼻でゆっくり息を吐くとかね。まぁ、これはゴーグルなくても出来はするから、まずゴーグル無で説明して、それでも怖がる場合の方法として付け足せばいいかな」

 世良と古田の会話に汐野が頷きながら聞いている。


「その次の壁って、たぶん『浮かない』ですよね?それってどうします?」

 佐々木が聞いた。彼は専門が陸上で、水泳はあまり得意ではない。これを期に弱点を克服しようとひそかに思っている。

「理論上は人間は浮くからね。特に肺は空気があるから絶対浮く。浮かない人は、肺に空気を溜めた上で逆に沈もうとすればいい。沈むのって難しいから体は勝手に浮いてくる。その感覚を掴めばいいんだ」

 と世良。

「でも、子供だとそれも出来ない子いるよ」

 古田が反論した。


「詳しいね!子供に教えてたことあるの?」

 世良が少し驚いて聞く。ある程度ここで全体の方向性を詰め、社長の承認を得たら、それぞれのコンテンツは社内でその競技や児童体育の経験者を募り、細かい部分を作り上げるつもりだった。でも、この中に経験者がいるのなら話が早い。

「学生の時ね。バイトでプールの監視員してたんだ。その縁でちょっと教えてた」

 古田が知らなかったの?という顔で答えた。

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