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初デートと帰り道


カフェヴィ……なんだっけ。自分が頼んだものなのに、名前を覚えていない。



コーヒーの上に大量のクリームが乗せられていて、ココアパウダーがかかっている。普通に香りもいいしおいしそう。



こんなこと口に出したら怒られそうだけど、メロンソーダの上にソフトクリームが乗っているクリームソーダのコーヒー版みたいな見た目をしていた。



「……乾杯でもする……?」



「うん、せっかくだしやろうか」



遥陽がカップを差し出してきたので、僕も手に取って軽く合わせた。どうやらさっきの話はなかったことにしてほしいらしい。



よく考えてみると、公衆の面前でとんでもない話をしていた。幸か不幸か、店員がやって来てくれたおかげで遥陽の暴走が止まってくれた。



聞かれてなければいいけど……。厨房の辺りで笑い者にされてたら恥ずかしいな。




「んー! おいしいね!」



スプーンにコーヒーとクリームを乗せた遥陽が満足げに大きく頷いた。



確かにこれはおいしい。ミルクの代わりにクリームがあるのかな……? ほどよい苦味と甘みがミックスして、スプーンで掬って口に持っていく動作が止まらない。



「これは何杯でもいけそう」



「飲みすぎたらお腹がたぷんたぷんになっちゃうよ」



二人してお腹をさすりながらも、もう片方のスプーンを持つ手はずっと動いていた。



半分ほど飲み終えたところで、僕たちは本来の目的であった夏休みの宿題に取りかかることにした。



「凛くんあとどれくらい残ってる?」



「僕はもうほとんど終わってるよ。あとは数学ぐらいかな」



「いいなあ……私は古典と化学……。凛くん、私が数学やってあげるから――」



「やらないよ」



「まだ何も言ってないじゃん!」



「どうせ古典をやれって言うんでしょ。自分のものはちゃんと自分でやらなきゃ」



「いけず。私が古典苦手なの知っててそんなこと言うんだ。彼女が目の前で困ってるのに見捨てちゃうんだ……ぐすん」



目元を覆いながら嗚咽を漏らす僕の彼女さん。嘘泣きなのバレバレだけど。なんなら指と指の間が不自然に開いていて、そこから黒い瞳が覗いているし。



僕は文系で遥陽は理系。得意科目と苦手科目がそれぞれ異なる。正直に言わせてもらうと、文系の僕からすれば理系に進む人達の気持ちが分からない。



「古典は大学受験でも使うんだから、ちゃんとやっておかないと。ここでサボったら後々後悔するよ」



「凛くんのスパルタめ。だって何言ってるか全然分からないもん。漢文とか適当に漢字を並べて文章作ってるだけじゃないの?」



「コツさえ掴めれば以外と簡単だよ。まずは句法を覚えて――」





僕も上から教えられるほど精通しているわけではない。けれども、文句を言いながらもちゃんと僕の説明を聞いてくれる遥陽を見ていたら、何だかとても可愛く思えてしまった。



分からない時は眉間に皺を寄せていて、答えが閃いた瞬間に口と目を大きく開けて僕の方を見やる。これじゃあ彼女よりもペットと言った方がいいのかもしれない。



結局僕も自分の物をそっちのけで、遥陽にヒントを出したり解説をしていたら、いつの間にか二時間も経っていた。



「おおー、ちょっとだけ理解できた気がする! 」



問題集から顔を上げた遥陽が、大きく伸びをする。何とか古典の終わりが見えてきたようだ。



そもそも遥陽は、地頭は結構いい方だと思う。昔からテストの点は僕よりも高かったし、結局のところ本人のやる気次第である。



「さてと! どれどれ……凛くんは数学が残っていたんだっけ? さっきのお礼に私が――」



「結構です」



「……はい?」



「僕はちゃんと自分でするから……遥陽はまず自分のを……」



そう言って僕は自分の陣地の筆記具などを手間に寄せた。まだまだたくさん宿題が残っている遥陽の時間を取るわけにはいかないからね。



「……凛くんさ、期末の数学って何点だった?」



「……八十点ぐらいかな」



「百点満点中の?」



「……二百点満点ですね」



――僕は数学が苦手だ。苦手だから嫌いなのか、嫌いだから苦手なのか。まあそんなのどっちだっていい。



とにかく、無理なんだ。生理的に無理。教科書を読んでも頭に入ってこない。先生の話を聞いても頭に入ってこない。



どうやら僕の身体は、数学を受け付けない体質らしい。無理に摂取してアナフィラキシーショックでも起きたら大変だ。



これはそう、俗に言う戦略的撤退というやつなんだ。



「ところでさっきチラッと見えたんだけど、そのコーヒーカップと左腕で隠れている冊子は何かな?」



気づかれた。数学嫌いの僕が、唯一表紙に数学と書いてあっても重宝している家宝――解答解説書。



「いや……これはですね……」



「ふーん、人にはあんなこと言っといて自分は楽するんだ」



突き放すような遥陽の口調と視線。原因は僕がクズだから、だろう。



「だって先生が分からない問題は答えを見ながらやってもいいって言ってたし……」



これは本当だ。どのみち一生考えても浮かんでこないのだから、早いうちに諦めて解き方を覚える方が効率がいいって教えてもらった。



「私だって凛くんの先生になって、いろいろ教えたかったな……」



僕の指をちょんちょんと引っ張りながら、上目遣いで頬を膨らませる遥陽。




こんなの――――




「よろしくお願いします先生」




このあとむちゃくちゃ数学した。















***



帰る頃にはもう日が暮れかけていた。



「まさか一日で終わっちゃうなんてね」



「先生のおかげだよ」



「いやいや、先生の教えがよかったからですよ!」



「頑張ったのは僕じゃなくて遥陽だよ」



「そんなことない! 凛くんがいっぱい頭を撫でてくれたおかげで頑張れたもん!」



遥陽のその言葉に僕は自分の手のひらに目をやった。



さすがに朝から頭を使っていると、いくら途中で甘くて美味しい糖分を補給しているとはいえ集中力が持つわけがない。



そこで遥陽が提案したのが、互いに教えあって無事問題が解けたらご褒美に頭を撫でよう、という作戦だった。



もうこの手で何回遥陽の頭を撫でたことか。そしてこの頭が、何回遥陽に撫でられたことか。



実際にそうしていた時より、こうやって思い出す方がかなり恥ずかしい。



「何回が近くの人にガン見されてたよね」



「そうだね……でも知らない人に見られても私は何とも思わないよ。それとも凛くんは嫌だった……?」



「そ、そんなことないって! 僕もその……すごい気持ちよかったし」



「なんかその言い方やらしいね」



遥陽はジトっとした目を向けると、改札口を出て階段を駆け下りた。行きは別々だったけど、帰りはちゃんと二人で。



「――凛くんほら!」



遥陽の差し出した手を握り返そうとして――僕はすんでのところで躊躇してしまった。



「……知り合いとかに見られても大丈夫……?」



ここは僕たちの最寄り駅。同じ高校の同級生はもちろん、昔の知り合いもたくさん行き来している。



「別に隠すようなことじゃないじゃん。むしろ私は見せつけたいよ。凛くんは私の彼氏なんだから誰にも渡さない! ってね」



「……それもそうだね」



僕だって見られて困るような人は……いない。まあ仲のいい友達とかは、からかわれたりするかもしだけど。あとは親もちょっと気まずいかな……。



遥陽のことは両親もよく知っているから、そこまで大袈裟な反応はとったりしないと思う……多分。



僕は遥陽の手をとると、どちらともなくその指が絡み合いよりいっそう力を込めて握った。



自宅までの道のりですれ違う人は何人もいた。犬の散歩、ランニング、仕事帰り……みんな通り際にチラッと見てくるぐらいで、僕たちを凝視するような人はいない。



当たり前か。僕が意識しすぎてるだけで、世間では手を繋いで歩く男女なんて何も珍しくはないんだから。



「もう着いちゃうね……」



遥陽の足取りがやや重くなった。この曲がり角を曲がれば、僕と遥陽のマンションがそれぞれ見えてくる。



「ずっと今日みたいな日が続いたらいいのにね」



ことん、と僕の右肩に遥陽頭が乗った。今はお姉さんモードじゃなくて、甘えんぼモードの遥陽だ。



「続くよ――続けよう」



「うん」



再び歩み始める僕たちの前に一筋の影が伸びた。



遥陽に気を取られていた僕は、危うくぶつかりそうな所をギリギリ立ち止まって回避する。



「――す、すみませ…………」



「――いえこちらこそ…………」




女の人の声。それは彼女となった遥陽の声よりも慣れ親しんだ――




「美帆……」



「美帆ちゃん……」



「兄さんに遥陽さん……二人とも帰り道に偶然会っ――」



美帆の目線が僕から離れ、下に下がる。僕もそして恐らく遥陽も――三人とも同じある一点に目をやっていた。





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