9-2_天使が舞い降りた
3話連続の2話目です。
今回3話構成です
9-1_あれがない
9-2_天使が舞い降りた←いまここ
9-3_俺たちの結婚披露宴
つわりが人の食べ物の好みに大きく影響することは分かった。
少し、つわりが弱くなったある日、小路谷さんが水族館に行きたいと言い出した。
つわりは、人の行動にまで影響するのか!?
男の俺には理解できないが、あんなに辛そうだったのに、食べたいとか、飲みたいじゃなくて、魚が見たいって……俺には実現するしかできることがなかった。
とにかく、仕事は休みにして、したいことに付き合うことにした。
うちが自営業だから何とかなったと思う。
他の人の会社に勤めていたら、我が家は破綻していただろう。
容易に想像がつく。
そう言った意味でも『育児休暇』って子供が生まれる前から取得できるべきだな。
一般的な会社の普通の制度では、子供が生まれてから1歳になるまでの期間らしいけれど、それ以外は有給などを使って気軽に休ませてほしい。
まあ、人によってどこに重きを置くかがあるだろう。
俺の場合、会社よりも小路谷さんが大事だから、会社は有給扱いで休みにしてもらおう。
あと、結婚披露宴まであと1週間となっている。
幸い式場との打合せ内容は、俺一人でもできるものだけだったので何とかなるけど、小路谷さんは食事もできないだろうし、大丈夫なのかこれ!?
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車の運転も細心の注意をしてできるだけ揺れないように運転した。
運転する方も背中に汗をかくほど緊張していた。
こういう時は軽自動車でなくて、高級車の方がいいのかも。
このところ、披露宴の打ち合わせが忙しすぎて、結局、自動車を見に行くこともできていない。
会社では仕事もあるし、人間そうマルチタスクで色々捌いていくことはできないのだ。
漸く水族館に着いた。
福岡の場合、市内に水族館があるのだけれど、車で1時間ちょいの移動が必要だ。
海沿いの大きな建物に着き、駐車場に車を停めたら、小路谷さんはぐったりしていた。
そこまでして見たい魚って……
多少ファンタジーだけど、お腹の子供が欲しているとしたら、魚好きな子になるのだろうか。
魚に関係した名前を付けるのもいいと思ったけれど、サザエさんみたいになるといじめられそうなので、ちょっとやめておくか。
水族館の中では、イルカのコーナーとラッコのコーナーが人気だ。
しかし、小路谷さんは、なんかアジが同じところをグルグル回って泳いでいるブースがお気に入りみたい。
アジは比較的ありふれた魚なので、水族館では特別人気ということはないようだった。
人が多いと、人のニオイもダメらしいので、ちょうどよかった。
「アジの筋肉がすごい……」
なにに魅了されているのか分からない。
全くもって意味が分からない。
俺にできることは『そうだね』なんて言って、訳の分からない相槌を打つくらい。
そう言えば、ある芸能人は子供ができた時に無性に『土壁』が食べたくなって、蔵の壁をむしって食べていたのだとか……
『土壁』ってもはや食べ物でもないし……
お腹の中の子供が母体に影響する影響力の程はわからないけれど、カタツムリの寄生虫『ロイコクロリディウム』は宿主を鳥に食べさせるために日なたを歩かせるらしいし、『ハリガネムシ』はカマキリに寄生して、川に飛び込ませて魚に食べさせるのだとか。
お腹の子供と寄生虫とを同様に扱うと非常識と言われてしまうので、小路谷さんには言えないが、それを連想させるくらい彼女の普段の行動とは全く違う動きをしていると感じている。
それを強いる出産というイベントは、単に子供ができたと喜んでいた俺(男)とは違い、女は闘いでもあるのかもしれない。
しばらくすると、『アジのえさやりショー』の時間になり、人が集まってきたので、逆に俺たちはアジのブースから離れた。
小路谷さんはトイレに行った。
俺は休憩できる場所が無いか辺りをうろうろしていた。
ふと下を見ると、小さい財布を見つけてしまった。
誰かが落としたのだろう。
こういう時は、拾ってあげるにしても、周囲にネコババしているのではないかと思われているような気がして、拾いにくい。
ただ、状況を考えると、落とし主はこの水族館の中にいるだろうし、館内放送などで知らせることができれば比較的すぐに落とし主の元に戻るだろうと思った。
財布を拾って、係員の人を探すためきょろきょろしている時に声をかけられた。
「あの……すいません。その財布、私のです」
振り返ると高校生くらいの女の子と……その後ろに男性?
親子にしては歳が近そうだし、カップルにしては離れすぎている。
ただ、女の子の方はびっくりするくらいかわいい顔をしていた。
「あ、すぐそこで拾ったんです。一応、確認で中に何が入っているか教えてください」
持ち主以外の人に渡してしまったら、本当の落とし主が困るだろう。
できる限り本人確認をしようと思った。
「あ、中、見てもいいですか?」
「はい…。札は3000円くらい入っていて、小銭はあんまり入っていません。あと……写真が1枚……」
小さい財布を開けると、確かに1000円札が入っている。
出してみないと3枚かどうかはわからないけれど、概ねそれくらい。
小銭も確かにあんまり入っていない。
写真は小さめの写真で本来定期入れの場所に入っていたので見てしまった。
そこにいる男性が寝ている前で彼女が自撮りしている写真。
ブイサインの上、満面の笑顔。
目の前の表情があまりない少女と同一人物なのか一瞬分からなくなる。
益々二人の関係が気になるところだけど、財布の中身はおおむね合っている。
落とし主本人だろう。
ここまでして何かあっても、もう俺の領分ではないと言っていいに違いない。
「はい、どうぞ」
そういって、彼女に財布を渡している瞬間だった。
「なにその子!?天使!?」
小路谷さんの声だった。
その声にびっくりして、財布を持っている手をひっこめてしまった。
次の瞬間には小路谷さんが、目の前の少女に抱き着き頬ずりしていた。
「なになに?この子!かわいい!高野倉くんがナンパしたの?」
なんかいつもの小路谷さんで嬉しいやら、恥ずかしいやら……
「財布を拾ったから、その落とし主さんだよ」
小路谷さんの首根っこを捕まえて、少女から引き離す。
「すいません。美少女を見ると飛びつく病気なので……」
そんな病気があるかどうかは知らないけれど、それくらい言わないと今の状況を一般の人に伝えることはできない。
「あ、いえ……こちらも拾っていただいたお礼をしないと。よかったらそこで飲み物でも……」
そう言ったのは、少女の後ろの男性。
なんか普通にちゃんとした人らしい。
俺と歳はあんまり変わらないみたいだけど、女子高生を連れて歩いているというだけで若干不審者に見えてしまうのは先入観だろうか。
それとも僻みだろうか。
「あ、いえ、すぐそこで拾っただけですから」
そう言っている間も、小路谷さんの目はキラキラしている。
久々に見た笑顔が見知らぬ少女を見てということで、若干のヤキモチもあったけれど、少し安心した気持ちもあった。
そう言った意味では、この二人と少し一緒に休憩することでもう少しの間、小路谷さんの辛い顔を見なくてもいいのかもしれない。
「あのやっぱり、……飲み物ご馳走しますので、少しだけお話できませんか?」
こちらの都合で話したいのだけれど、結局、お礼ということで館内のイートインコーナーで飲み物をご馳走になってしまった。
長テーブルの角の席で少女と小路谷さんが隣り合わせで座り、小路谷さんが少女の頭を撫でたり、頬ずりしたりしている。
男性陣はそれぞれその隣に座った。
「あの……すいません、うちのが……」
もはやお詫びを言わないといけないレベル。
こういう場合は『カノジョ』?『嫁』?『家内』?『妻』?
まだ呼び方が定まっていない問題が浮き彫りになった。
「名前はなんて言うの?」
「……十連地です」
俺の悩みは他所に小路谷さんが少女に質問していた。
少女の名前は十連地さんとおっしゃる。
一見、無表情っぽいけど、不機嫌ということではないみたいだ。
「あ、俺は富成といいます。この子の……保護者です」
「先生、先生は保護者ではありません」
「だから、外で先生って呼ぶなって(こそっ)」
なんか複雑そうだ。
触れてはイケなさそう。
「あ、いや、変な関係ではなくて…ですね。たまたま同じアパートに住んでいて…」
「カレシです」
「そのアパートの大家さんの娘さんがこの子で……」
「カレシです」
やっぱり、複雑そうな関係だ。
ただ、少女が『カレシです』っていうのだから、カレシなのだろう。
男性の方が『だから……』とか続けているが、もはや俺の頭には『この二人はカップル』と認識されていて、それ以上の情報を受け付けていない。
「俺は、高野倉といいます。こっちは小路谷。すいません。カノジョさんのことを気に入ったみたいで……」
俺も普段、知らない人に話しかけたりしない。
もしかして、これも妊娠が人間に影響を……いや、そんなはずはない。
「高野倉くん、私、こんな子供が欲しいわ」
十連地さんに頬ずりしながら小路谷さんが言った。
目はキラキラしているから、本気だろう。
「なんかその、デパートとかでいい商品見つけたみたいな反応は失礼だから……すいません」
「あ、いえ……」
「彼女、妊娠初期で、色々不安定なんですけど、お二人に会って久しぶりにいい顔したもので、ちょっとお話ができたらと思って」
「ああ、そういうことですか」
富成さんという男性の方は話が腑に落ちたようで、少し安心した顔をした。
「引っ越しと、結婚と、妊娠と色々なイベントが一度に重なってしまって……」
「それはおめでたいですね!」
「ありがとうございます」
そうか、おめでたいことなのか。
色々重なりすぎて、『大変』が前に立っていた。
引っ越しが良いことかどうかは人によるだろうけど、結婚と妊娠はいいことだろう。
今は、『おめでたい』の真っただ中だったのだ。
時間的余裕がもう少しあればよかったのだけれど、意外と当事者はそれに気づけないものだ。
「結婚……」
今度は、十連地さんの方が目をキラキラさせて小路谷さんを見ている。
なんだかんだ言って、この二人似た者同士では!?
歳の離れたカップルは、それなりに大変なこともあるのかもしれない。
でも、二人とも笑顔だったから俺としてはそれ以上何もない。
他所がどうでも、うちのことで精いっぱいだ。
困っているなら話は別だけど、幸せそうならそれでいいんじゃないだろうか。
歳が離れているからとか、それをどうこう言う程、俺に余裕はなかった。
さっきの二人と別れてから思ったけれど、人は自分たちだけでは自分がどういう状況なのか分からない。
やっぱり、友達は必要らしい。
つまり、友人は『鏡』みたいなもの。
曇っているかは『鏡』によるけど、いずれにしても『鏡』がないと自分の姿が見えないのだ。
ずっとボッチだった俺は、ずっとボッチのままで十分だと思っていたけれど、『普通』を目指すと、ひとりでは生きられないのかもしれない。
ただ、『普通』を目指すからそうなる訳で。
そもそも『普通』とは、誰かと比べて大多数がそうであることが『普通』……
『みんなと同じ』とか『平均的』とか、いかにも日本人的な考えではないだろうか。
俺たちは、『ウーピーパイ(自分たちらしく)』なはず。
無理はしないでおこう。
今まで大変なことばかりが前に見えていた『妊娠』も、(さっきの少女には悪かったけれど)『目指すゴール』が具体的に見えた分、今の状況を受け入れやすくなった気がする。
今はもう、自分の子を『ロイコデリュウム』や『ハリガネムシ』に例える気にはならない。
これまでは、どこか『敵』だと思っていた節がある。
小路谷さんに害成す敵。
別に、つわりがなくなったわけじゃないけれど、あの子に会って考えが変わったかもしれない。
もしかして、本当に天使だったり……そんなバカなことを考えてしまった。
「かわいい子供のためだから頑張る」
なにも言っていないのに帰りの車の中で小路谷さんがぽつりと言った。
「うん。今日のあの子みたいにかわいくなったらいいね」
「男の子だったら?」
小路谷さんが思い出したように聞いた。
「ああ、そのパターンもあったか」
「荒くれ者は困るなぁ」
「うちの子が荒くれ者になるかな?」
「今、流行りの『親ガチャ』の反対」
「『子ガチャ』もあるのか」
別に『親検定』とかないし、『親教習所』もない。
ある日突然、『あなたは親です』と言われても、変われるものでもないのだ。
知らないことは知らないし、できないことはできないままだ。
つわりだってどうしたらいいのか分からないのに、子育てしようってなっても全然情報がない。
考えてみれば、なかなかの無理ゲーだった。
自分が生まれた時も、自分の両親は同じようなことを感じ、考えたのだろうか。
急に自分の親がすごく感じ始めた。
親にお礼を言う機会なんてないけれど、感謝しないと…だな。
「見て見て!高野倉くんこれ」
「いや、運転中なんだけど……」
「じゃあ、信号待ちの時に。さっきの天使からメッセきた!」
あの短い時間でアカウント交換していたのか。
さすがコミュニケーション・モンスター。
「アカウント交換してどうするの?」
「んー?別に?せっかく会ったのも何かの縁だし、もう連絡しないかもだけど、なにかあったら連絡できるじゃない?」
「ふーん」
「あと、かわいいから私のテンションが上がる!」
それはありがたい効果だ。
そう心の中で思いながら、車はできるだけ揺らさないように細心の注意をはらいながら運転した。
特別出演の富成先生と十連地紗弓さんでした。
くわしくはこちら。
◆高校教師◆~近所のガキんちょがJKになったら高校教師の俺が担当するクラスの生徒になった~
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