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スランプ色々 プロローグ

 その日の店長会議に参加する者達は、いつもとは少し違う緊張感を持って臨んでいた。

 何かしら新たな発表があるかもしれないからだ。それも、あまり歓迎しない発表が。


 緊張の原因は、先月、創業者である黒須社長が高齢を理由に会長職に退き、代替わりをしたこと。

 新たな社長は生え抜きでも親族でもなく、外部からの招聘となった。

 新社長は直近では某飲食チェーンの業績改善で実績を上げており、自身の参謀となる役員を2名引きつれ、現状調査と今後の展望の為にコンサルタントを数社入れた。

 今の所、目立った動きは何もないのだが、裏では来年度に向けての組織改編や、制度改革が動き出したと言われている。


「大幅な人事があるのでは?!」

「新社長はコンサル畑だから、数字でしか評価しないかも。業績不振の部門や社員は総とっかえもあるのでは?!」

「トレーナー部門は今度こそ潰されるかもね」

 現場ではそんな会話が飛び交っている。


 しかし、店長会議は素っ気ないほどいつも通り進んだ。

 店長達はそれぞれ先月の業績報告と、次月の営業方針を報告する。それを受けて専務取締役の水野と常務取締役の高田が意見をする形だ。

 先月の成績が振るわない時、店長は胃が痛い思いで発表するのだが、幸い先月の新港北台店は好調で、世良の報告に対しては「この調子で頑張れ」と言われる程度で終わった。


 波乱があったのは本店の発表の時だ。

 本店の店長、長澤がバツが悪そうに報告をする。営業成績はギリギリだが予算を達成している。問題なのは人事報告だ。

「トレーナーの所沢が退職希望を出しています・・・」

「えっ?何で?!あっすみません・・・」

 二人の取締役より先に世良が声を上げた。

 世良は所沢とは関わりが深い。所沢が起こしたクレームのフォローをしたことから始まり、トレーナー部門の販売力のテコ入れに協力してもらい、一緒にボクシングジムのフィジカルトレーナーを担当している。彼はトレーナーとしての成績も悪くないはずだ。


「理由は何ですか?」

 改めて水野が聞いた。

 世良も無言で頷き、長澤店長の答えに注目した。


「『自分はトレーナーに向いていない』と言っています。最近スランプ気味なので、気持ちが落ちているのだと思います。そこに新体制に対する不安も重なり・・・」

「新体制に対する不安って何ですか?」

 長澤の歯切れの悪さに対して、食い気味に水野が質問した。

「新組織では自分は必要とされないのではとか・・・」

 やはり長澤の答えは歯切れが悪い。

「それに対して所沢さんに、貴方は何て答えたのですか?!」

 水野は明らかにイラついていた。


「『不安な気持ちは分かる』と共感した上で、まずはヒアリングに注力しました・・・ただ、自分は所沢と一緒に働きたいという気持ちを伝え、どうしたら所沢の人生にプラスになるか一緒に考えていこうと伝えました・・・そして『また話をしよう。一旦、もう一度冷静に考えて欲しい』と言っている状態で・・・」

「要は先送りしたんですね」

 水野の言葉に長澤は何も返せない。


 数秒間の間、会議室は静まり返った。水野は目を閉じて眉間にシワを寄せている。

 こういう時は、言葉を選んでいる時だと世良は知っている。


「みなさん、今の長澤店長の話を聞いてどう思います?同じような話をする人?」

 水野が片手を上げる。長澤に同意な者は挙手せよという意味だ。


 店長たちは周りを見ないように正面を向きつつ、しかし気配で周りを伺っている。そして自信なさげに二人が手を上げた。

 水野はフンと鼻息をついた。


「世良さんは手を上げてませんね」

 水野が世良を見る。

 世良は(やっぱり来た・・・)と思いつつ軽く頷いた。


「世良さんならどう対応します?もしくは長澤さんと違う点はどこですか?」

「はい」

 世良は1秒だけ考えた。心情的には、店長仲間である長澤を落とすような発言はしたくない。そして、本質的には、自分も何が正解か分からない。しかし、水野が自分に話を振ったのは、いつものアレだ。その観点なら正解は分かる。


「不安な気持ちは分かっちゃいけないというか・・・分かりつつも共感してはいけない部分かな?と思いました」

「その通りです!!」

 水野はドンと机を叩いた。


「では世良さんなら所沢さんに、どういう話をしますか?」

 水野の顔からイラつきは消えている。

「一般論ですか?それともリアルに所沢さんを想定してですか?」

 世良は念のため確認する。

「いいですね。では所沢さんに対して、世良さんが話すならという想定でいきましょう」

 と水野。

 機嫌は完全に直っており、むしろ楽しそうですらある。

 もう、これは完全にいつもの手口だ。


 店長会議での水野は、一人の優秀者を過剰に持ち上げたり、逆に一人を代表して大げさに叱ったりする。そうすることで印象付けて、参加者全員に対する教育効果を期待しているのだ。


 世良は水野のこういう、テクニックで人を動かそうとするやり方が嫌いだった。

(そんな見え見えの手口に自分は乗らない!)

 いつも内心そう思っていた。しかし、周りを見ると一定数の効果があるのは認めざるを得ない。

 また、水野が教育しようとしている内容自体は、正しい思うことの方が多い。

 総ずると、世良は水野のことは、『学ぶことは多いが人としては好きではない』と思っている。


 やり方は気に食わないが、今回は現場がそわそわしているのは事実。今日の様子を見るに、店長陣も上手く立ち回れていないようだ。それならば今は、水野の側に立った方がメリットがある。


(長澤・・・ゴメン)

 心で謝り、世良は意を決する。


「私は所沢さんと付き合いが深いので、あえて呆れて見せて、その上で叱るかもしれません。『もっと社会を勉強しろ!』と」

 水野は満足そうに二度三度頷いた。


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