4話「価格破壊のアクセサリー屋」
翌日、冒険者ギルドの掲示板で悪霊の依頼が出ていないか探しました。あるのは薬草採取とダンジョン調査のみ。
畑の害獣駆除もありましたが、昨夜の酔いがさめた冒険者たちが依頼書の奪い合いをしているので、辞退させていただきます。
「地図を見せてもらえませんか?」
カウンターにいる職員と一緒に廃墟の場所を確認しました。
「どこも潰れてるからね。薬草の婆さんたちが死んで森には廃墟がたくさんあるし、川向うにある貴族の別荘も誰も手入れしていないはずだ。通りの店は軒並み潰れてるし、廃墟以外を探す方が簡単だ」
思っている以上に、この国の辺境は悲惨でした。
「どこかに悪霊が住み着いていても不思議じゃない。何か見つけたかい?」
「憑りつかれている少女が部屋に来たものでね」
「ああ、昨夜はお楽しみだったようだな。随分声が漏れてた。あの娘も結婚を逃しちまって、少女って年でもないんだぞ」
「重要なのは年齢じゃなくて、呪いの方です。キノコ狩りでも通らない廃墟となると、どこになります?」
「川向うだな」
「ありがとう」
地図を頭に入れて、表に出ます。
「悪霊がいたら、調査費が出るから報告してくれ~!」
職員の声に手を上げて返し、広場の方まで向かいます。
通りの商店はまばらに開いていて、活気はありません。いくつかの扉には木の板が打ち付けられて、借主募集の看板が張り付けられています。
石畳の隙間からは、青々とした雑草が生え、馬車もほとんど通っていませんでした。
それでも広場には露店がいくつも出て、どうにか町の活気は保たれているようです。
屋台では串焼き、包焼、蒸し鶏の丼もの、山賊炒めなど種類も豊富。水もよく、大きな鳥の牧畜も盛んな土地だからでしょうか。中年以降の都会から帰ってきた人たちが元気なようです。
屋台の他にも石鹸やタオルなど雑貨を売っている露店もあります。
その片隅にアクセサリー屋はありました。店員から人ならぬものの気配しか感じません。ダンジョンの魔物がダンジョンから出る理由は、必要物資の補給、市場調査、客という名の冒険者への宣伝などでしょう。
「パワーリストが銀貨5枚じゃ採算が合わないでしょう?」
フードを目深にかぶり、陰気な雰囲気を醸し出している店員に話しかけました。パワーリストは自身の力の最大値を上げる腕輪で、王都との価格差は5倍ほどでしょうか。
「だったら、買ってくれればいいじゃない?」
「ええ。この付呪付きのアクセサリーをすべて買い取らせていただきたい。店員を代わっていただけませんか?」
「なっ……!」
「雇ってくださいと言ってるんです。昨日もそちらの職場には伝えたんですけどね」
「そう簡単に人間は雇えない。考えてもみろ。勇者と魔王が戦っている最中だぞ」
店員が頭を上げると、フードから美しい整った顔立ちの女性が見えました。おそらく半人半獣のラーミアかアラクネでしょう。
「戦っている実態はありませんよ。勇者は及び腰で王都に引きこもっていますし、魔王だっていったい何体の影武者がいるんです。本物と区別はついているんですか?」
「ついているはずだ。実力が変わらないだけで……」
言ってはいけないことだと思ったのか、店員が口を押えました。
ただ、広場の隅で木陰になっているここに注目する者はいません。
「本物の魔王をウエストエンドのダンジョンで鍛えなおした方がよろしいのではないですか?」
「それが出来れば、私がここで腕輪を売ってないよ。ここは忘れられた土地さ」
「これだけ付呪の腕があるのに?」
私は誰がアクセサリー作家なのか鎌をかけてみました。
「強さや技術の時代は終わったってことさ」
どうやらこの店員が自嘲気味に自分の腕を見つめていました。作家本人だったようです。
「本当に?」
「そこに疑いようはないよ、人間。お前さんもわかっているはずだ。時代は変わったんだよ」
「だから人の町に出て、アクセサリーの価格を暴落させていると?」
「ダンジョンも火の車さ。なにか目をつくようなことをしないと、お金も集まらない。魔王の部下で中堅どころを呼ぶのにもお金がかかる。末端の職人でも稼がないとね」
「悪霊がいるみたいですけど?」
少女にあげてしまった破邪の腕輪を手に取り、銀貨を支払いました。王都で買うよりよほど安い買い物です。
「ああいう天然の魔物は、ダンジョンみたいな組織には向かない。様子を見に行っていた若いのは逃げかえってきていたな」
ダンジョンでもスカウトできなかった悪霊のようです。
「討伐しても?」
「好きにしろ」
「なにかネタになるようなものがあったら、持ち帰ってきます」
「冒険者なら、ギルドに持ち帰ればいいじゃないか?」
「あなたの腕輪の価格を見て、何も言わない人たちに売っても得にはなりませんから。ダンジョンで買い取ってください」
「どうやっても雇わせるつもりなのか」
「その通り」
「言っただろ。うちのダンジョンにだって金はないんだ」
「あなたの付呪具は売るほどあるんでしょ。十分です」
「ふん! 期待しないで待っておくよ。骸骨剣士にでもなったら雇いやすい」
私は、町の薬屋で回復薬と毒を各種揃えて、森への道へと入っていきました。
相手は悪霊。物理攻撃が通じるとは思えないので、杖は置いていきます。
森の道は炭焼き小屋で途絶え、その先はかつて道であった場所を通っていきます。魔物の気配はありませんが、キツネは心配そうにこちらを見ていました。
小鳥の警戒する鳴き声もそこら中から聞こえてきます。
注意を払っていれば、先に危険があることはわかるものです。
ただ、私はその危険に用がある。