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貧乏女男爵、宝くじにあたる

作者: 下菊みこと

アンリエットとクリスティアンは夫婦である。二人とも、すごく苦労して生きてきた。


アンリエットは、男爵家の生まれだったが両親の派手好きな性格のせいで家が借金まみれ。しかもその両親は無責任なことにアンリエットを残して早くに亡くなった。アンリエットはその頃には男爵家を継げる年齢で、借金まみれの男爵家を継ぎたいという親戚もいなかったので女男爵になるしかなかった。爵位と領地を売ってしまえばいいというかもしれないが、売ったところで二足三文。借金返済には届かないので、継いで領地経営をする方がいっそマシだった。


クリスティアンは孤児だった。親の顔も知らず、孤児院で虐待を受ける日々。やっと大人になって孤児院から解放されると、今度は住む場所も仕事もなかった。そんな時たまたまアンリエットの男爵家が人手不足で、住み込みの執事を募集していたので飛び込みで就職。不遇な女男爵アンリエットの愚痴を聞きつつ身の回りの世話をする間に、真面目でお人好しなところがあるアンリエットの人柄に惚れ込んだ。苦労の多いアンリエットの支えになりたいと口説き落とし、借金まみれのアンリエットと結婚してしまう。


「…両親を恨んだこともあるけれど。なんだか、こうしてクリスティアンと一緒にいるとそんな感情どうでもよくなるのだわ。貴方は不思議な人ね」


「それを言うならば、恵まれた生まれの貴族達を妬んでいた僕が、貴族である貴女を愛してしまったのですからそちらの方が不思議というものですよ」


「ふふ、たしかにそうなのだわ」


アンリエットはいつも通り執務をこなす。真面目に働くアンリエットをクリスティアンは見守り手伝った。そんな時だった。窓をコツコツとノックされた。開けてみれば、子猫をたくさん連れた痩せた野良猫がウルウルした目でこちらを見てくる。


「…クリスティアン」


「分かっていますよ、僕の可愛い人。お前たち、こちらにおいで。キャットフードはありませんが、ツナ缶と清潔な水、寝床くらいは提供できますよ」


クリスティアンの言葉を理解しているのか、野良猫は子猫を咥えて窓から入ってきた。クリスティアンがツナ缶を与えれば、彼らはツナ缶をものすごい勢いで食べ、ものすごい勢いで水を飲み、クリスティアンが用意した即席の寝床でぐっすりと眠った。


「可哀想に。よほど飢えて疲れていたのだわ」


「しばらくの間、屋敷で面倒を見てやりましょう」


「それがいいのだわ」


こうして夫婦は、急に可愛い娘と沢山の孫が出来た。借金まみれだが、心の豊かさは忘れない夫婦なのである。











「にゃーん」


数ヶ月もすれば、娘と孫たちは痩せ細っていたのが嘘のように肉がついた。やはり痩せ細っているより少し肉がついているくらいの方が可愛らしい。駆除薬を使いお風呂にも何回か入れたので、ダニやノミももう心配ない。


「お前たち、ご飯ですよ」


クリスティアンがツナ缶を与えれば、嬉しそうに喉を鳴らして擦り寄ってくる。


「まったく、現金な子達ですね」


「ふふ、可愛らしくていいのだわ」


アンリエットとクリスティアンはそんな猫達を心から愛していた。猫達もアンリエットとクリスティアンに心から懐いていた。そんな借金まみれだが愛に溢れた幸せな日々の中で、本当に急なことだった。


「クリスティアン!当たってる、宝くじに当たってる!」


「え!?」


「にゃーん」


アンリエットが働けど減らない借金に落ち込んでヤケになって買った宝くじが、偶然にも一等賞に当選したのだ。


この一等賞はちょうど利子付きの借金の今の金額と同等。アンリエットは急いで換金して、借金先にそのまま返済した。借金先も利子はちゃんと請求するがなんだかんだで人が良い伯爵様で、きちんと全額返済したアンリエットを褒めてくれた。


「アンリエットさん。コツコツと地道に利子を返し、私が無理だと思っていた全額返済までしてしまったのは本当に誇っていい。アンリエットさんは立派な女男爵になると思うよ。何かあればまたいつでも頼りなさい。私はアンリエットさんを応援するよ」


「ありがとうございます!わたくし、もっと頑張りますわ!」


アンリエットは堅実な領地経営を行っているので収入は安定している。借金の返済に追われていた分を貯蓄に回せるようになったため、この日から生活がかなり楽になった。多少の贅沢もしようと思えばできるが、アンリエットもクリスティアンもそれを望まない。


「クリスティアン。遅くなってしまってごめんなさい。余力が出来てからになって本当に申し訳ないのだけれど、クリスティアン達孤児を虐待していた孤児院の改革を行うのだわ!」


「ありがとうございます、アンリエット。君の優しさに、心からの感謝を」


領地経営で得られたお金の一部を、領内の孤児院の環境改善のために当てるアンリエット。他にも領民達のために医療費の一部負担などの政策を行い、平民達からも段々と先代が地の底に落とした信頼を取り戻していった。そんな中で、ふと思い立って久しぶりに両親のお墓詣りに寄った。


「天国のお父様、お母様。わたくし、真面目に生きてきた甲斐がありましたわ。弱小男爵家なのに派手好きなお父様とお母様の残した借金のせいで散々苦労しましたが、これでなんとかなりそうです」


アンリエットは両親の墓の前でそう吐き捨てた。そんなアンリエットが土砂降りの中に濡れないよう、クリスティアンは傘をさす。


「ありがとう、クリスティアン。それもこれも全ては、わたくしを支えてくれた貴方の献身のおかげですわ。わたくしの大切な旦那様」


「平民で、ただの執事であった僕を必要としてくださる貴女に応えたかっただけですよ。僕の奥さん」


アンリエットはクリスティアンに微笑みかけ、クリスティアンはその頬にキスを落とす。


家に帰ると、娘と孫たちが出迎えてくれる。


「にゃーん」


「お帰りなさいませ」


出迎えてくれた使用人一同も、アンリエットとクリスティアンを大切に思っている。借金まみれの中で生活費を節制しながらも、借金の利子の返済と使用人達への給料の支払いだけは欠かさない二人を心から尊敬しているのだ。もちろんアンリエットのクリスティアンも心から尽くしてくれる使用人達を大切にしている。


「しかし、なんだか猫達が来てから幸せなことが多いですね」


「そうね。この子たちが来てから宝くじには当たるし、妊娠もしたし、良いこと尽くしなのだわ」


「…妊娠?」


「ええ」


「誰が?」


アンリエットがクリスティアンの瞳を見つめてにんまり笑う。


「わたくしが!」


クリスティアンは思わずアンリエットを抱きしめる。


「アンリエット!愛してる!」


「ふふ、クリスティアンに隠すのは苦労したのだわ!あ、でも吐いたりとか体温が高いからとか自己判断だから、お医者様に後で見てもらわないと」


「すぐ準備します!」


その後医者の検診で改めて妊娠が確定。クリスティアンは再び、優しくアンリエットを抱きしめる。


「これからは僕がアンリエットを守ります。幸せにします」


「もう幸せなのだわ」


「もっと幸せにします!」


「ふふ、ならわたくしもクリスティアンをもっと幸せにするのだわ」


「今まさにしてくれています!」


そんな夫婦を見守る使用人達は笑顔で祝福し、娘と孫たちはツナ缶をねだった。










「娘が一人増えたのだわ。息子まで二人も増えたのだわ」


「まさかの三つ子でしたね。ありがとうございます、アンリエット。疲れたでしょう」


「ちょっとマジ無理なのだわ…」


「執務は僕が代行しますから、しばらくゆっくり休んでくださいね」


アンリエットが生んだのはまさかの三つ子だった。クリスティアンは嬉しい気持ちを隠せない。


「サッカーの試合が出来るくらい増えればいいですね!」


「さすがに難しいと思うのだわ。でも、子宝に恵まれるのはありがたいのだわ」


「アンリエット、改めて心から愛しています。これからもずっと、貴女のそばに居させてくださいね」


「ふふ、もちろんなのだわ。絶対離してあげないのだわ」


くすくすと笑うアンリエットに、クリスティアンはキスの雨を降らせる。


「あんまり顔中あちこちにキスをされると、くすぐったいのだわ」


「ふふ、それだけ愛しているのだと受け入れてください」


「もう。仕方のない人なのだわ」


夫婦がイチャイチャしていると、娘一号と孫達が赤ちゃんを見に寄ってきた。


「お前たち。お前たちの弟妹、あるいは叔父と叔母です。仲良くするように」


クリスティアンがそう言えば、娘一号は赤ちゃんの匂いを嗅ぐ。そして尻尾を使ってよしよしとあやす仕草をした。孫達もそれに習って匂いを嗅いだり近くで見守る。


「ふふ、そういえばもう大家族だったのだわ」


「そうでしたね。でももっと増やしたいですね」


「もう、本当に困った人なのだわ。でも貴方の子供なら私としても大歓迎なのだわ。しばらくは待ってほしいけど」


「アンリエット!」


「そんなに度々抱きつかれるとそのうち身体が引っ付いちゃうのだわ。加減して欲しいのだわ」


なんだかんだでイチャイチャな夫婦は今日もたくさんの家族に囲まれて、愛に溢れた幸せな日々を送る。苦労した分、まだまだたくさんの幸せが二人を待ち受けていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハッピーエンドで本当に良かった! 読んだ後まで幸せな気分になる素敵なお話でした。私も猫ちゃん家族お迎えしたい……!
[一言] 面白かったです! 福の神の猫ちゃん達でしたね。 こういう誠実に生きている人達が幸せになる話は好きです♪
[良い点]  幸せになるべきひとたちが、ちゃんと幸せになる物語はいいですね。  さちあれ!!
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