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再会と……


僕はスマホの画像から視線を上げ、九条さんに尋ねた。



「これって最近のもの? 九条さんが撮ったの?」



「ちょうど先週のやつで、わたしの友達がたまたま見つけてわたしに送ってくれたの」



先週……ということは、僕が達海さんと目撃した日よりも後ということ。それにしても、彼女とデートした場所に、間隔開けずに別の女と遊びに行ったりするものなのか……?



「このこと彼氏には?」



「まだ言ってない。もしかしたら何かの勘違いっていう可能性もあるし……」



勘違い……。何の勘違いかは分からないけど、僕の見た限り二人は思いっきり手を繋いでいる。百人が見たら百人そう判断するぐらい。女友達はもちろん、兄妹従姉妹っていうのも無理がある。



それで九条さんは、これを僕に見せてどうしてほしいのだろうか。それこそもっと他の仲の良い友達に相談すればいいと思うのに……。



ストレートに聞くのもちょっと気が引ける。が、九条さんはチラチラと僕とスマホを交互に見やりつつ、何かを訴えるような眼差しを僕に向けていた。



「……僕に何かしてほしいことがあるの……?」



僕の問いかけに、九条さんはやや遠慮がちにゆっくりと頷いた。



「こういうこと頼めるの長浜くんしかいないかなって思って……」



「……僕に何を…………?」







――九条さんのお願いは、恐らく浮気しているであろう彼氏と、その相手との決定的な瞬間、もしくは相手の女の人が誰なのか調べるのを手伝ってほしい、ということだった。




「わたしの方から二人で会うのはやめようって言って、どれだけ都合のいいことを言っているのかは分かってるつもりなの。でもこういうこと女の子の友達には頼みづらくて、他に頼れるのは長浜くんぐらい――」





と、顔の前で両手を合わせる九条さんの懇願を僕はアイスコーヒーを口に含みながら聞いていた。



……何だろう。



九条さんの言葉があまり頭に入ってこない。



「――もちろんこのお礼は絶対にするよ! 夏休みが終わったらまた――」



本来の僕だったら、九条さんに頼られたことで舞い上がって、話半分で了承していたんだけど。



お礼なんていいから。僕にできることなら何だって協力するよ。



とか何とか言って調子こいて、これであわよくば九条さんが彼氏に愛想を尽かして、僕だけを見てくれるようになれば……なんて考えていたはずなのに。



今までなら耳にするだけで心臓が跳ねていたその声音が、何だか汚いノイズ音のように感じてしまった。



ここからは僕の勝手な想像に過ぎないけど、九条さんは多分僕が九条さんを好きなことを知っていたんだと思う。



だからその恋心をうまく利用してやろうと考えたのか。好きな人に直接頼み事をされて、断る人なんてほぼいないに違いないから。



もちろんこれは、ひねくれた僕の考えであって、九条さんは純粋に友達として僕を頼ってくれているだけなのかもしれない。



けど、うまく言葉では言い表せないけど、今目の前で僕に頭を下げている九条さんは、これまで僕が憧れていた九条さんと別人のように見えてしまっていた。



どうして?



それがどうしてなのかは分からない。



単純に僕が九条さんの彼氏に嫉妬しているだけってこともある。離れつつある二人の心をまた戻すために呼ばれたようなものだから。







そもそも僕は、九条さんのどこに惹かれたのか。



――ふと隣で目が合った時に、微笑みかけてくれるのが嬉しかった。



――話す時にわざわざ椅子を近づけて、至近距離まで来てくれる動作に、ドキッとした。



――名前を呼んでもらえただけで、その日の嫌なことが全部吹き飛んだ。



特に何か具体的なエピソードがあるわけではない。何気ない日常の積み重ねが、少しずつ僕の心を奪っていったのだ。



けどそれは、僕が九条さんの表面的な部分しか見えていなかったことも意味する。



深い関係にならなかったからこそ、僕は九条さんのことを一年経っても、何も知らないままだった。





「――で、お願いできるかな……?」





まずい。途中からほとんど聞いていなかった。確か彼氏は電車通学でいつも帰るのが……みたいなことを言ってたような気がするけど……。



今、九条さんの目には僕がどんな風に映っている?



ちゃんと人間の顔をしている? それとも上から糸を垂らした操り人形?



自分でも、なんでここまでひねくれてしまっているのか説明はできない。けど、一度疑いを持ってしまったらそれが完全にシロだと証明できない限り、僕は答えをイエスで返すことはできなかった。




友達として、彼氏が浮気していないか調べるのに協力してほしい。



――全然いいよ。任せて。



喉から出かかっているその言葉が、音を宿すことを拒否している。



この胸の中のモヤモヤは、どうやったら晴れるんだろう。



「長浜くん……?」



言い淀んでいる僕の様子を、九条さんは不思議そうに首を傾げて見ている。



そうだよね。



自分のことを好きなはずなのに、何を返答に迷うところがあるのかって感じだよね。



あっ、ダメだ。最初に疑うことが前提になっている。



今日会うまで――もっと言えばこの話を聞くまで、僕は九条さんと会うことを心待ちにしていた。



もしかして変わったのは九条さんじゃなくて、僕の方?



そんな僕に一つの答えを示したのは、僕の中の天使か悪魔、果たしてどっちだったのだろうか――






――こんな腹の中で何考えているか分からない人より、自分のことを好いてくれてる人を優先したら?






まるで天啓のように降りてきたその指針に、気がつけば僕は導かれるように立ち上がっていた。




「――ごめん九条さん、せっかく頼ってくれたのは嬉しいんだけど、そんな探偵みたいなこと僕にはちょっと無理だと思う。だからそれはまた別の人に頼んで……! ごめんね!」



「えっ……? ちょっ、長浜くん!?」



僕は飲みかけのアイスコーヒーのコップを持って椅子を引き、そのまま九条さんに別れを告げてゴミ箱に押し込んだ。



九条さんも、何事かと混乱した様子で僕を追いかけてきたが、階段を早足で駆け下りた僕を見て諦めたのかそれ以上追ってくることはなかった。



一つ最後に気になったのが、階段を降りている時に、背中越しにかなり大きい舌打ちが聞こえた気がしたけどさすがに九条さんではない……よね。



いつの間にか人もかなり増えていて、僕とすれ違った人が当たりそうになってキレてただけだと思う。多分。







店を出て、自転車に跨る時にはすでに、胸の中のモヤモヤは綺麗さっぱりなくなっていた。



「そうだ」



僕は思い出したようにポケットの中からスマホを取り出す。九条さんからは何も連絡は来ていない。一応後で改めて謝っておこう。



そしてメッセージアプリの友達欄から、目当ての人物を探し出してタップする。



今朝の美帆のあの格好から察するに、多分家にいるはずだ。



通話ボタンを押して、二度目のコール音で出てくれた。



『――もしもし?』



「もしもし遥陽? 僕だけど、今から会えるかな――」







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