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第4話 死んでしまう

〈前回までのあらすじ〉

 秀の死を回避した一也は、金城が提案した引き延ばし作戦に賛同する。一方、提案に反対する蒲生は秀の命を狙うため、新田を脅迫する。



「村本玲ちゃん!」


 新田は時間ぎりぎりの所で違うやつの名前を指名した。蒲生のことも、秀のことも選ばなかったのだ。


「え!? あたし? あたし?」


 村本玲むらもとれいが驚きながら新田と代わった。助かった。そして俺が新田に手を下すこともなくなった。蒲生は当然不服そうに新田を睨みつけている。


 きっと蒲生は賭けに出たのだろう。弱気な陰キャを脅せば、都合よく動いてくれるかもしれないと。それが仮に失敗したとしても蒲生としてはむしろ好都合。自分の印象が悪くなるほど、誰かの恨みを買って代表者に選ばれやすくなる。もちろん俺や仲間は蒲生が代表者になるのを止めようとするが、友達でもないやつのお題を完全にコントロールできるわけではない。いくら秀のために俺たちが止めようとしても、そのお題を言ってしまいさえすればもう取り消しができなくなる。


 今、秀の運命は完全に蒲生に握られてしまっている。


 蒲生いづみ。ただの吹奏楽部の大人しいやつだと思っていたが、想像していたよりも厄介な相手だ。


「みんな! 一つお願いしたいんだけど」


 俺は全員に呼びかけておく必要があると思った。


「見てて分かったと思うけど蒲生の狙いは秀を殺すことだけだ。また死者を出さないためにも、どうか蒲生のことを指名しないでくれ! あと、秀を狙って指名してきそうなやつもできるだけ指名しないでくれ! 頼む」


 秀の生存率を上げるためにクラスのやつらに座ったまま軽く頭を下げた。仕方ない。親友のためだ。




 小学生の時、俺らは当たり前のように毎日遊んでいた。中学校であいつはバスケ部、俺はサッカー部に入った。別々の部活に入って一緒にいる時間が減っても、俺らの仲は変わらなかった。お互いの部活の愚痴なんか言い合ったりして、なんとか三年間部活を続けられた。


 二年前 夏


 弱小チームだった俺らの部活はひと段落して、突然暇な夏が訪れていた。


「俺、勉強頑張るわー」


 秀がそう言ったのは、俺の家で夏休みの宿題をしている時だった。


「急にどした?」


「面談でさー、このまんまだとどこの高校も行けないって言われたんだよなー」


「あーお前、とうとう数学に”1”ついたんだっけ?」


「うっせー」


 俺は平均かちょっと下の成績はとっていたから、高校に行けない心配はなかった。秀に成績で負けていたのは保健体育くらいだった。


「俺さ、一也と同じ高校行きてえ」


「まじ?」


「まじまじ! やっぱ一也いねえと面白くねえし、俺何も頑張れない気すんだよなー」


 俺はあの言葉が嬉しくて忘れられない。どれだけ友達が増えて、つるむやつらが変わっても、俺たちはお互い唯一無二の存在なのだと実感した瞬間だった。


 それから俺らは一緒に塾に通い始めた。あいつはどんどん俺の偏差値に近づいてきて、冬には志望校が合格圏内に入り始めた。そして三月、合格発表の掲示板の前で俺たちは二人揃って春を迎えた。




 高校に入ってさすがに同じ時間を過ごすことは減ったけれど、今、高二になってまた同じクラスになれた。俺はこの先の人生も秀と何かしら接点を持って生きていくのだと思う。秀もたぶん、同じことを思っているだろう。


「俺からも頼む……」


 クラスのやつに頭を下げた俺を見て、秀も頭を下げ始めた。


「実那ちゃんが言っていたことが本当なら、谷塚くんの行為は許されることじゃないよ? だけどその罪に制裁を加えるのは真矢たちじゃないし、死ぬことを強要するのは違うよ」


 金城がそう話すと、多くのやつらがそれに同意するように頷いてくれた。秀に本当に危機が迫っていることを理解されただけでも状況は変わったと言える。


「谷塚はここで死ななくても、レイプ男に変わりないから。証拠の一つでも出てきたらお前、逮捕だから。生きてこの部屋出れても地獄だね」


 蒲生は相変わらずの目つきで、秀に追い打ちをかけた。


「あの、そろそろー、いいっすか?」


 村本が時間を確認しながら俺と金城の方を交互に見た。


「いやー、晶子ちゃん、何であたしのこと指名したのー?」


「え……。たまたま目についたから……」


 新田が弱った声で応じる。


「あたしさー、この引き延ばしする作戦? まだ様子見してたんだよねー。どうなるか分かんないし」


「ごめん……」


「いや、全然全然。全然いいんだけどね」


「どうして様子見しようと思ったの?」


 村本と新田の会話に割り込んだのは金城だった。


「いやー、真矢の作戦いいと思うんだけど、全員が協力するわけじゃなさそうじゃんー? 何か協力する子は一回分捨ててるみたいで損してるとか思っちゃって。いや、もうなっちゃったから全然いいんだけど」


 村本玲。お喋りなブス。確か放送部とかで、昼休みにかすれた耳障りな声で放送している。可愛くもないくせに出しゃばるな。時間が迫っているのか村本の時計からピピッと音が鳴る。


「あたしの次に代表者になってくれる人ー?」


 村本がそう言うと、挙がる手の数はそう多くはなかった。壮人は迷わず挙げていたが、俺は挙げなかったし、桃波や茜も挙げなかった。周りの様子を窺いながら、茉衣と希空も挙げることはなかった。


「ほらほら! みんなやりたくないんだって。結局さ、いつ助けが来るかも分かんないのに自分の残基減らしたくないんだって」


 みんな考えることは同じだと思った。俺も現実的に考えて、引き延ばして助けを待つのが一番いいとは思う。協力したくないわけではない。しかし、自分のカウントを増やしたいわけでもない。カウントが一つ増えるごとにかなりのリスクがあるのは、秀で痛いほど分かっている。カウントが多いということは、自分よりカウントの少ないやつにマウントを取られる危険がある。つまり、生きるか死ぬかの権利を他人に明け渡しているようなものだ。


「みんな今はやりたくなくても、友達の友達が連なっていけばきっと協力してくれるようになるよ!」


 金城が説得しようとする。


「え、じゃあ村本の次をやりたい人は少ないとかそういうこと言いたいわけ?」


 黙れ村本。


「そんなこと言ってないよ。誰も手を挙げてないわけではないじゃない。一人でも交代してくれる人がいたらそれでいいの」


「え、何か無理ー。あたしがすごいうざいやつみたいになってる? これ」


 そうだ、お前がうざい。そして俺と気持ちは同じだったのか、静かにしていた茜が舌打ちした。


「うぜーんだよ」


 茜の小さな一言で場は凍りついた。時間が迫っているのか村本の時計が何度も鳴る。


「あ、すいませんすいません。あたしが悪いですー。じゃあ指名しまーす」


 村本が指を差す。


「金城真矢」


 どよめきが起こった。金城は大きな目をさらに見開いて口に手を当てた。金城はそのままの表情で立ち上がり、二度目の代表者となった。村本はというと、何事もなかったかのように平然と金城のいた席に座った。


「何で……」


 金城が顔を赤くして泣き出した。


「ねえ! 何で真矢にしちゃったの? 真矢は二回目だよ?」


 堀切が村本を責める。他の女子たちも村本に厳しい目を向ける。


「前から思ってたけど真矢って何かずるいよねー」


 村本は周りの目などお構いなしに続ける。


「真矢が何か言うとみんな味方してくれるもんねー。あたしの周りの友達とかも全員真矢につくもんねー。いや別に全然いいんだけどねー。ほんといい子で感心するわー」


 金城は何も言い返さずにただ床に涙を落としている。


「いい機会だから聞くけど真矢って小林くんと付き合ってるー?」


 小林こばやし……。小林劉弥(りゅうや)のことか?


「夏祭りの時、二人で歩いてるの見かけちゃったんだよねー。真矢さー、私が劉弥くんのこと好きなの知ってたよね? 何で? ちゃっかり男まで奪ってくんだねー。いやもはや呆れて吹っ切れたから全然いいんだけどさー」


「え、劉弥、金城さんと付き合ってんの?」


 小林と仲の良い後藤が尋ねる。


「まあ……」


 小林はばつが悪そうに頷いた。


「そんな話してる場合じゃないよ! 玲ちゃん、何で? 命がかかってるんだよ!」


 堀切が涙目になって訴えかける。しかし村本は動じない。


「いや別に死んじゃったわけじゃないしさー? 真矢は”いい子”だしどのみち自ら二回目もしてたんじゃないー?」


 村本の怒りや恨みが秀に向いていなくて良かった。普段から村本が金城をどう思っていたのかなんて知りたくもないが、思考回路がおかしいやつなことに間違いはない。


 村本の行動と態度に大勢が唖然としている中、小林が静かに手を挙げた。


「金城。次、俺がやる」


 小林劉弥。剣道部の無口なやつ。女とは無縁のやつだと思っていたが、夏の間に随分と大物を釣り上げていたようだ。ここを出られたら今度いじってやろう。




 小林が代表者になって以降、比較的穏やかに引き延ばし作戦は進んでいった。代表者を一度は経験したやつが多数派になっていくにつれ、代表者になるのを渋る連中の肩身が狭くなっていった。俺もまたその中の一員だった。


 そしていよいよ壮人も代表者になり、代表者経験のないやつが逆に目立つようになってきた。


「次の代表者、手挙げてくれ」


 ついに誰も手を挙げなくなってしまった。茉衣や桃波、茜、希空もまだ代表者をしていない。誰か行けよ、と互いに押し付け合っているような空気感だ。


「ん? まだやってないやついるだろ? 一也はどうだ?」


 壮人は俺に話を振ってきた。


「あー、俺まだだけど……」


「やらないのか?」


「いや、秀はリーチかかってるし、ここぞっていう時にとっておきたいんだよな」


「そうか……」


 何とか納得してくれた。もちろん自分のためでもあるが、秀に万が一のことがあった時に助けられる余裕は持っておきたい。


「じゃあ他――」


「はい」


 食い気味に手を挙げたのは矢田だった。


「んー、じゃあやってくれ」


 矢田優斗(ゆうと)。気色悪い連中が多いこのクラスの中でも群を抜いている。常にぶつぶつ一人で喋って、一人で笑っている。あんなやつが同じ高校で同じクラスなのだと思うと情けなくなってくる。あのいつ見ても薄汚い銀縁丸眼鏡を割ってやりたい。一番何を考えているか分からないようなやつを代表者にして大丈夫なのか……?


「五十、四十九、四十八、四十七、四十六、四十五……」


 小さな声でいちいち残り時間を数えている。


「静かにできねーのかよ……」


 茜がだるそうに文句をぶつけたが、矢田は聞いていない。


「次、誰がやるんだ?」


 壮人が矢田の代わりに呼びかける。相変わらず誰も手を挙げない。


「おい、矢田! 秀と、秀を狙いそうなやつ指名すんなよ。あと金城も」


 釘を刺しておいた。あいつのやばさはよく知っている。この引き延ばし作戦に協力しているようには思えない。


「二十三、二十二、二十一、二十……決まった!」


 数を読むのを突然やめ、急に大きな声を出し始めた。


「ぶどうチーム以外全員!」


 指名制にすっかり慣れてしまっていた俺たちは、一瞬、そのお題の意味を理解できなかった。そうだ。このゲームは”チーム制のなんでもバスケット”だった。一チーム七人、全五チーム。ぶどうチーム以外ということはつまり、全体の八割が動く……! 井上に蒲生、村本。動かしてはいけないやつがたくさんいるのに! 矢田に少しでも協調性があるかもしれないと思った俺が馬鹿だった。


 円の中に人が渦巻き、床が揺れる。俺は幸いにも空いていた二つ隣の席を確保できた。クラスのやつらが次々と席を確保していく中、よく見ると真ん中に棒立ちして動かないやつがいた。


「蒲生……!」


 このお題は蒲生にとって秀を殺す絶好のチャンス。逃すわけがなかった。空いている席がなくなり、にやつく蒲生だけが一人立っている。このままあいつが代表者になれば秀を指名し、秀が……死んでしまう。




〈カウント2〉

 谷塚秀

 金城真矢


〈カウント1〉

 飯田勇樹

 遠藤陸

 鐘淵壮人

 木村寛大

 黒井泰人

 後藤篤史

 小林劉弥

 中村永人

 野村悠

 東圭一

 矢田優斗

 横田凱十 


 相沢梨花

 伊藤和佳奈

 木村咲

 木下世利菜

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