ダイエットの嘘と方便 常套手段
「じゃあ世良」
高田常務が言った。
「このお客様・・・後藤さんが、同業で、かつ管理職と思った理由を教えてくれ」
「分かりました。えーーーーっと、書いていいですか」
世良は会議室のホワイトボードを指した。
「おう、頼む」
「色々あるのですが・・・思いつくまま挙げますね」
世良は、そう言いながらホワイトボードに向かった。
そして、時折考えながら、1分ほどで書き上げた。
・本人ではなく本社に連絡
・結果に関してドライ
・先読みでクレーム
・スタッフの特性を見抜くのが早い。ダメあるあるを知っている?
・ダイエット指導の常套手段がバレている(印象)
「こんなもんでしょうか?」
世良はそう言って、ホワイトボードマカーのキャップを閉めた。
「ほほう。そうだよなぁ。相変わらず言語化早いな」
「ありがとうございます」
「オレはこれで、だいたい分かるけど、みんなに分かるように説明してくれ」
高田が促す。
「はい」
世良は一旦、周りを見渡した。
トレーナー二人は急いでノートを出し、メモの用意をしていた。世良は二人の、メモの準備が終わるのを見計らって話し始めた。
「まず、『本人ではなく本社に連絡』ですが、本社に言った方が確実ということを分かっているので、会社というものを分かっている人ですよね。また、要求内容も必要最低限だし、スタッフに対して直接怒らないのも、不要な争いを起す気は無く、要求だけ通そうというスタンスが管理職っぽいなと」
「そだな」
と高田。青田と所沢は必死にメモを取っている。
「次に『結果に対してドライ』ですが、このサービスにお金を払う価値が無い!という判断をするのが管理職っぽく、またサービスの価値を適正に量れるのが同業者っぽいなと」
「そして『先読みでクレーム』ですが、『痩せなかった』というクレームではなく、『これでは痩せない』というクレームなので、やはり先読みで行動するスタンスが管理職っぽく、また即『痩せない』と判断できるのが同業っぽいなと」
「なるほど。それは気づきませんでした」
汐野までメモを取り始めた。
「次、『スタッフの特性を見抜くのが早い。ダメあるあるを知っている?』ですが、これはそのまんまですね。青田さんはマニュアルすぎる、所沢さんは強引に、自分の型に持っていこうとしすぎるというのが、普段からの課題なんじゃないですか?」
二人はバツが悪そうに頷く。
「ただ、ロープレを見る限り、そこまで大きい失点は無さそうなので、気づくの早いなと。普段からスタッフ育成、それこそロープレなんかもよく受けてるんじゃないかなと感じました」
「で、『ダイエット指導の常套手段がバレている(印象)』ですね・・・これは、ちゃんと話すと長くなるんですが・・・」
世良は、高田常務と汐野を見た。
「いいよ。話したいだけ話せ」
と高田。
「聞きたいです」
と汐野。
「はい。そもそもですが、ダイエットの理屈は一つしかありません。接種カロリーと消費カロリーのバランスです」
メモをしている人間が増えたので、世良は主要な用語をホワイトボードに書きながら、区切りつつ話した。
「接種カロリーの方が大きければ太り、消費カロリーの方が多いければ痩せる。これだけ」
「これを踏まえると、世の中の様々なダイエット方法は、この4種類に分かれます」
世良は箇条書きした。
・接種カロリーを減らすもの(糖抜き、断食etc)
・消費カロリーを増やすもの(ボクササイズ、ランニング、フットサルetc)
・管理するもの(レコーディング、パーソナルトレーナーetc)
・気分を盛り上げるもの(〇〇で痩せやすい体を作るetc)
「一番効果的なのは、『接種カロリーを減らす』ですね。次にここに書いたような運動です」
「筋トレはそこに入らないんですか?」
汐野が疑問を口にした。彼女は最初から本社勤務なので、トレーナー経験がない。世良が詳しく話しているのは、主に彼女に向けてだった。
「筋トレとか、ウォーキングはここ『気分を盛り上げるもの』ですね。カロリー消費の効果がないとは言いませんが、かなり少ないのでそれ単体での効果は微々たるものです。トレーナーはそのダイエット効果は計算に入れません」
「えっ、でも、みなさん筋トレやウォーキングはけっこう勧められていますよね?」
「はい。それは我々の役割がここだからです」
そう言うと、世良はホワイトボードの『管理するもの』を指した。
「パーソナルトレーナーを付けたら痩せるのは、管理するからなんです。逆に言えば自己流で一番難しいのが管理なんです。自己管理というのはとても難しいからこそ、一流アスリートでもトレーナーをつけるんです。そして、それだけ管理には価値がある」
世良は、そこで言葉を切った。
「・・・ただ、『管理します』と言ってもお客様は来ません。楽しそうではないからね。だから、管理されていると感じさせないように管理するのがプロの仕事なんです。そこには様々な方便が存在します」
「方便ですか、嘘ではなく」
「結果を出さなければ嘘ですね。結果を出せば方便です」
汐野は、まだピンときてないようで、眉間にシワを寄せながら聞いている。
それを見て、世良は続けた。
「例えば、男性の場合、『減量食の指導を受けている』よりも、『トレーナーをつけて筋トレしている。その一環で栄養指導もしてもらってる』という建前の方が、はるかに前向きに続けられます。運動習慣があまりに無い方は、『ウォーキングからはじめた』というのも生活を変える第一歩になります」
「それは分かります」
「トレーナーはこういう気持ちの管理をしつつ、もう一方で実際に痩せる為のカロリー管理もするんです」
「それが糖抜きと?」
「そうですね。食事制限ならなんでもいいのですが、糖抜きが一番管理しやすいですから、現場では多用されますね」
「何で管理しやすいんですか?」
「一つはすぐ体重に変化が出ること。『炭水化物』って文字通り炭素と水ですから重いんです。これが体から抜けると1日で1kgぐらい落ちます。そうすると『この体重を戻したくない』という気持ちが働くんで、食事制限に前向きになります」
世良はホワイトボードに「炭水化物」と書き、「水」の部分にアンダーラインを引いた。
「もう一つは、簡単にカロリー制限できるってことですね。必要な栄養素を考えて、全体的に食事の量を減らすより『糖質以外は好きに食べて』といった方が、簡単なので実行しやすいんです。この場合、トレーナー目線では減らしているのは糖ではなく、カロリーなのですが、言い方はお客様の好みによって変えます。例えば・・・」
世良は少し考えてから続けた。
「所沢君のように『筋肉をつけるためにタンパク質をしっかり採りましょう』から入って、しらっと糖を抜く場合もありますし、健康論が響く方には『糖質の取りすぎには、こんな弊害があると言われている』という話をしたりします」
「実際、弊害はあるんですか?」
「もちろん食べ物ですから、採りすぎは有害な側面もあるでしょう。しかし、本当に致命的に有害なら、日本人はもう絶滅してますよ」
「確かに」
「長くなりましたが、こういうのが、我々の常套手段です。話を戻すと、このお客様・・・後藤さんが所沢君の指導に対して『あの運動では痩せないし、結局糖抜きしろというだけ』という評価を逆算すると、彼は我々の常套手段を理解しており、かつ、この指導は方便ではなく、嘘だと判断されたと感じました」
世良がそこまで説明して席に戻ると、会議室は静まり返った。
「すみませんね。なんか空気重くしました?」
世良が恐縮する。
「いや、ありがとう。その通りだと思うよ。オレは特に反論は無い。二人から何か、聞きたいこととかあるか?」
高田が、ずっと黙っている青田と所沢に意見を促す。
「いえ・・・その通りだと気づきました・・・すみません・・・」
と青田。
「はい。自分もその通りだと思うんですけど・・・」
と所沢。
「思うけど?」
世良と高田の声が揃った。
「それじゃあ、実際にどんな指導をしたら良かったのかというのが、イメージつかなくて・・・」
青田も頷く。
「イメージつかない指導ってのは、トレーニングメニューのこと?」
世良が聞いた。
「はい」
「それから、食事の管理もどんな提案をしたらいいか、分かりません」
所沢に続いて、青田も初めて自分から質問をした。
「ああ。それなら何も変えなくていいよ。大事なのはそこじゃないから」
世良は即答した。




