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一難去って


遥陽からの不意打ちメッセージに、僕は反射的に【何で知ってるの!?】と打ち込み、送信ボタンを押す寸前で慌てて削除する。



冷静に考えてみれば、犯人は美帆しかいない。美帆のやつ、僕が話した瞬間にそのまま遥陽に情報を垂れ流したな……。



遥陽と美帆のホットラインは、世界にも通用するということを僕は何度もその身で体験している。



遥陽は昔から僕をおちょくって、それで慌てる姿をお腹を抱えながら笑って見るような子だ。ここで動揺して隙を見せれば思うつぼである。



【遥陽には関係ないことだよ】



これでよしと。



ここはあくまでも、平静を装わないといけない。皿洗いの邪魔になるので、僕はスマホを机の上に置くと、残りの食器をスポンジで擦りそのまま食洗機へと突っ込んでいく。



一段落着いたから、僕も自分の部屋に行こう。寝る前に課題のやり残してあるところを少しでも進めておきたい。



――と、置きっぱなしにしていたスマホを手に取ると、狙いすましたかのようなタイミングで着信音が鳴り出した。



遥陽からだ……。嫌な予感しかしないけど、ここで出ないと後々になって文句言われそうだから、僕は気が進まないながらも応答ボタンをタップした。



『あっ、もしもし凛くん? さっき私宛に、遥陽には関係ないことだよっていうメッセージが届いたんだけど、あれ間違いだよね? 凛くんが私に対してそんな態度とるわけないよね?』



まるで複雑な呪文を唱えるかのごとく、早口言葉で逆ギレしている遥陽さん。息を継いだタイミングを見計らって、僕も口を開く。



「……別に間違ってはないよ。美帆から何をどういう風に聞いたのかは知らないけど、もう終わったことだから……だから遥陽には関係ないっていう意味であって――」



『でも凛くん前に私が好きな人いるかって聞いたとき、いないって言ってたじゃん! 嘘ついてたのあれ? 』



何だか話の論点が微妙にズレてきている気が……。それに前って言うけど、少なくとも僕の記憶している限りではその話をしたの、多分中学生の時だぞ。



「それはあれだよほら、本当はいてもいないって、遥陽だって友達同士でそういう会話するでしょ?」



『うーん、しないこともないけど……でもちょっと寂しかったな。凛くんにあんな素っ気ない態度取られて。私の元を離れていっちゃうのかと思ったんだから……』



元々遥陽の元にいるわけでもないから――と言いそうになるところを何とか堪える。



理由は不明だが、今日の遥陽は何だか情緒不安定だ。これ以上遥陽の神経を刺激するようなことは、言わないに越したことはない。



「ま、またその話は今度するから……! じゃあ僕は夏休みの宿題があるしもう切るね! じゃあお休み!」



『あっ、ちょっと凛く――』



受話器ボタンを指で叩き、そのまま流れるようにスマホ本体の電源もシャットダウンする。



最終手段。物理的、かつ強制的に通話を終了するを発動した僕は、恐らく近いうちにその代償を受けることになるだろう。



しかしそれを受けるのは今日の僕ではなく、明日以降の僕だ。



今日の僕はすでに、九条さんの衝撃の一言で天国から地獄に叩き落とされ、そして続けざまに美帆、それから遥陽に傷口を抉られたのだ。



失恋は初めてではないとはいえ、今日のところはそろそろ勘弁してほしい。






「――兄さん誰かと話してた? 遥陽さん?」



僕の声が美帆の部屋まで届いていたのか、自室に行く途中で、ドアを三十センチほど開けた隙間から、美帆が顔だけを覗かせていた。



「……誰かさんのせいで大変な目にあったよ。もし明日遥陽に会ったら適当にごまかしておいて」



「もう兄さんは仕方ないなあ」



僕のやつれ切った表情でいろいろ察した様子の美帆は、ふふっと笑みを浮かべているけど、一体誰のせいだと思っているんだ。




美帆と遥陽は同じテニス部に所属しているから、夏休みの間も顔を合わせることが多いだろう。しばらくは僕の不幸エピソードがこの二人の笑いのタネになる気しかしない。



「遥陽さんは美帆が抑えておくから、その代わり貸し一ポイントね。ちなみにポイントが三つたまると、美穂の言うことを何でも聞いてあげなくちゃいけなくなるから」



「自作自演をしておいて、何を理不尽なことを言うかと思えば……世の中の悪徳業者ももう少し良心的だぞ 」



「自作自演? 美帆にはなんの事だか全く心当たりがありませんね。そういうことを言うのならちゃんと証拠を見せてもらわないと、証拠を」



クイクイと手のひらを動かして僕を挑発する美帆。そんなもの僕に用意できるわけがない。



どうやら美帆も今日はハイになっている。普段はもう少し物静かなのだけれど、夏の暑さで頭がやられてしまっているのか、それとも僕の不幸があまりにも滑稽で憐れに思えて仕方ないのか。



どちらにせよ、負け組の僕が何を言ったところで、見苦しい言い訳にしか聞こないだろう。



さっきは心の中のモヤモヤを取り払えて美穂に感謝していたのに、早くもそれを後悔することになるとは……。



「美帆……笑っていられるのもいまのうちだから。いつか美帆も遥陽も叶わないぐらいの最高の彼女をうちに連れてくるから」



「ふーん。まあ期待せずに待っているよ」



自分でも意味がわからない捨て台詞を吐いた僕は、部屋に戻り電気をつけて残っていた宿題に着手する。







――その後一時間ぐらい集中して数学の課題を進めた僕は、寝る準備まで終えあとは布団を被るというところで、消したままだったスマホの電源をオンさせた。



案の定、遥陽から怒りのメッセージと怒涛の不在着信が来ていたが、その中に一つだけ別の人物からのメッセージが混じっていた。








【お疲れ様です先輩~ 明日のシフト三嶋先輩に頼まれてあたしが代わりに出ることになりました! そういえば、先輩振られたらしいっスね~ 明日はあたしがいっぱい慰めてあげますから覚悟しておいてくださいね~】




……僕のプライバシーは一体どこに行ったんだ?





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