34.バルハラに到着する。
花鳥の里を出てから歩くこと数時間。
田舎道にはようやく民家がぽつぽつと現れ、街が近いことを予感させる。
(アレンディオ伯爵領に入ってからけっこう長いこと歩いてきたからな。そろそろ到着する頃だと思うんだが)
そんな風にして夕暮れ色に染まる野道を進んでいると。
「マスター。前方にバルハラの街が見えてきました」
隣りで並んで歩くナズナがそう口にする。
だが、俺にはまだその景色は見えなかった。
「《天竜眼》で確認したのか?」
「はい。ここから歩いて30分もしないうちに到着すると思います」
「そうか。ようやくだな」
ドラゴン神殿があった荒野を出発してからここまで長かった。
ちなみに花鳥の里を出てからはナズナの《天竜眼》を使ってアイテム探しはしていない。
あれで時間をけっこうロスしたからな。
(水明山でもいろいろアイテムは拾えたんだ。しばらくは武器の作成に困ることもないだろう)
気持ち早足となって俺はナズナと一緒にバルハラへと急いだ。
◇◇◇
「ふぅ……。やっと着いたぞ」
「ここまでお疲れ様でした。マスター」
俺たちは街の入口で立ち止まるとお互いに労をねぎらった。
これまでは〈瞬間転移〉の魔法を使って移動していたから、思っていた以上に疲れたな。
(まあ歩いていたおかげで花鳥の里を見つけることができたわけだから。全部が悪いってわけでもないか)
ただ、ここバルハラは花鳥の里とはまったく違う雰囲気だった。
俺はナズナと一緒に街の中へと足を踏み入れる。
バルハラはシグルード王国の中でも1、2位を争うほどの巨大な街と言われている。
街の周辺には豊富な地下資源が存在して、それを理由に今日まで発展を遂げてきたらしい。
マーケットや娯楽施設も充実しているから王国中から多くの冒険者が集まるって話だ。
「マスター。これからいかがしましょうか?」
「そうだな」
辺りは陽が沈みかけて暗くなり始めている。
このまま宿屋へ向かってもよかったんだが、やっぱり目的地である冒険者ギルドの様子は確認しておきたかった。
「少し遅いんだがギルドに顔を出してみてもいいか? 運が良ければ今日のうちに登録することができるかもしれない」
「承知しました。それでマスター。少し気になっていたのですが、竜族である私も冒険者として登録することはできるのでしょうか?」
「いや、多分それは難しい。冒険者ギルドは同族意識がはっきりしているところだからな。けっこう内輪感が強かったりするんだ」
このザナルスピラには人族のほかにもさまざまな種族が暮らしている。
ただし、共存しているわけじゃない。
お互いが干渉しないようにそれぞれの大陸から出ることがないだけだ。
人族が暮らしているこの土地は中央大陸と呼ばれ、ザナルスピラの中で一番巨大な大陸だったりする。
中央大陸を南に下って険しい山脈を越えた先にはダマガスル大陸っていう獣族が暮らす土地が続いている。
ここは氷山と砂漠という両極端な厳しい環境が混在する大陸だ。
そこから大きな海を隔てて、ダマガスル大陸と向かい合うような形で存在するのがジュラ大陸。
土地の大部分は森と湖によって形成されていて、ここでは亜人族がひっそりと暮らしている。
そして、ジュラ大陸の真上に存在するのが魔大陸だ。
ザナルスピラの中では二番目に大きな大陸だな。
魔大陸には魔族が暮らしているんだが、現状その多くは謎に包まれている。
復活を目論む魔王もこの大陸で密かに力を蓄えているって言われていて、マモンたちはこの大陸へ渡ることを目指している。
とにかく、こんな風にして他の種族とは関わりを持たないようにして多種族が生存しているのがザナルスピラという世界だ。
これまでの歴史の中で種族間でさまざまな争いを続けてきたことが今日のような現状となっている原因のようだ。
(それぞれ大陸から出なければ争いも起きないしな)
だから、そういう事情もあって中央大陸で他の種族を見かけることは滅多にない。
あったとしても人族との混血である場合がほとんどだ。
ナズナの場合、純粋な竜族であってしかも種族の生き残りなわけだからバレたら間違いなく大変な目に遭う。
見世物にされて他国へ売り飛ばされるのがオチだろうな。
ただそんなことは俺が絶対にさせないが。
「そうでしたか。では私はマスターの付き添いとして同行したいと思います」
「悪いな」
「いえ、お気になさらないでください。私の使命はマスターをお護りすることです。それができるのでしたらどんな形であっても構いません」
俺たちはお互いに頷き合うと冒険者ギルドへと向かった。