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スランプ色々 中堅病

 世良は所沢を会議スペースに連れ出した。

 まだ勤務中だからと一瞬戸惑う所沢に対して、店長の長澤には了承を得ていると告げ、ずんずんと先に行く。


「スランプなんだって?」

 会議室の席につくなり世良が言った。

「はい。さっきみたいに担当を変えてくれと言われたりで・・・指名数が激減で、継続率も落ちているのでトレーニング件数も落ちてて・・・」

「まぁ、まだブレの範囲だけどな。これだと給料1万ぐらい落ちるから気にはなるよな」

 世良は開いたノートPCを見ながら話す。たぶん所沢の個人データを見ているのだろう。

 黒須スポーツのトレーナーは基本は固定給だが、担当した件数によって歩合が付く。その辺のデータまで見ているようだ。

「いや、まぁお金は別に気にしてないんですけど・・・」

「なんで?気にしろよ。自分の価値なんだから」

「・・・はい」

 実績が伴わないせいか、所沢は覇気が無く、少し煽ったぐらいでは反論もしてこない。


「でも、さっきのトレーニング見た限りだと要因は明確だよ。こんなの今日にでも直る。さっさと立ち直れよ」

「え゛っ?どういうことですか?」

 ここしばらく苦しんだことに対して、あまりにあっさりと言われるので所沢は困惑した。しかし言っている相手が世良なので、立ち直ることができそうな気もしてくる。

「スランプってのは原因が分からないのが一番ヤッカイなんだ。でもお前のはただの中堅病。原因が明確だから、そこを修正するだけだよ」

 やはり、世良はあっさりと言う。


「中堅病って何ですか?」

 所沢は反射的に携帯を取り出した。

「ああ、検索してもそんな言葉出てこないぞ。世良用語だから。中堅トレーナーが陥りやすい状態のことだ。端的に言うと、お前のレベルが急に上がりすぎなんだよ。それを、お前自身が自覚していないのが問題なんだ」

「・・・」

「具体的に言うと、話が難しいんだよ。筋肉の名称言い過ぎだし、胸鎖乳突筋の左右差と頭痛の関係なんてあの場では余計じゃないか?」

「余計・・・ですか・・・」

「ピンと来ないだろ?それが中堅病なんだ」

「すみません、メモ取って良いですか!」

 

 所沢の覇気が戻った所で世良は説明をする。

 トレーナーのような仕事は、経験を積めばどんどん自分の知識が増え、身体操作にも長けてくる。複雑な体の連動や重心まで見えるようになり、より細かいアドバイスも出来るようになる。

 しかし、当たり前だが、お客様のレベルは千差万別だ。

 だからお客様が素人の場合、指導をする知識レベルも技術レベルも、そのお客様が理解できるレベルに落とさなければいけない。

 トレーナー側のレベルが上がれば上がるほど、落とす幅も大きくなるので、所沢のように急成長した者はその調整がうまくいかず、このようなスランプに陥る。

 素人に取って何が難しくて、何が難しくないかの整理が追い付いていないからだ。


「例えばさ、胸鎖乳突筋の起始と停止は?」

 世良が聞いた。『起始と停止』とは筋肉が付いている部分を指す。

「胸骨と鎖骨と乳様突起です」

 所沢は答える。

「な、こんな質問にお前は秒で答える。でも、家族とかに聞いてみな。『胸鎖乳突筋ってどの筋肉?』って。起始と停止どころか、筋肉を正しく指せる人の方が少ないから」

「確かに・・・」

「知らない単語が頻繁に出てくることって、聞いてる方からはストレスなんだよ。トレーニング中はノート取ってるわけでもないだろ?教えてもらっても覚えきれないよ。『覚えられない』という事象もまたストレスになる」

「・・・」

「そもそもお客様は、座学をしに来てるわけじゃないからな。ストレスが続くとだんだん相手の配慮の無さに不信感を覚えてくる。そうだな・・・例えるなら・・・」

 世良はしばらく考えた。


「前に自分で言ってたよな。『ただの意見の出し合いなのに、なんでブレストとか言うんだ』って」

「あっ!」

 所沢が腑に落ちたようだ。

「『インタラクティブでシームレスなイノベーションをローンチします』とか言うヤツ、ムカつくだろ?」

「確かに!」

 所沢は今日初めて大笑いした。

「そりゃ、次回は他の人でって言われますよね」

 

(うん、だいぶ、いつもの所沢に戻った)

 世良はそう感じたので、話の方向性を変えることにした。

「まぁ、自分じゃワカランよな。言葉にすると『相手に伝わる言葉で話しましょう』とかになるんだけどさ」

「はい。『共通言語で』とか言いますよね」

「そうそう。そんなノウハウ用語だけは色々あるんだけどさ。いざ、当事者になってみると分からないもんだ。そういえば、この前店長会議でさ」

 世良は先日の店長会議で、水野が話したコンサルの話を伝える。


 そんな会話で盛り上がっている時、店長の長澤がこちらに来るのが見えた。


「すまん、ちょっといいか?」

「どうぞ」

 世良が答える。

 思いの他なごやかに雰囲気に長澤は一瞬、拍子抜けしたような顔をした。

「楽しそうだな?」

「お陰様で」

 所沢が歯切れよく答える。


「・・・そうか。先ほど新規のトレーニングの予約が入ったんだ。今日の夕方なんだけど。。。」

「大丈夫です。やります」

 やはり所沢が即答する。

「事前アンケート見ると結構難しそうな案件なんだけどさ・・・」

「ちょうどいい、まだ少し時間あるし、一緒に対策立ててしまおう!」

 世良が答える。

「助かります!お願いします!」


 二人の様子を見て、長澤は、世良はいったいどんな魔法を使ったのだろう?と思った。

「そうしてくれると助かるが・・・いいのか?」

 長澤が世良に言った。彼はトレーナーではないので、世良がフォローしてくれると正直助かる。しかし・・・

「大丈夫。今日は休みだから」

 事も無げに世良が答えた。

「いや、余計に悪いだろ!」

「そう思うなら、後で飯でも奢ってくれ」

 長澤の配慮を知ってか知らずか、世良はあっけらかんと言ってのけた。

「そうか。じゃあ頼むよ。悪いな。。。」

 勢いに押される形で長澤は了承した。

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