跳箱と最適解 エピローグ
某日水曜日の馬彦運動公園。時間は18:45分を少し越えた所。
19時開始のランニングセミナーの参加者が徐々に集まってくる。
「あら、かわいいわね。弟さん?」
孝太郎の携帯を、覗きこんだ女性が声をかける。
「はい。この間運動会だったんですよ」
孝太郎が答える。携帯でその動画を見ているようだ。
「跳び箱ね。おーーー!ちっちゃいのに凄いわね。これ何段?」
「6段です」
「弟さん、運動神経いいのね!」
「いや、1か月前まで全然跳べなかったんですよ。特訓してなんとか、ここまで出来るようになりました」
「へぇー孝太郎君が教えてあげたの?」
「はい。自分と父で」
「凄いじゃない!いいお兄ちゃんね」
「ありがとうございます。ただ、なんか弟が『兄ちゃんに習った』って言って回ったらしくて・・・弟の友達に懐かれて困ってます。教えた内容は、ほとんど世良さんの受け売りなのに・・・」
孝太郎は、大きくため息をついた。
「『困ってる』ねぇ・・・」
その様子を遠巻きに見ていた世良が言った。
「そのワリには得意気ですよね。あの話聞くの、もう自分は3回目ですよ」
「私も5回以上聞いてます」
隣の絵里奈が答える。
「お父さんは、10回以上聞いてると言ってました。あのご縁で、時折パーソナルトレーニング受けに来られるんですよ」
「へぇーー!どんなトレーニングされてるんですか?」
「いや、内容は普通の筋トレや有酸素ですよ。話に来てる感じです。運動しながら、ずっと教育論やマネジメント論話してますね」
「らしいですね。世良さんと話し合いそう」
遠くでそんな話をされているとも知らず、孝太郎の蘊蓄は続いている。
「しかし教えるのは簡単なんですけどね・・・それだけじゃダメなんですよね」
孝太郎は大げさに腕を組んだ。
「そうなの?」
「そう。ある程度は自分でも考えさせないと身にならないんで」
「ああ、なるほどねぇ。難しいのねぇ」
相手をしているセミナー常連の女性が聞き上手なので、孝太郎は止まらない。
「はい。その『教える』と『考えさせる』のバランスが難しいんです・・・」
孝太郎は腕を組んだまま、目を閉じて眉間にシワを寄せ、首を傾げる仕草をした。
「そういえば、孝太郎君、先生になりたいって考え出したみたいですよ。お父さんが言ってました」
世良が言った。
「あら、同業者になるのか。楽しみですね」
「もし相談されたら、色々話してやってください」
「はい」
絵里奈が言った。
「先輩として『教える』と『考えさせる』のバランスを考えながら、相談に乗りますね!」
お読みいただきありがとうございます。
この後も連作短編の形で続きますので、よかったらご覧ください。




