51.上級剣士の美女、過去を語る。(上)
「ウチはさ。捨て子だったんだよね。獣族と人族の間に生まれたから多分育てるのが難しかったんじゃないかな」
どこか他人事のようにディーネは口にした。
「気付いた時にはルチアーノっていう盗賊一味のアジトにいて最初はそこで育ったんだよ」
「盗賊に拾われたのか?」
「うん。多分そうだと思う。混血だったからさ。身体能力は他の子に比べたら高かったと思うし、それで利用しようとしたんじゃないかな。そこで名前も勝手に付けられたんだよね」
ディーネいわく当時のことはよく覚えていないらしい。
ひょっとすると、いろいろと思い出したくないことがあって記憶に蓋をしてしまっているのかもしれなかった。
あれこれ聞くのは控えた方がいいな。
俺は何も言わずにディーネの話に耳を傾けた。
「それでそんな生活が嫌になって逃げ出したんだよね。もちろん、お金なんか無かったからさ。やることと言ったら商店で物を盗んだりすることで。そんな感じでなんとか生きてたんだよ」
「たくましいな」
「周りにいた手本となるべき大人たちがみんなそんな感じだったから、にゃはは……。でも今では本当に反省してるんだよ? 冒険者としてみんなの困りごとを解決しているのも当時の償いって意味があるんだ」
「そうだったのか」
だから、王国中を周ってさすらいの冒険者なんてものをやっているのか。
なんともディーネらしい考えのように俺には思えた。
「まぁ当時はそんな感じだったからね。悪さするのに躊躇いがなくてさ。けっこう大胆なこともやっちゃったんだ。そのうちの一つがチノの誘拐だったんだよ」
「誘拐?」
「チノはアレンディオ伯爵家の長女だったから。大切な令嬢を誘拐すれば大金が手に入るって思ったんだよね。今考えると本当に愚かなことしたなって思うけど、当時の自分としては生きていくのに精一杯だったからさ。そんなバカみたいなこともしちゃったんだよね」
ディーネはアレンディオ伯爵家の大邸宅に忍び込むと、庭に出て遊んでいた幼き日のギルマスにナイフを突きつけて脅したらしい。
「こっちに来るようにって脅したんだけどチノは全然動じなくて。普通同い年の子にこんなことやったら絶対に泣いちゃうはずなんだけどね。でもチノはまったくそんな素振りがなかったんだよ」
7歳そこらでそこまで達観していたのか。
「ウチはこの時はまだ知らなかったんだよね。チノが賢者の素質を持つ天才児だって。今じゃ〝王国最強の女魔術師〟なんて呼ばれてるくらいだから」
その後、ディーネは力づくで誘拐しようと試みたようだが、相手の魔法によってそれも簡単に阻まれてしまったようだ。
「こんな風に同い年の女の子に負けたのは初めてだったからさ。ウチ、恥ずかしくなっちゃって……。逃げ出そうとしたんだけどその時チノに声をかけられたんだよ。あなたとお友達になりたいって」
「友達になりたい? 本当にそんなこと言ったのか?」
「ねっ? 普通じゃないでしょ? 自分を誘拐しようとした相手にそんなこと言うなんてさ」
どうやらそれが2人の出会いだったみたいだ。
「あなたの才能は自分には無いものだって、チノは嬉しそうに手を掴んで言ってくれて。ウチ、びっくりしちゃったんだよ。まさか誘拐しようとしていた子に褒められるなんて思ってもなかったから」
この時にはすでにギルマスはディーネの剣の腕を見抜いていたようだな。
「それでどうなったんだ?」
「ちゃんと剣技について学べばあなたはもっと強くなるって言われてね。ウチに教師をつけたいからここで一緒に暮らさないかって提案されたんだよ」
「すごいな」
ディーネの話を聞いているだけで、ギルマスが幼い頃から人とは違う発想を持っていることが分かる。
(賢者の素質を持つ天才児か。これはとんでもないギルドマスターがいる冒険者ギルドを引き当てたかもしれないぞ)
俺はディーネをおんぶして歩きながらそんなことを思った。
「この時は食べる物にも困っていたくらいだったからさ。結局、ウチはチノの提案を受け入れたんだよ。まさか領主の邸宅で暮らすことになるなんて夢にも思ってなかったけどね」
「アレンディオ伯爵は認めてくれたのか?」
「それも不思議なんだけど、チノがお願いすることは絶対に聞いてくれるみたいなんだよね。だから、ウチも成り行きで居候させてもらうことができちゃったんだ」
それからディーネは成人を迎えるまでの間、アレンディオ伯爵家の大邸宅でギルマスと一緒に暮らしたようだ。
剣の教師もつけてもらってシグルード王国が主催する武闘大会で優勝するくらいまでに成長したらしい。
なんともすごい話だ。
俺はさらにディーネの言葉に耳を傾けた。