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ダイエットの嘘と方便 マニュアルとは

 世良の言葉の真意を測りかねて、二人は沈黙した。世良は、かまわず続ける。


「そもそも、青田さんの指導に関しては『あれでは痩せない』とは、言われてないですよね?」

「はい。頼りない、新人っぽいというのが理由でした」

 汐野が答える。

「所沢君に話した理由も『当たり前すぎる』でしょ。それに対して、所沢君のメニューは『あれでは痩せない』と、はっきり言われている。逆に言えば、青田さんのメニューは痩せないとは言われてないじゃん」


「でも、当たり前すぎるって」

 青田が食って掛かる。


「『当たり前すぎる』なんて当然だよ。当たり前が一番痩せるんだから。でも、その当たり前は自己管理じゃできない。だから、我々が仕事になるんだ」


 世良は、こともなげに言う。見ようによっては挑発しているようにも見える。


「それは、後藤さんに言ってくださいよ!青田に言われても、どうしょうもないじゃないですか!」

 泣き出しそうな青田に替わって、所沢が声を張り上げた。


 その瞬間、世良の目が一気に冷たくなる。


「だから、駄目なんだよ。キミ達は。。。」


 世良は、そう言うと、高田常務の方を見た。


「お前を呼んだ意味分かっただろ。今、現場はこんなレベルなんだ」

 高田は深いため息をつく。世良は無言で頷いてから、少し考えた。


「もう少し続けていいですか?」

 と、世良。

「ああ頼む」

 と、高田。世良は全員に向かって改めて口を開く。表情も口調もいつも通りに戻っていた。


「今の話は、口で説明するより、やった方が早いね。1回、自分が青田さんと同じ内容でロープレやるから見てて」


 突然の提案に、青田、所沢、汐野は無言で頷く。


「後藤さんに対して、同じヒアリングをするよ。ただし、自分が現場でやる話し方でやってみる。で、二人は何が違うか考えながら見ててほしい」


 世良は二人に向けて、そこまで言った後

「という形でやって、いいですかね?」

 と高田の了解を取った。


「ああ。じゃあ、お客様役は、またオレがやるな。ここに書いてないことを世良が言った時は、適当に合わせるぞ」

「よろしくお願いします」



 ケース3 世良による青田アレンジ


「後藤さん、こんにちは。本日担当します、世良と申します。よろしくお願いします」

「お願いします」

「シートご記入ありがとうございます。これを元にお話し伺いたいんですが・・・一番痩せていた時と比較して現在、体重で20kgぐらい増えてしまったと」

「そうですね」

「それで目標が、夏まで、だいたい3か月で、ある程度減らしたいと」

「そうです」


 ここまでは青田のロールプレイと、まるで同じだった。

 しかし、この後、世良の様相が変わっていく。

 一旦、ヒアリングシート(に見立てた紙)を凝視して

 

 (3か月ですね・・・)


 と、聞こえるようにつぶやいた。

 そして、声のトーンとボリュームを、ハッキリと上げて


「分かりました」

 と、一回言い切った。

 その後、畳みかけるように続ける。


「では、その『ある程度』に応じてメニューを組みたいので、もう少し詳しく教えてください。体重何kg減らしたいとか、ウエスト何センチ細くしたいとか・・・そういった目標ってあります?」


 声のトーンとボリュームは戻しているが、話すスピードは上がっている。

 ただし、早口で聞き取れないということは無い。滑舌がしっかりしているからだ。


「んーーーーんと・・・10kgぐらい落としたいかな」

「なるほど。結構しっかりめに落としていくのですね。そうなると、参考までに教えていただきたいのですが、今まで何か減量ってされたことありますか?」


 今度は、話のスピードを落とした。相手が言った内容を、ゆっくりと嚙み締めているような話し方。


「はい」

「その際に、今回のように短期間・・・3か月程度で10kgって落とされたことあります?」

「ありますよ」

「ああ。やっぱり」

「やっぱりなの?」

「はい。けっこう高い目標をサラリと言われたので、何かしら、成功経験があるのかなと思いました」

「やっぱり目標高いんだ。無理かな?」

「難しいけど、無理というレベルではないですね。ギリギリです」

「そうなんだ」


 このやり取りは、青田のロールプレイには無かった。世良のアドリブに高田が答えた形だ。


「ちなみにですけど、過去に10kg落された時は、どんな減量をされてました?運動とか、食事制限とか」

「うーーーん、しょっちゅう太ったり痩せたりしているんで、色々やってますよ。走ったり、ジム行ったり、糖抜きしたり、ファスティング(断食)したり、一通りやったことあります」

「色々やられてるんですね。では、今回、ウチにいらっしゃったというのは、以前のやり方では落ちにくくなった・・・とかでしょうか?」


 この質問も、青田の台本には無い。話の流れからの世良のアドリブだ。


「そだね。前はちょっと運動して食事制限したらすぐ落ちたんだけどね・・・歳のせいか、なかなか落ちなくなって・・・」


 高田もアドリブで返す。


「なるほど・・・筋肉量がしっかりありそうなので、単純に歳のせいってことも無さそうなんですけどね・・・でも何か、落ちなくなった原因はあるんでしょうね・・・」

「そうですか?そうなら、私もそれが知りたいです」

「ですよね。そうだな・・・」


 世良はここで、一歩下がり、後藤さん(を演じた高田常務)と、手元のヒアリングシートを真剣な目で交互に見た。

 そして、数秒考えてから続けた。


「分かりました!そうしたら、今日は、つまらないかもしれませんが、当たり前のことをやらせてください」

「当たり前の?」

「はい。全身しっかり計測をして、全身の筋トレをして、心拍数を測りながらの有酸素、最後に食生活の相談という形ですね。そして、その運動時の状態や、食事制限による体の反応を見ていけば、落ちなくなった原因の判明と、より後藤さんに合ったメニューを作っていけますので」

「なるほど!じゃあそれでお願いします」

「はい。それでは最初に計測からやりますね」


「こんな感じかな」

 そこで世良が区切った。汐野が拍手をする。続けて青田と所沢も拍手をした。

 所沢は、拍手をしつつ、小声で(すげぇー)と呟いていた。


「さて!」

 世良は意図して声を張った。ロープレの空気から会議の空気の戻す為だ。

「青田さんと何が違う?最後は、話の流れで少しアドリブが入ったけど、そこは抜きにして」


「すごいです!世良さんの接客初めて見ました!ものすごく親身ですね!お客様に寄り添っている感じがすごくします!」

 と汐野。

「ヒアリングが細かいですね。青田よりも細かいことを、色々聞きだしていました。それも自然に!」

 と所沢。

「何もかも違いすぎて・・・」

 と青田。


「じゃあさ」

 高田が口を挟む。

「これを踏まえて、明日からどうする?」

 まだロープレの余韻で、ざわつきが残っていた会議室が一瞬で締まる。


「もっと、しっかりお客様の事を考えて、しっかりヒアリングします」

 しばらく考えた後の二人の回答は、以降同音にこんな感じだった。世良は、それを聞いて苦笑いした。高田が嫌いな言葉が含まれていることを、知っていたからだ。 


「あのさ。『しっかりやれ』、『しっかりやります』なんて反省会は、一万回やっても次に繋がらないぞ」

「すみません。。。」

「そういうワケだ。世良、解説してやってくれ」

「分かりました」


 そう言うと、再び世良はホワイトボードに向かった。


「まず、最初に、青田さんは『何もかも違う』と言ってくれたけど、トークスキルとしては一つしか違わない。同じようなトークは君達でも明日から出来るよ」


「そうなんですか?!」


「ああ。簡単さ。青田さんのヒアリングはこう」

 そういうと世良は、ホワイトボードに板書した。


 質問1→質問2→質問3→・・・


「それに対してオレがやったのはこう」


 質問1

 →そうなんですね!それならば、これも教えてください!

 →そうなんですね!それならば、これも教えてください!→・・・


「要は青田さんのはアンケートで、オレのは会話なんだよ。所沢君も『細かいことを色々聞きだした』って言ってくれたけど、オレはそんなこと聞こうとしてるわけじゃない。青田さんが聞いた質問を、この形に当てはめようすると、自然にいくつか質問や会話が増えるんだ」


 世良の言葉を、二人はものすごい勢いでメモを取っている。


「何でこんなことしてると思う?」


「その方が、お客様も話を聞いてもらっている感が出るし、マニュアルっぽくないです」

「色々質問されるのって自分は正直、メンドクサいんですけど、これなら聞かれている意味が分かるので、答えたくなります」

「自分に興味を持ってもらっている印象を受けて、信頼できますね!」

 青田、所沢、汐野が答える。


「うん。お客様目線の理由はそんな所。もう一つ、トレーナー目線の理由がある。これが、先の話につながるんだ」


 世良は、ちらっと時計を見た。会議が始まってから1時間経過している。研修であれば、ここで二人に理由を一回考えさせる方が良いが、今はその場ではない。集中力も落ちて来る頃だし、そのまま一気に説明することにした。


「トレナーの仕事は準備が8割だ。顧客分析をし、メニューを考え、指導する内容・言葉・タイミングを考え、タイムスケジュールを考え、起こりうるトラブルを想定し、トラブルの対処法を考えておく。これらは全て、事前に準備しておくことであり、現場で考えるようでは遅い。咄嗟の対応が出来ないからね」


 青田と所沢は頷く。


「しかし、新規のお客様には、この準備がほとんど出来ない。事前情報が少ないからね。だから、新規は難しい!」


 青田と所沢が更に頷く。


「でも、実は、そんなことは無いんだ。過去の膨大な事例から、先人たちが既に準備をしてくれている」


 世良は、そこで言葉を切った。


「それがマニュアルなんだ!」


 世良は、周りを見た。それぞれのリアクションを見て、伝わっていることを確認し、最後の補足を話した。


「ほとんどのお客様は、マニュアル通りが一番効果があるんだよ。会話をこの形に当てはめる意味というのは、トレーナー目線では最終検証なんだ。『この方はどこまでマニュアル通りでいいか?』っていうね。この形に、つまり自然な会話に嵌め込めない部分があれば、そこはマニュアルをアレンジする必要がある部分だと思えばいい。えーーーっと、これ消していい?」

 世良はそれまで板書したものを指して聞いた。3人が頷くのを見て、板面を一気に消した。



「色々話したけど、これらをまとめるとこうなる。」

 世良は板面広く使って大きく書いた。


 マニュアル通りに見える → 新人っぽい、効果✕

 意味もなくマニュアルを無視 → 独善的、効果✕

 マニュアルに見せない(実はマニュアル通り) → 親身な人、効果○

 正しくマニュアルをアレンジ → 凄い人、効果◎


「実際、内容はマニュアル通りなんだけど、さも『〇〇さんの為に特別に組んだメニューです!』って伝えることはよくある。マニュアル通りが一番痩せる人だと確信している時に使う方便だね」

「だから、メニューの話をした時、『大事なのはそこじゃない』と言われたんですね。」

 と、汐野。

「そう。納得させる技術の方が大事なんだ。それと信頼を得る技術かな。これは運動フォームや食事の知識よりも、何倍も大事な技術だよ」


 そこまで言って、世良は席に戻った。


「ということだ」

 高田が言った。


「所沢、さっき、世良がさっき、当たり前のメニューが一番痩せると言った時、『そういうことは後藤さんに言え』って言ったよな」


「はい。。。すみません。。。」


「もう一回聞くぞ。『当たり前のメニューが一番痩せるって』ことを後藤さんに伝えるのは、誰の仕事だ?」


「私たちの仕事でした・・・」


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