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跳箱と最適解 プロローグ

 その日は雨だった。

「こんな日でもセミナーやるんですか?」

 黒須スポーツ新港北台店のスタッフが世良に言った。

 世良は毎週水曜日の夜、宣伝も兼ねて近くの運動公園でランニングセミナーをやっている。ちょうど、今、出る準備をしている所だった。

「雨でもけっこうランナーは走るんだよね。誰もいなかったら帰ってくるけど、たぶん数人はいると思う」

 世良が答えた。そして、スタッフに不在時の指示を出して店を出る。


 雨だけでなく、風も結構ある。道行く人が何人も傘を逆さまにしていた。世良は合羽代わりの防水性ウエアを着ていたので、それは免れたが、公園に着く頃にはシューズの中までぐっしょり濡れた。

 今日はセミナーの内容は、ランナー向けのストレッチを予定していたのだが、これは内容変えた方が良さそうだと、世良の頭はフル稼働していた。


「はい。ではセミナー始めます。担当します。世良と申します・・・っと、流石に今日は常連だけですね」

 世良は参加者を見渡す。

「そこのお兄さんは初めてじゃない?」

 この公園のランナーの主のような加藤という老人が言った。

「あれっ、そうだっけ?」

 世良は言われた少年―深沢孝太郎を向いていった。

「ここは初めてです」

 孝太郎が答えた。

「そうか。先生の学校の陸上部なんです。私はよく知ってるんで、初めての気がしませんでした」

 世良は、先生―石井絵里奈を指して言った。他の参加者は『ほーーそうか』『先生の生徒さんか』『速そうだね』と勝手に盛り上がりだした。絵里奈はいつの間にか常連になっており、走力が高いことも知れ渡ってきたので、彼女の生徒というだけで、もう他のメンバーは孝太郎を輪に入れている。


「ということで、改めまして、今日のセミナーのテーマは『ランナー向けのストレッチ』とお知らせしていますが・・・今日言えることは一つだけです。こんな日に外でストレッチしないでください!体が冷えます」

 一斉に笑いが起きる。

「ということで、もう走りましょう!常連のみなさんには何度もお話していますが、ウォーミングアップとストレッチはイコールではありません。スロージョグは、それ自体がウォーミングアップなので、ゆっくり走りましょう!」

 そう言って、世良はジョギングを開始した。


 この運動公園は、一週1kmの周回コースがあるのだが、世良は今日はそこにこだわらなかった。園内で比較的風雨が凌げる木陰を多く通るようコース見繕って、そこを往復するようにする。

「雨の日はこうやって走ればいいのか!」

 参加者の一人が言った。

「開き直って濡れて走るのも悪くないですけどね、自分はこうやります。難点は短い距離の往復になるので、飽きることですね。正直一人だとツマラないです。。」

「確かに。でも、こうして何人かで話してたら全然有りだな」


 参加者が慣れてくると、世良は走りながら雨の日のランニングの蘊蓄を話した。

「今日はこれ以上ペースを上げません。滑ると危ないし、濡れたウエアで可動域が広い運動すると股ズレしやすいので」


「雨の日におすすめのシューズは、とにかくグリップ重視ですね。アシックスのターサーのような靴底が個人的に一番お勧めです。最近、あのタイプ減ったんですけどね・・・」


「雨の日は、汗をかいた自覚が無いので脱水に気を付けてください。冷えと脱水対策の両方の面で、練習後の豚汁が最高ですね」


 そして、セミナーとして格好がつく程度の蘊蓄を話したら、今度は常連参加者達の質問、相談に答えながら走る。


 常連は、一般向け内容のセミナーよりも、雑口場乱に情報交換しながら走ることが参加目的になっている。だから世良は、風雨に曝されながらも各参加者と話が途切れることなく走り続けた。


「今日はどうしたの?何かスランプとか?」

 孝太郎は何か話したそうな雰囲気を感じたのだが、自分から来なかったので世良から話しかけた。

「いや、オレは絶好調なんですけど・・・」

 幸太郎は少し、口ごもる。

「世良さんに相談があるって言うんで、連れて来たんです。こんな雨の中来たんだから、聞けばいいじゃない」

 絵里奈が世良に説明しつつ、孝太郎を促した。


「はい。変な相談なんですが・・・」

「いいっすよ。自分で答えられることなら」

 幸太郎は意を決して聞いた。

「跳び箱跳べるようにするには、パーソナルトレーニングって、いくらかかります?」

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