7話「遠方より友来たる」
ダンジョンからの通知は、付呪師見習い兼、余剰アイテムの販売促進係として採用されるとのこと。王都からの二つは、教会からの召喚状と知人からの問い合わせです。
召喚状は王都に『帰っていただけないか』という内容でした。
すぐに『覆水盆に返らずと申します。皆々様にはお世話になりました。個々人の幸せを願っております。くれぐれもこちらの邪魔だけはしないようにお願いいたします』との内容を書き、返信いたしました。
知人は『やあ』の二文字。王都から送ってくるにはあまりにも短い手紙ですが、本人の性格から、どうやらウエストエンドに来る予定であることは伝わりました。少々面倒な人物ではありますが、悪い人ではありません。
顔を洗い、朝食を食べて、準備をしてから就職先であるダンジョンへと赴きます。空は青く、畑に向かう人たちと共に出勤という田舎の風景が広がっていました。王都のようにせわしなく働く者はほとんどいません。あったとしても猪が出た時くらいでしょう。
本来、人間の生活とはこうでなくてはいけません。
ところがです。ダンジョンに入ってみれば、ずっと警戒音が鳴り響いているではありませんか。
ゴブリンの青年がこちらを見て泣き出しました。牙は折れ、打撲でボコボコ。身体には刀傷が無数に付けられ、装備は全損。口を開けていますが、言葉にはならないようです。ただ、「助けてくれ」と懇願しているように見える。
「誰にやられたんです?」
ゴブリンは奥の通路を指さしました。
「わかりました。私も新人とはいえ、このダンジョンの一員ですから、反撃は試みてみましょう」
奥の通路に行くと、大型のオークの狂戦士と私とは違う布の服を着た武士が戦っていました。あの服は確か着物と呼ばれるもので、遥か古代にやってきた異界の者の民族衣装です。
服にはいくつかの魔法陣が仕込まれているようですが、動きが早すぎて見えません。
ただ、まぁ、なんというか、異常な戦いです。狂戦士と言えば、無茶苦茶な戦い方をするものですが、武士がすべての動きを予測したかのように初動で止められているのです。
ようやくこん棒を振り上げても、武士が細切れにしていました。
腕力などの筋肉に重きを置いた戦い方では武士に見切られてしまうのでしょう。
狂戦士は力を見せられないまま、その場に膝をついていました。
武士は落ち着きを取り戻し、納刀。狂戦士に近づいて、「まだ、やるか?」と尋ねています。
狂戦士は、仕事とはいえ、これ以上武士と戦うつもりはないようで、首を振って魔物の通路へと逃げていきました。
「待て! アイテムを置いて行け!」
武士が叫びました。討伐部位も切り取らなかったので、アイテムが欲しかったようです。
「情けは人の為ならず、と申しますが、情けで飯は食えません」
「武士は食わねど高楊枝か。ステュワート」
「サキチ。行動が早すぎやしませんか?」
武士ことサキチは、王都のコロシアムで戦う奴隷たちの教官をしていた男です。かつて小遣い稼ぎのためにコロシアムに入り浸っていた頃の知り合いです。以前、「俺に何かあったら、介錯人はステュワートに頼む」と言っていました。
「やあ。お前のいない王都は、あまりにもつまらなくてね。どんな方法でも強さを追い求める時代ではなくなったらしい」
「だからって、私について来なくてもいいでしょう」
「刀の呪いでね。そろそろ本気で戦う相手を見つけないと、宿主の俺が死んでしまいそうだ」
本当は刀に呪いなどないのです。「武士は戦いの中で死ぬものだ。だから、死闘ができる相手を探している」と言うことでしょう。
「私もサキチが無意味に死ぬ姿は見たくありません。だからと言って、人の就職先を荒らさないでください」
「なんとっ! ダンジョンに就職したのか? ステュワート!」
「ええ、問題ありますか?」
「変わった服を着た奴だと思っていたが……、そこまでとは」
「服の話はお互い様です」
「ならば、俺も就職しよう! 友と同じ職場なら心強い!」
サキチは勝手に決めてしまいました。
「実力を見せなくては雇ってもらえませんよ」
「むっ。実力なら先ほど見せたではないか? ここは魔物の訓練場でもあるのだろう? ああ、なるほど、売り込めと言っているのか……」
サキチは勝手に解釈して勝手に進んでいく猪武者です。黙って様子を見て、落ち着いた頃に話した方がいい。
「俺は王都でグラディエーターたちを育てていた武士だ。先ほど戦ったゴブリンもオークも訓練生なのだろう? すぐにでも金が取れる戦士に鍛え上げてやれる? ダンジョンマスターよ! どうだ? この俺を雇っては見ないか?」
サキチが天井に向けて語り掛けましたが、一向に返事はありません。
「あれ? 誰もいないのか?」
サキチが戸惑っていると、壁からアラクネが出てきました。アクセサリー屋の店主であるアライさんです。
「今、マスターは留守だから、就職活動は明日にしてくれる?」
「え? あ、はい」
「ステュワート。屋敷の呪具が思ったよりも多いんだ。手伝って」
「はい」
すでに私は就職しているので、上司の言うことはしっかり聞いて仕事に専念します。
「あんたも魔物を倒して喜んでないで、ダンジョンに就職するなら仕事を手伝ってくれない?」
「うむ。承った」
結局、サキチも屋敷に向かい、呪具の入った木箱を運ぶことになりました。
サキチはなぜか嬉しそうにしています。
「最近、頼まれごとも少なくなってきた。新人扱いなのは当たり前だな」
「笑ってないで、早く行きますよ」
「うむ。道案内を頼むぞ。先輩」
屋敷ではすでに大勢のゴブリンやオークたちが作業に入っていて、呪いの道具ということで慎重に梱包作業をしておりました。持ち運びやすい木箱に呪われた壺を入れて、割れないようにスライムの破片で隙間を埋めます。
最後に木箱の蓋をして、護封札という呪文が書かれた札を張り、運搬係へと手渡していきました。指輪やネックレスなども、すべて個別に小さな箱に入れてまとめて木箱に入れていきます。
「よくできているな」
サキチも感心しています。
「うん。うちのダンジョンは通販もしているから、こういう作業は多いよ」
「通販とはなんです?」
「遠くから頼まれた品物を送ることだよ」
「行商人のことか?」
「ああ、品物を指定できる行商人みたいなものかな」
「魔物の世界では流通が発展しているのですか?」
「人の国のことは知らないけど、魔物の国ではそれほど珍しいことでもないね」
この時から私もサキチも、思っていた以上に文化的な魔物の生活に興味が出てきていました。