68.女神の願い。
「15歳で勇者の祝福を受けて、一ヶ月ちょっとで剣聖と賢者のクラスを経て竜族の首領までも任され、なおかつ魔王を一撃で瞬殺するなど、ほかの勇者には逆立ちしてもできぬ神がかり的な偉業じゃぞ!?」
「そうだったのか」
あまりにも簡単に倒せたものだから拍子抜けしたんだがどうやら魔王が弱かったわけじゃないらしい。
「我ら神族の神託会議でも其方の評価はうなぎ上りじゃったのだが……。本人はその自覚がなかったとは驚きじゃ」
「悪いがまったくそんな自覚はなかったぞ」
ぶっちゃけパーティーのみんなに助けられたって思っていたくらいだ。
「だからどうかのぅ~? 其方以外に適任者はいないのじゃ! 妾の願いを聞いてもらえぬか?」
「うーん。元々俺は戦いは好きじゃないんだけどなぁ」
そりゃ命懸けとなれば戦わざるを得ないが、勇者なんてものとは無縁の人生を送りたかったっていうのが正直なところだ。
「もちろんタダでとは言わぬ。それなりの恩恵は用意するつもりじゃぞ~!」
「恩恵?」
そこでシルルは願いを聞き入れた場合について話し始める。
「まだ其方には話していなかったのじゃがな? 並列異世界を支配下に置いたとしてもそのほとんどは永久的なものではないのじゃよ。つまり、いつかは魔界族の支配下に置かれる可能性があるということじゃな」
シルルいわく、これが上位界における魔界族との覇権争いが終わらない理由なのだという。
なるほど。
勇者が魔王を倒したとしてもまた魔王が復活して世界を征服してしまえば、今度はその並列異世界は魔界族の支配下に置かれるってわけか。
「其方の世界――ミズガコレルでもそんな歴史があったじゃろ?」
「そうだな」
たしかに数百年おきに魔王が復活してそのたびに勇者が封印をしてきたっていう歴史がある。
「けど今回は俺が魔王を完全に倒したはずだぞ?」
「その通りじゃ! ミズガコレルの魔王は其方の手によって完全に滅んだ。もう蘇ることはない。じゃが、また魔界族によって新たな魔王が送り込まれないとも限らないのじゃよ」
「そんなことが可能なのか?」
「永久的に支配下に置けないと言ったのはそのためじゃ。年月が経つと徐々に支配力が弱まって隙を突かれるようなこともある」
「マジか」
てことは俺たちの子孫はまた魔王の恐怖に怯えなきゃならない可能性があるってことだ。
「だが安心せよ、勇者レオよ! そういう時のために奥の手があるのじゃ~!」
「奥の手?」
「其方が妾の願いを聞き入れた場合、ミズガコレルには永遠に魔界族が手出しできないように結界を張ろう! これはほんの一部の並列異世界にしか使えない御業でな? 今回は特別に其方が暮らす世界を守るために使うとするぞぉ♪」
「それはありがたい提案だが……」
けどそんなことまでしてもらって俺が転生しなくちゃいけない世界っていうのはどういうところなんだ?
「どうじゃ? これで頼みを聞いてくれるかのぅ?」
「いやもう少し聞きたいことがある。転生先の世界についても詳しく教えてくれ。決めるのはその後だ」
「うむ。そうじゃな」
シルルはティーカップを一口啜ると俺が転生する先の世界について話し始めた。
◇◇◇
「これから其方に行ってもらうのはザナルスピラという異世界じゃ」
「ザナルスピラ?」
「アレはちょうど神族と魔界族が支配下に置いた並列異世界の境にあってのぉ~。非常に重要なポイントにあるのじゃ。ザナルスピラを先にどちらが支配するかで今後の覇権争いが大きく変わってくると我ら神族は考えておる」
そんな世界に転生しなくちゃならないのか。
思っていたよりも荷が重そうだな。
「魔界族も相当気合いを入れてくるはずじゃ。ザナルスピラの魔王はまだ復活前じゃが、かなり手強い相手を送り込んでくるに違いないのぅ」
「現地の勇者はどうなんだ?」
俺なんかが手助けしなくても勝手に倒してくれるんじゃないか?
そんなことを思って訊ねたわけだがシルルの反応は良くない。
「うむ。そなたと比較するわけじゃないがのぅ。ぶっちゃけサイアクじゃ……! まだ勇者として祝福を受ける前じゃが、神託会議では最低のFランク勇者の烙印を押されておる。ちなみに其方は生まれた時点でSSSランク勇者の評価をされておったぞ~♪」
「でもこれから覚醒して強くなるってこともあるんじゃないのか?」
実際に俺がそうだった。
SSSランクなんて言われても実感はまるでない。
最初なんかスライムやコボルトすら倒せなかったからな。
「残念じゃがそれはあり得ぬ。アレは量産型のFランク勇者じゃ。あのような者が生まれた時点でザナルスピラは魔界族の支配下に置かれるのが確定したようなものなのじゃよ。決して魔王を倒せるような器ではない。だから悩んでおるのじゃ~!」
そこでシルルは大きくため息をついた。
(よく分からないが相当悩まされているようだな)
困っている相手を見るとつい助けたくなってしまう。
俺の気持ちは少し揺れ動いていた。