隼吾、第二の人生
救急車のサイレンが青い空の下、うるさく響きわたり、どんどんこの街一大きな病院、セミョーン総合病院へ向かっている。
救急車の車内では、救命士達があわただしく俺に呼びかけ、緊急処置をしている。良く聞こえないが、きっと『しっかり!』とか『お名前は!?』とかだと思う。しかし、そんな呼びかけにも一切応答せずに、俺は頭からかなりの量の血液をドクドクと流し、目は硬く閉じられていて、体の関節もどこを向いているのか分からない状態。わずかながらも心臓が動いていることの方が奇跡という感じか。
そして、俺に必死に呼びかけている父ちゃんと母ちゃん。母ちゃんに関してはもう涙だか鼻水だか分からない液体を滴り落としている。父ちゃんは何も言わず、変わり果てた我が息子の姿をじっ、と見つめていた。兄貴と妹の姿は見えないが、きっと病院で待っているのであろう。
槙家は、いつもの平凡とは程遠い朝を迎えている。…俺のせいで。
ごめん、父ちゃん、母ちゃん。何も親孝行できないまんま俺は逝く。何も出来なくて、ごめん。
兄貴、由宇、俺はもっと一緒にいたかった。
ごめん、ホントに、皆ごめん…。
…そういう思いを抱きながら、俺は知らないうちに、…イケメン男性に世の女性の皆さんが一度は男性にしてもらいたい、というお姫様抱っこをされていた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!!!!』
『ねえ、君、重いから早く降りてくんない???』
『なななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななな』
『あーもー。五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い』
そういってイケメン男性は俺を支えていた両腕を耳へ持っていって、耳を塞ぐ。もちろん、俺は支えられている物を失ったため、ドスンと下へ落ち…ない。
『あれ?』
ここで俺は今自分のいる場所を知り、息を呑んだ。
『うそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!!』
『ちょ、君、さっきから五月蝿いって、ホントに』
今、俺がいる場所。このイケメン男性が立っている場所。そこは、…空の上。下には俺の見慣れた町。
『君さぁー、ホントに幽霊なの?俺にはそう見えないけどねー』
ボリボリと栗色の髪を掻きながらチラッ、と俺を見ながらボソボソとつぶやいた、このイケメンさん。
…ん?ちょっと待て。
『え、今なんて』
『ん?君?』
『その後』
『ホントに』
『その後』
『俺にはそう見えない』
『その一つ前』
『幽霊』
『それだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!』
幽霊って、あの「うらめしや~」とかいうヤツだよね!?それが、俺ッ!?そんな、馬鹿な…。
『え?何、気がつかなかったの?面白いね、君…』
イケメン君はによによという擬態語が似合いそうな笑みを浮かべて俺を見下していた。そして、その笑みのまま俺に言った。
『…何なら、俺と『契約』しない?』
…な、何ですと?契約?そんなの俺の知ったこっちゃない。何が幽霊と『契約』だ。実体にもなっていないのに。こんなの、騙されるに決まっている。そんなことを考えていたら、自然と俺はイケメン詐欺師もどきから後退りしていた。
『疑ってんの?まあ、いいけど。するかしないかは君の自由ってヤツだよ』
フ、イケメンは鼻で笑って『ま、話は最後まで聞こう、な?』と言って俺に近づき、肩をポン、と叩いた。そして、おかしなことを言い出した。
『俺が君を生き返らせる。だから、君が生き返ったらこの世に未練があって彷徨っている奴らを…』
『…生き返らせて…くれるのか?』
俺はイケメンが全てを言い切る前に口を開いた。1%でも、望みがあるのなら、俺はその望みに人生を賭ける。もし、もう一度皆に会えるのなら、俺は何だってする。…そう決めたから。
『話は最後まで聞けって言ったじゃん、俺。…でもまいっか。…交渉成立だ』
イケメンさんは小さく微笑んで、カッ、と指を鳴らした。…その刹那、俺の体はポウ、と小さな音を立ててどんどん薄くなっていく。
『え!?』
『…2度目の人生だ、もう後は無いよ。大切にいき…』
最後のほうは聞えなかった。でも、男の俺でも見惚れる程の甘い笑顔で俺を見送っているのはしっかりとこの目で見た。
…イケメンってホント、特だよなぁ…。