初デート②
***
「うわあ……」
「すごいね……」
カフェに入っただけで、まさかこんな言葉が自然と漏れ出てしまうとは……。
建物の外観から、中もかなりオシャレなんだと予想はついていたけど、僕の中のカフェという定義が崩れてしまうような造りになっていた。
まずとにかく、天井が高い。高校の体育館――はさすがに大袈裟すぎにしても、顔をほぼ直角に上げなければどこまで高いのかが分からないほどだ。
そしてそこから吊り下げられている、数々のシャンデリア。僕たちのような高校生には到底似つかわしくないように思えるけど、提供しているのは一般のカフェと変わらないため、何とも不思議な感じがする。
店員に案内されて僕と遥陽は椅子に腰かけた。この椅子も、太い大木をそのまま切り取って加工したような造形で、心なしか自然の香りが鼻をつつく。
欧州をイメージしていると遥陽は言っていたけど、僕はそもそも国外に出たことがないため、ただただ口を開けて感心するばかりだった。
「けっこう若い人が多いね」
「うん。入った瞬間は完全に僕たち場違いじゃんって思ったけど、そうじゃなくてよかった」
マダムたちのお茶会の会場になってもおかしくないこのカフェだけど、周りを見渡すと案外若者で賑わっている。
特に若い女性が多いから、SNS映えてきなあれ目的なのかな……。
「とりあえず飲み物だけでも頼んでおく?」
「そうだね、楽しむのは宿題を終わらせてからにしないと」
「もーう、せっかく忘れてたのに、凛くんのせいでいい雰囲気がぶち壊しだよ」
なんて理不尽な……。教科書よりも大きいメニュー表で突いてくる遥陽に、両手を上げて降参ポーズを取る僕。
「――お決まりでしょうか」
手を上げて呼ばれたと勘違いした女性スタッフが、やってきてしまった。どうしよう。
「えっ、えぇーっと」
店員の威圧感がすごすぎて、間違えました。とも言えず、パニックになった遥陽が目をグルグルとさせながらメニュー表を指でなぞって行く。
「この、カフェ……ヴィ、エノワをお願いします」
「僕も同じのでお願いします」
「かしこまりました」
一礼をした店員は去っていき、僕たちの間に暫しの静寂が訪れる。
「凛くん何頼んだの?」
「……遥陽と一緒のやつだけど」
「……私は何を頼んだの……?」
「…………」
僕たちはもう一度メニュー表に目を落とす。奇跡的に遥陽が開いたページはドリンク欄だったので、間違っても食べ物が運ばれてくることはない。
「名前しか書いてないね……」
けど残念ながら、メニューには写真は載っておらずどんな物が来るかはお楽しみということになる。
「凛くんが変なポーズとるからだよ」
「それは遥陽が僕を攻撃するからじゃない」
「せっかくの初デートなのに、初っ端から勉強の話をする凛くんが悪いんです!」
遥陽はムスッとした表情を浮かべつつも、目は笑っていた。リュックから筆記具と問題集を取り出してテーブルの上に広げた。
幸いにも、ここのテーブルはかなり面積が広く僕と遥陽二人が伸び伸び勉強できるぐらいのスペースは確保できる。
そういえばこんな所で堂々と自習してもいいのかって思ったりもしたけど、すぐ近くに座るお兄さんが英検か何かの参考書を開いて問題を解いていたから、大丈夫なんだろう。
「何だかんだ凛くんと二人で勉強するのも久しぶりだよね」
「そうだね、まあクラスも違うし」
「凛くんは同じクラスの子とのテスト勉強で忙しかったもんね」
「そ、それは…………」
「もーう、冗談だって! ちゃんと私で上書きしてくれたらいいから!」
「言われなくてもそうするよ」
「――! ん、うん ……」
遥陽と付き合って初めて二人きりになる。付き合い始めたのが昨日だから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど、一晩たってもまだ今いち実感は湧いてこない。
もちろん遥陽のことは異性として意識している。今までずっとただの幼なじみだったけど、あの告白以来、遥陽の何気ない仕草や話し方にドキドキするようになっていた。
それでも僕の内面が変化しただけで、遥陽との接し方というかお喋りは今までとそんなに変わらないような気がする。
こうして互いに向かい合って話すことなんて、もう何百、何千と数を重ねている。
友達から恋人になったことで何かが明確に変わるということはなく、これまでも遥陽は近すぎる存在であったがため、僕にはその二つの境界線がまだ少しあやふやだった。
友達以上恋人未満――なんてよく耳にするけど、もしかしたら僕たちは昨日までそんな関係だったのかもしれない。
そこからワンランクアップ――ていう表現が正しいのかは分からないけど、晴れて恋人になった僕たち。
よし、じゃあこれからどうしようか。というのが、今僕個人が置かれている状況になるのかな……。
告白されたのも初めて。彼女ができたのも初めて。初めてのことなんだから知らなくて当たり前。それでいいんならいいんだけど、遥陽はそこら辺のことどう思っているんだろうか……。
「……凛くんはさ、私としたいこととかある……?」
「えっ?」
考え事をしながら自分のカバンから勉強道具を取り出していたら、不意に声のボリュームを落とした遥陽が、つぶやくように僕に聞いてきた。
「だって私たちもう恋人だよ。ただの幼なじみじゃないんだよ。だったら幼なじみのままじゃできなかったこととか……さ」
「……それってさっきみたいに腕を組んだりとか?」
「うん……。私はずっとそうしたかった。凛くんと手を繋いだり腕を組んで外を歩いて、二人でいろんな所に遊びに行って、いろんな物を食べたいな……って」
遥陽の積極的な行動に、僕が昇天しかけたのは言うまでもない。何でもっと早くこんな可愛い子が近くにいるって気づかなかったんだ、って思ったぐらいだし。
ただ、遥陽と違って僕の方から距離感を測るのが苦手で、どうすればいいのか分からないだけなんだ。
「……遥陽は嫌とか思ったりしないの?」
「……嫌って何を?」
「僕の方から遥陽にくっついたりとか……急に手を繋いだりするのは」
僕はずっとそれができないでいた。好きな人ができても、あと一歩のとこが踏み込めない。その理由はいたって単純。拒絶されるのが嫌だったから。
遥陽に対してもそうだった。昨日遥陽と付き合うことになって出かけようと誘われた時、手とか繋いだ放がいいんかな……って夜寝る時ずっと考えていた。
――付き合ってそうそう馴れ馴れしすぎない? って言われるかもしれない。一度そう考えてしまうと、怖くて仕方がなかった。
だから、今日遥陽が出会ってそうそう引っ付いてきたのは、いろんな意味でびっくりした。
「――そんなの!」
僕のなよなよした問いかけに一度口を開きかけた遥陽は、手をついて腰を浮かせ、僕に顔を寄せる。そして再び口を開いた。
「――そんなのむちゃくちゃしてほしいに決まってるじゃん! いっぱい抱きしめてほしいし、ずっと手を繋いでいたいし、その先だって……」
と、興奮したように捲し立てた遥陽が顎を少し上に上げた。
……えっ?
それに釣られた僕の目は、遥陽の柔らかそうな唇を捉えていた。
いや、ここカフェだよ。オープンスペース。僕たちが座っている席が端の方だといっても、話し声も姿も近くの人には筒抜けのはず。
「凛くん……」
ダメだ。なぜか遥陽に謎のスイッチが入ってしまっている。遥陽の口からこんな甘えたようなおねだり声を聞くの初めてなんだけど……。
僕はどうすれば――
「――お待たせしました。カフェ・ヴィエノワです。ごゆっくりどうぞ」
カツン、という足音が止まると同時に、二つのカップが僕たちのテーブルに置かれる。
「あ、ありがとうございます」
僕は何とかその一言を絞り出し、ふーっと息をついた。
前に座る遥陽は、頭から蒸気が出てもおかしくないぐらい顔が真っ赤っかになっていた。
「遥陽……とりあえず飲もっか」
「……そうだね」
少しでも気に入っていただけたら、ブックマークと☆☆☆☆☆の評価よろしくお願いしますm(_ _)m




