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スランプ色々 当たり前

「いいですね。所沢さんは、どういうことを勉強した方が良いですか?」

 水野が前のめりに聞いてくる。

 言葉では『所沢さんは』と言っているが、暗にここにいる店長達に、もっと勉強しろと言っている。

 それを踏まえ、世良は慎重に考えながら答えた。


「いくつかあるのですが・・・まずは大前提としてトレーナー部門は半年連続黒字です。もう会社にとって不要な部門ではない。わざわざコストをかけて解体・再編成するメリットが何もないことです。設備、人はもちろん、既に販売している回数券やサブスク会員への対応等をしてまで解体する意味がない」

「その通りです。その黒字化の立役者の一人なんですけどね、所沢さんは・・・」

 水野はため息をつく。それに頷いて世良は続けた。


「次に法律関係。今の日本は、簡単に正社員をクビにできません」

「そうですね。社員は守られています。切られる可能性があるのは私や高田さんのような役員です。私たちは守られてませんからね。特に何か失態が無くても任期があるので、そこでサヨナラということもよくあります」

 他の店長達は、カリカリとメモを取り出した。

 その様子を見ながら世良は続けた。


「そしてウチの会社についてです。今のウチはブラックではない。『だから法令順守だよ。変な切り方はしないよ』と言えます。私が入社したころはかなりブラックでした。でも時代に合わせて段々薄い灰色になってきています。そして、外部から社長を招聘して黒に戻ることはないと私は思っていますが・・・」

 世良はそこで一旦言葉を切った。理屈ではそう思うのだが、ここは役員の口からの意見も聞きたかったからだ。


「全くその通りです。ブラック企業というものは上層部に力があるか、人材があふれていなければ成立しません。採用難のこの時代、何のカリスマもない外からの社長がブラック企業を運営することなんか出来ませんよ。それをやったら会社は潰れます。新社長はそんな馬鹿ではありません」

 

 ここまでは世良の回答は水野の意に添っているようだ。しかし世良は、ほっとすると同時に、水野の言葉に軽く反感を覚えた。

(なんでだろう?なんか引っかかる・・・)

 そう考えていると高田が口を開いた。

「その社長像が分からないというのが、現場の不安の原因なんだろうな」


 みんなが高田に注目する。

「世良はオレや水野さんと関わり深いからイメージ出来るんだろう。でも普通の社員が『経営者はこう考える』なんて分からんよな」

 店長たちが一斉に頷いた。

(そういうことか!)

 世良は自分の反感の正体が分かった。水野の一方的な『現場が勉強不足』というスタンスが癪に障ったのだ。そこを察して言語化する高田の能力には素直に舌を巻く。


「なるほど」

 水野は一旦考えた。

「詳細な経営方針発表は来年行う予定ですが、少し前倒した方がいいかもしれませんね」

 水野が独り言のように言う。

「経営方針発表はスケージュール通りでいいと思いますが、その前に考えてることの概略だけでも何か話させましょうか?」

 高田が提案し、それに水野が同意した。


(上手いなぁ・・・)

 高田の言葉に世良は思わずニヤリとした。新社長に対して『話させる』という言葉を使うことで、高田と水野のスタンスを示した。この、たった一言で高田は店長達に安心感を与えてしまう。


「何ニヤけてるんだよ」

 高田が世良に突っ込んだ。

「いや、すみません。高田さんと水野さんがいつも通りなんで、少し安心しました」

 世良の言葉に高田が「当たり前だろ」と吐き捨てて、フンと鼻を鳴らす。

「まぁ、世良までそうなら、現場は不安なんだろうな。なら、お前らは覚えておけ!」

 高田は全店長に向かって言った。


「会社を動かしているのは普通の社員だ。普通の社員が、普通の仕事をして稼げるようにするのが経営の仕事だ」

 店長達は一斉にメモを取り出す。

「だから普通の社員を取り換えるなんてことは、マトモな経営者ならしない。コストがかかるだけで意味がないからな」

 あちこちから「おおー」「そうか」と納得の声が上がる。


「そもそもネットとかで語られる『本当に優秀な社員』なんて、どこにもいないだろ?少なくともオレは見たことない。そんなレアな人材をアテにするようじゃ経営者失格だ。これは役員にも言える。『本当に優秀な経営者』なんて、そうそういるもんじゃない。オレだって水野さんだって、新社長だってそんな特別な能力は無いよ。お前らより少し経営を勉強して実務経験がある程度だ。別に怖い存在じゃないからな」


「コンサルはどうなのでしょう?」

 一人の店長が手を上げた。

「彼らこそ、マニュアル通りのことしか言いませんよ」

 それに答えたのは水野だった。


「コンサルが言うことなんて、決まっています」

 そう言ってホワイトボードに水野が板書した。


 ・PDCAを回しましょう

 ・強みを作りましょう

 ・成功事例をマニュアル化、横展開しましょう

 ・成果、進捗、評価を見える化しましょう

 ・効率化しましょう

 ・無駄を削減しましょう


「どれもビジネス書に書いてあることばかりです。店長のみなさんで、これを聞いたことない人なんていないでしょ?」

 水野はパチンとボードマーカーのキャップを閉めて言った。

「肝心なのはこれらの中身ですが、それを教えてくれるコンサルはほとんどいません。『具体的に何をしたら』と聞いたら大抵『それは皆さんで話し合った方がいいです。皆さんの方がこの会社を分かっていますから!この機会に幹部たちの交流を深めましょう!』と答えます」

 水野は、コンサルが好きではないのが伺える。かなり悪意のあるコンサルのモノマネに、店長達から笑いが起きた。


「では、何でコンサルを入れるんですか?」

 また別の店長が質問した。

「当たり前のことをやる為ですよ。これらは、分かっているけど出来てないことが多いでしょ?そういうことをやるには第三者に言わせてキッカケを作った方が動くんです」

 水野はホワイトボードに書いた箇条書きを示しながら説明した。


 その後も店長達からの質問が殺到し、店長会議はちょっとした勉強会のような様相になった。


(会社の方は大丈夫そうだな)

 世良は思った。


(しかし、会社も一緒なんだな)

 気になっていた部分が解決すると、世良は別のことを考える。

 水野の言うことが正しければ、フィクションの世界であるような、コンサルタントが経営不振を劇的に立て直すということは難しいように思える。

 結局は当たり前をヒントに一つ一つ見直していくしかないのだから。

 これはスポーツのスランプと一緒だ。現実世界では奇策が功を奏することはほとんどない。有効な策ほど地味で当たり前なのだ。


(会社が大丈夫なら、後は所沢のスランプを見てやるか・・・)

 世良はいくつか今後のプランを考えた。


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