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3話「古い因習はお止めになった方がよろしいのではありませんか」


 キノコを宿の女将に預け、夕飯にキノコのシチューを作ってもらいました。

 部屋に入ればスーツをハンガーにかけて、七分丈の部屋着に着替えます。


「あぁ」

ようやく脱力できました。スーツを着ていると、わずかに緊張していることがあり、血の巡りの悪さに繋がってしまします。骨を動かし、筋肉のこわばりを取るようにストレッチ。怪我をして以降、続けている習慣です。

スーツにはハーブから作ったカビ除けや虫除け効果のある香水を振りかけておきます。これだけで、かなり毒も浸み込まないのでいいのですが、冒険者仲間には結局伝わりませんでした。もちろん、索敵の時には匂いでバレてしまうため、炭を仕込んで干したりしていました。

靴はカモフラージュのため、磨きすぎず、汚れ過ぎないように心がけています。こちらが足跡一つで敵を探るのですから、向こうもこちらの警戒心には敏感のはずです。

実際、鼻の利く犬頭のコボルトにつけ狙われたことがありました。臭いと足跡を消すために滝つぼに落ちたこともあります。


宿の中庭にある井戸で軽く体を洗っていると、なぜか食堂で働いている中年女性たちが見に来ました。


「そんなに珍しい身体ですかね?」

「滅多に本物の冒険者の身体なんか見られないからね。いつもの酒太りしている亭主の身体よりよっぽど……。いやぁ、眼福、眼福」

「動ける身体にしているだけです。罠にはまると死にますからね」


 ウエストエンドは田舎ですから、物珍しいのかもしれません。


 部屋に戻ると、すぐにドアを叩く音が鳴りました。


 コンコン。


「なにか?」

 食堂の女性がタオルでも持ってきてくれたのかと思って、ドアを開けたのですが、目の前には年端もいかぬ花売りの少女が立っていました。およそ年齢とは合わない化粧をして、胸の谷間が見えるような服まで着させられています。


「花を買っていただけませんか?」

「……なんてことだ」


 田舎の古い因習です。別の土地の血を入れるために、農奴の娘を旅人にあてがう。石器時代に戻ってしまったかのような気分になりました。

 買っても買わなくても、明日には噂が広がっていることでしょう。


「あの……! 花を買うというのは、その本当に花を買っていただきたいということではなく……」

「どうぞ中に」


 皆まで言わせずに、少女を部屋に通しました。伏し目がちの少女には、悪い呪いでもかけられているようです。不幸があったのかもしれません。


「許婚はいなかったんですか?」

「え? ああ、冒険者になって死にました」

「そうですか。それはお気の毒に」


 まずは少女に銀貨を握らせました。自然と手を握る形になります。彼女の肩から、ふっと悪霊のような思念体が出ていきました。私の手首に付けた破邪の腕輪が反応したのでしょう。


これで確定しました。少女は誰かに呪われている。土地の悪霊か、それとも親類か。


 そんな予想をしている私の思いとは裏腹に少女は覚悟をしたように服を脱ぎ始めたので、すぐに止めます。


「いや、そのままで結構。あなたの時間は銀貨で買われました。いいですね?」

「……はい」

「まずは炎症を治すところから始めましょう。肩の骨も癒着している。甘いものはお好きですか?」

「果物はよく食べます」

「そうでしょうね」


 たっぷりと回復薬の軟膏を手に取り、少女の肩を解していきます。背中にはぶたれたあざが出来ていました。家庭内暴力か、そこに付随している呪いか。意外に根は深いかもしれません。とにかく回復薬を塗り込んで、治してしまいましょう。


「ああっ!」


 苦悶の声が響きます。


「それから首です。手仕事が多いのですか?」

「裁縫は得意な方で……ああっ!」

「なるほど腕回りはしっかり解していきましょう」


 一通り全身を解し終えたら、ストレッチを入れていきます。


「いいですか? 同じ姿勢のまま作業を続けるから、固まってしまうのです。ほら! 効いてますか?」

「いいです! ああっ!」


 続いてトレーニング方法の伝授です。


「スクワットもしっかり股裏に効かすように、尻を下げて! インターバルが長すぎると身体が冷えてしまいますよ!」


 一緒に私もやります。習慣ですから。


「ふっ! はい! 限界を超えて!」

「限界です! うっ!」


いつしか2人は汗だくになっていきました。


「とりあえず、体力がなければ話になりません。走り込みをしてください。わからなくなったらダンジョンに会いに来てくださればいいです」

「わかりました。いや、あの思っていたのと違うのですが……」

「大丈夫。時間分はこちらも楽しめましたから」


 やはり若い素体というのは可能性に満ちています。呪いもすっかり消えている。

 部屋に入った時よりも汗ばみ、興奮している彼女を送りだせば、町の人も勝手に噂をしてくれるでしょう。


「これはあなたの身を守ってくれるお守りです。決して外さないように」

 私は自分の腕から破邪の腕輪を外して、彼女に付けてあげました。

「こんな高価なものを貰っては……」

「大丈夫。安物ですから。でも決して誰かに取られないように。いずれ使い方は教えます」

「わかりました」

 

 彼女を送り出して、ちゃんと宿の外に走っていくのを見届けました。


「必要のない経費が掛かりますね」


 テーブルには彼女が置いていった花が置かれていました。

 紫蘭。花言葉は「あなたを忘れない」ですか。


「思念が強そうですね」


 窓を開けて空気を入れ替えます。

 夜風に交じり、仕事の香りがしてきました。



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