5話「呪われた屋敷にて死人と踊る」
小川を渡り、地面には敷き詰められた石畳を踏みしめていくと、ほのかに花の匂いがしてきました。
顔を上げれば目の前には大きな屋敷。庭にはハーブや花を育てていた形跡があるものの、すでにハーブの野生化が進み、蜂や羽虫が飛び交う場所になっています。
風は止まり、淀んだ雰囲気。崩れた外壁。ドアは閉まっているものの、窓は泥棒の侵入跡が見受けられます。
泥棒と同じように窓から侵入しました。
ホコリとカビの臭い、ネズミの糞に壁には落書き、天井では薄いレースのような思念体が飛び交っていました。
もちろん、興味本位の侵入者は歓迎されません。
悪霊の一種であるポルターガイストが、こちらに向かって骸骨を投げつけてきます。
ガシャン。
また一つ窓ガラスが割れました。
実体のない思念体を破邪の腕輪をした右手で強引に掴み、握りつぶすように無理やり昇天させます。
壊れた家具を除けて進んでいくと、大広間に出ました。
今までの汚れが嘘のように、椅子やテーブルには布がかけられ、きれいに整頓されています。
「死人は消えてもらわないと困りますよ」
赤いレンガ造りの暖炉に声をかけてみると、広間には明かりが灯り、一気に明るくなりました。在りし日の風景が再現されていきます。
暖炉には火が灯り、メイドが持ってきた料理を食べる屋敷の主。銀の食器に、こだわりのある料理。主は髭が生えた壮年の男性で、服はシンプルで洗い立てと思われるシャツにはシミ一つありません。
主の正面には奥方と思わしき女性が、やはり白いシャツに黒いスカートを履いています。
ただ、その顔は霧がかかったように曇って表情が見えません。
思念体が再現した風景に見とれて、冒険者が襲われることはよくあります。
私はすっと目を閉じ、音にだけ集中しました。
ミシッミシッ。
屋敷の主が使う食器の音よりも、天井から何者かが近づいてくる音が響いていました。
天井に指を突き立てて移動する方法、殺気の出し方、飛び掛かってくるタイミング、すべてが聞こえてきます。
これで攻撃が当たるのは初心者の冒険者しかいないでしょう。
バキャンッ! ゴロゴロゴロゴロ……。
風景は霧散し、汚れた広間には髪を振り乱したグールが転がっていました。
青白い肌はところどころ肉が削げ落ち、腐肉からは腐臭が漂っています。唯一貴族の妻だった面影として長い髪が残っていますが、それもほとんど抜け落ちてしまっています。
ボキボキッ!
天井から落ちて、骨が折れたのでしょう。無理やり元に戻しています。
魔物が体を治して止まっている間に、攻撃しない冒険者はいません。
私はそっとグールの顎に触れ、そのまま頭ごと捻転させます。首筋の腐肉をむしり取って、脊椎を指にひっかけて外しました。血は固まって乾いているので、それほど面倒な作業でもありません。
グールは顎をカチカチと鳴らしているだけで、身体は動かなくなりました。
そのまま頭を持って、祝詞を唱え、次の世へと送り出します。
おそらくこれで十分ですが、壁にかかっていた飾りの剣を、心臓に突き刺しておきました。床にも貫通しているので、動けば身体はバラバラになるでしょう。
暖炉に火を点けて薪をくべ、しっかりグールの頭も焼いておきます。焼き終わったら、墓に埋めましょう。
「墓はどこにあるかな?」
頭を焼いている間に、彼女の墓を探します。
とりあえず、屋敷の窓を開けて、よどんだ空気を晴らしていきます。
バン、バン、バン。
開け放たれた窓から、森に吹く風が一気に入ってきます。ホコリと一緒に陰気な雰囲気も飛んでいくといいのですが……。
壺、模造品、泥棒の死体、朽ちたベッドなどは見つかりましたが、屋敷の中に墓があるわけではないようです。
庭に出て、育ちすぎたハーブをかき分けていくと、屋敷の裏に霊廟がありました。
古く苔が生えています。
「ふんっ」
ギーっという錆びた蝶番の音と共に霊廟が開きました。中は血の臭いと共に獣臭が漂っていて、床や壁にはひっかき傷のような血の痕まであります。
中に入っていくと、石棺の一つが空いていて、傍らには内臓が食べられた熊の亡骸が転がっていました。
亡骸になって相当な時間が経っているようです。
「開けてはいけない棺を開けた報いですね」
熊の亡骸にはわずかに日の光が当たっていました。
見上げれば、明り取りようの天窓が開いていて、鳥が巣を作っていたようです。
棒でつついて巣を落とすと、霊廟の中に無数の壺、杖、ネックレス、その他アクセサリー類などが置かれていることに気づきました。宝であればいいのですが、手に取ってみると、禍々しい模様や呪文の言葉などが刻印されている物が多数あります。
「呪物コレクションですか……。何が彼女をそうさせたんでしょうね」
ネックレスと指輪をいくつか手に取りました。アクセサリー屋に持って行かないといけません。
ひとまず、物色を済ませて、屋敷へと戻ります。
窓から入ろうと思ったら、なぜか正面玄関が開いていました。
「窓は開けましたけどね。扉は……、開けた覚えがない」
物覚えが悪くなったとは思いますが、さすがに数分前の出来事くらいは覚えています。
扉にかかっていた錠は壊れ、広間まですっかり風通しがよくなっていました。
広間では動く者の気配があり、誰かが立っていました。
「どうしてあなたがそこにいるのです?」