再会の序章
***
九条さんとの約束の日を迎えた。
遥陽に届いたあの脅迫ともとれる文章と写真は、多分うちには来てなかったのだろう。美帆に確認してみたけど、何も知らない様子だった。
警察に相談してみればもしかしたら犯人が分かるかもしれないけど、それは次があるまで待とうと、遥陽と相談した結果そうなった。
遥陽は両親に迷惑をかけたくない感じだったし、僕も遥陽本人がそうしたいと思ったのなら、無理に大事にさせるわけにはいかない。
一応二日経って遥陽から何も連絡がないということは、問題ないということなんだろう。
だからといって何も解決してはいないんだけど、僕にできることは何も変なことが起こらないよう祈っておくことだけだから、念のため美帆にも再度、宛名のない封筒がポストに入っていたら僕に教えてと言っておいた。
「――兄さん今からお出かけ? 野球はいいの?」
準備をすませ玄関で靴を履いていた僕に、背後から美帆が近づいてきた。美帆も今日は部活が休みなのかラフな格好をしている。
いつもなら僕が外出しても素っ気なく行ってらっしゃいって言うだけの美帆が、わざわざ冷房の効いた部屋から出てきたのだ。
僕が毎年甲子園を楽しみにしていることは美帆も知っているし、まさか決勝戦の日に予定を入れるなんて思ってもいなかったのだろう。
「うん、ちょっとどうしても今日じゃダメなことがあって」
僕にとってもある意味これは苦渋の決断だった。そこら辺の男友達とかだったら絶対断っていたけど、相手が九条さんなのに加え、僕の今後のあれこれに関わりそうな誘いだったからこっちを選ぶことにした。
「珍しいこともあるんだね。昔は美帆がチャンネル変えただけで拗ねてたのに」
「いつの話をしているの……僕だってもう大人になったってことだよ」
「じゃあ今度からはそうしても大丈夫ってことだね」
「それとこれとは別だ」
その場にいないのと、その場にいるのとは全く違う。ノーアウト満塁で点が入らないのと、ビッグイニングになるぐらいの差がある。
「ところで今日ってバイトじゃないよね? 誰かと約束でもしてるの?」
「……中学の友達とこの前たまたま再会してさ、都合のつく日が今日しかなかったんだ」
「ふーん、そうなんだ、今日も暑いから倒れないようにしてね。しんどくなったらすぐに美帆に連絡するんだよ」
咄嗟のことでつい嘘をついてしまったけど、どうやらバレてはいない様子だ。
ここで美帆に九条さんと言ったら、『彼氏持ちの子相手に何やってんだ』とか何とか罵られそうだから、これは必要な嘘なんだ……恐らく。
「いつから僕の保護者になったんだよ、僕は兄さんだよ。行ってきます」
「大切な人を心配するのにそんなもの関係ないから。行ってらっしゃい」
僕は美帆に見送られて家を出た。エレベーターが到着するのを待っている間、不服そうに唇を尖らせてた美帆の顔が頭に蘇っていた。
面と向かってあんなこと言って恥ずかしくないのかな……。確かに僕だって美帆はすごい大切な妹だけど、そのことを正面から言えるほど肝は座っていない。
そういうところを見ると、やっぱり兄妹だけど兄妹じゃないんだな……と少し複雑な心境になってしまった。
***
九条さんとの待ち合わせ場所であるハンバーガーショップまでは、ここからそんなに離れてはいない。
とは言ってもここから二十分近くも歩くのはキツイので、いつも通り自転車で行くことにする。
今日は自転車を漕いでいてもほとんど風を感じない暑さの日だった。甲子園の浜風が恋しい。左打ちの僕にとっては天敵になるんだけど。
僕はまたしても到着するとすぐに陰に隠れて全身の汗をタオルで拭いて、汗ふきシートで汗臭さをできる限り取り除き、店の前で九条さんを待った。
今の時刻は十時五十分。約束の十一時までまだ少しある。チラッと店内をうかがった感じ人はそれほど入っていない。多分お昼時になったら一気に増えてくるんだろう。
――と、そんなことを考えているうちに、こちらに向かって小走りで駆けてくる人影が……。
「お待たせ長浜くん。待たせてごめんね」
約半月ぶりに、九条さんと再会した。
「僕もさっき来たところだから、全然待ってないよ」
「それならよかった……! 暑いから早く中に入ろうか」
僕たちはハンバーガーショップに入店した。九条さんはアイスミルクティー、僕はアイスコーヒーを注文し、商品を受け取ったら二階に上がって空いている席を探した。
店は入ってすぐの一階が受付と、主にカウンター席の場で、その上が四人がけのテーブルや一人用など百人規模が飲食できるフロアになっている。
階段から少し離れた壁際の席を確保した僕たちは、向かい合わせで腰を下ろす。まだ座席は四分の一程度しか埋まっていない。
周りは、社会人や大学生らしき人が多かった。本や参考書を読んだり、ノートパソコンを広げたりと朝は静かな空間になる。そのうち僕たちのような中高生や子連れの家族とかが増えたら、一気に無法地帯に変わるけど……。
九条さんが飲み物に口をつけたので、とりあえず僕も真似してストローを差して一杯口にした。
「こうやって二人で話すのもすごい久しぶりな感じがするよね。実際はそうでもないのに」
「……そうだね」
最初に九条さんが口を開いてくれなかったら、このまま静寂が永遠に続いていただろう。それぐらい僕は謎の緊張をしていた。
今日の九条さんは真っ白のワンピースコーデだった。見ているだけで涼しくなる。
ワンピースといえば、前回の図書館の青いワンピースが思い浮かぶが、それよりも今日は少し幼い――って言ったら語弊になるけど普通の高校生っぼい感じだ。
うつむき加減で前髪を気にしながら、耳に髪をかける動作に僕は思わず見惚れてしまう。
そんな感情を抱いたところで虚しくなるだけなのに、僕の気持ちを無視して本能的にそうなってしまう自分に少し嫌気がさした。
『九条さんとはもう終わっている』、『ただのクラスメイト』、『そもそも彼氏がいるんだぞ』。と昨日の夜寝る前に何度も自分に言い聞かせて自己暗示をかけていたのだけど、あまり効果は出ていない。やはり一夜漬けでは無理があったか。
「それでさっそくなんだけど……この前言った通り、長浜くんに見てほしいものがあって」
「あぁ……」
そういえばそんな話だった。メッセージを介してではなく、直接見てほしいもの。全然見当がつかない。
「これを見てくれる?」
九条さんは僕にスマホを差し出した。画面を見てみると一枚の画像が表示されている。
これは……僕のバイト先でもあるショッピングモールの看板が映っていた。このショッピングモールは西館と東館に分かれていて、それぞれを繋ぐ渡り通路があるのだけどそこで撮影したのか……?
多分西館側から、東館に向けての進路で撮った写真。そこを通る数人の人も一緒になって写っている。
「これがどうかしたの?」
九条さんが僕に何を伝えたいのか分からなかった。こんな変哲もない写真、幽霊でも写り込んでいたとか?
「ここ、これ見て」
九条さんは画像の右上の方を拡大した。手を繋いで東館に向かう一組の男女の後ろ姿が画面の中央に寄せられる。
日が落ちかけていて少し見にくいけど、その女の人のシルエットは、今日前回と九条さんが身に着けているワンピースそっくりだった。
まさかこんなリア充ぶりを僕に見せつけるためだけに僕を呼んだとかじゃないよね……。
もしそうなら本気で泣くんだけど。
「――この人、前言った最近付き合いだしたわたしの彼氏なの」
…………そういうことか。
髪型と背丈が違う。
勝手にそう思い込んでいたけど、よく見てみるとその彼氏の隣にいるのは、九条さんではなかった。
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