57.真実の行方。
「チノ。俺が冒険者試験に落ちたこととディーネは関係ないぞ。単純に俺がヘマして時間内にギルドへ戻って来られなかっただけだ」
「ごめんなさいなのです、エルハルト。チノは今ディーネに訊いているのですよ」
俺をまっすぐに捉えてそう告げるチノには有無を言わさない凄みのようなものがあった。
この鋭い洞察力と冷静さがあるからこそ、これだけ大きなギルドをまとめ上げることができているんだろう。
ここまではっきり言われたらさすがに何も言えないか。
暫しの間、沈黙が俺らの間に降り立つ。
ナズナも固唾を呑んで状況を見守っていた。
やがて。
その静寂をディーネが破る。
「……そうだよ、チノ。エルハルト君が試験に落ちたのはウチのせいなんだ」
「ディーネ、いいのか?」
「ごめんエルハルト君。やっぱりウチ、嘘はつけないよ」
どこか決意した様子で頷くとディーネはチノに向けてこう続けた。
「ウチは……ベルセルクオーディンを倒していないの」
「本当なのですか?」
「うん」
「ですが、ユリウス大森林の高熱源体が消滅するのをチノは魔法で確認済みなのです。それならベルセルクオーディンは誰が倒したのですか?」
「エルハルト君だよ」
ディーネがそう口にすると、周りは再びざわざわと騒ぎ始める。
だが、今回は嘲笑するような声は含まれていなかった。
皆単純に驚いているようだ。
「エルハルトが……」
チノもまたそれを耳にして大きく驚いていた。
訝しそうに視線を俺に向けてくる。
「ベルセルクオーディンはウチが討伐したことにしてほしいって、エルハルト君はそう言ってくれたんだ。ウチはエルハルト君の好意に甘えちゃって……。チノ。嘘の報告をしてごめんなさい。全部ウチのせいなんだよ」
「いやそれは違う。俺が余計なことを言ったからディーネを戸惑わせてしまったんだ。責任はすべて俺にある。ディーネを責めないでやってくれ」
チノは俺ら2人の顔を交互に見つめながら首を横に振った。
「何か勘違いしているのです、エルハルト。チノはべつに責めたりなんてしないのですよ。目的は果たされたわけですから。ただ少し気になります。どうしてエルハルトはディーネの功績にしようなんて考えたのですか?」
「それは……」
俺が言い淀んでいると、隣りに並ぶディーネが口を開いた。
「エルハルト君はウチのためにそう言ってくれたんだよ。多分、ウチがチノに失望されないようにって」
「失望、ですか?」
「ウチはベルセルクオーディンに全然敵わなかったんだ。エルハルト君たちが助けに来てくれなかったら間違いなく死んでいたよ。ごめんね、チノ。すごい期待してくれていたのにそれに応えることができなくて……。でもウチじゃ無理だったんだ」
「ディーネがまったく敵わなかったなんてにわかに信じられません」
チノは神妙な表情を浮かべていた。
ディーネがそこまで追い込まれたことが信じられないのかもしれないな。
「でも事実なんだよ」
「……」
「エルハルト君はウチを助けたから日没までにギルドへ帰って来られなかったんだ。だから、エルハルト君が試験に落ちたのはウチのせい。チノ。どうにかエルハルト君の不合格を取り消せないかな……? ウチにはどんなペナルティを課しても構わないからさ」
「ごめんなさいなのです、ディーネ。ほかの子たちがいる手前それはできないのです。エルハルトが冒険者試験をクリアできなかったのは事実なわけですから。彼だけ例外を認めるわけにはいかないのですよ」
「そんな……」
「もういいんだ、ディーネ。それとチノ。いろいろと騒がせてしまってすまなかったな。すぐに出て行くから許してくれ」
今度こそ俺はこの場を後にしようとする。
しかし。
「待ってください」
そう俺を呼び止めるとチノは目の前までやって来た。
「エルハルト。改めて確認します。あなたがベルセルクオーディンを倒したっていうのは本当なのですね?」
俺は一度ディーネに目を向ける。
胸の谷間で指を組んで彼女はまっすぐに俺を見つめていた。
(さすがにもう誤魔化せないか)
それを確認すると俺はしっかりと頷いた。
「ああ。本当だ」
「そうですか」
そこでチノは俺のもとから離れた。
何かを思案するように頬に人差し指を当てる。
やがて答えが出たのか。
チノはこんな風に切り出してきた。
「分かりました。では追試を行うことにするのです」